第28話 クロードside
婚約者になって欲しいと言われ、懇願するように見つめる瞳が揺らいでいくのを見て拒否ができなかった。彼女が悲しみの涙を流すところを見たくなかったのかもしれない。
口から出た言葉は「待って欲しい」というただの逃げの言葉だった。
それにも関わらず彼女は嬉しそうに照れたようにはにかんだ。その春の花のようなふわふわとした表情に、無意識に心臓が震えていた。
それから定期的に差し入れられる甘い菓子は、俺の身に染み込んで習慣化してしまった。己に向けられる綻ぶような笑顔が、心地良く響く笑い声が、ふとした時に思い起こせるほどになってしまった。
恐ろしいほど急速に育った気持ちはもう引き返すことができないところまできている。俺の中での彼女の存在が大きくなっていることに自分でも気付いてた。
だから、彼女と第一王子が並んでいるところを見て、思ってしまったんだ。
――自分の場所であったはずなのに。と。
お似合いであるはずの二人を眺めて醜い感情が溢れてくる。目の前が真っ赤に染まり拳を強く握った。
今まで理由をつけてまで拒否してきた場所を、いざ他人に譲った途端押し退けてしまいたい気持ちになるのは間違っている。
ちょうど良かったのだ。ここらで終わりにするべきだ。俺は、もうここには来ないで欲しいと手紙に書いて送った。
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最近心なしか騎士たちの士気が落ちている気がする。
理由はなんとなく分かる。いつもの元気な笑顔や挨拶は彼らのことも癒し気分を明るくさせていたのだろう。
どこか物寂しい空気が漂う騎士団を歩いていると、目の前から爽やかに微笑む貴公子が真っ直ぐに歩いてきた。
「お久しぶりです」
「あ……お久しぶりです、アレン殿」
柔和な表情を浮かべている姿に少しだけたじろぐ。
「ふふ、そんな怯えないでください。思うところはありますが、今日はただの世間話をしに来ただけです」
そう言った彼に、立ち話は、と思い執務室へ案内することにした。
「美味しいですね」
俺が淹れた紅茶を飲む姿は彼女に似て美しい。
サラサラとした水色の髪を耳にかけ、ふぅ……とカップに視線を落とした。
「メルは落ち込んでしばらくは部屋から出てこなかったんですが今は少しずつ立ち直っているようです。最近では厨房にたつことも増えましたし」
「……そうですか」
何を言えばいいか分からない。
自分が原因である、というのは自惚れだろうか。
「貴方には迷惑をかけました。無理にメルの気持ちを押し付けようとしてすみませんでした」
アレン殿は自嘲するようにフッと笑う。
「いや……そんなこと、は」
「いえ、本当に申し訳なかった。貴方にも選ぶ権利があったというのに僕たちはメルの気持ちを優先してしまった。嫌がる貴方の気持ちを考えてなかった」
「…………」
嫌ではない、と言いかけて口を噤んだ。
散々逃げていた俺が今更何を言うか。
しん……と沈黙が落ちると、それを断ち切るかのようにアレン殿が顔を上げた。
「大丈夫です。メルを幸せにしてくれるという方がいるので」
ニッコリとした美麗な微笑みに困惑する。
「幸せ、に?」
「はい。レオン殿下が是非、と。今まではメルの気持ちを考えてお断りしていましたが……メルはクロード殿以上の方はいない、ときかなくて。誰でも同じならメルを大事にしてくれる方がいい。王家なら少なくとも金銭面で苦労することはない」
言われた言葉にぐっと唇を小さく噛んだ。
「多少窮屈は増えるでしょうが」
「…………彼女は、王妃という立場は嫌がるのでは……?」
思わず口にしてしまえば鋭い青の瞳が俺を見つめた。
「貴方がそれを言いますか……」
はぁ、とため息をついた彼はソファに身をあずけてうんざりしたように言った。
「なんの理由もなしに王家からの打診を断り続けることは難しいことは分かるでしょう?それこそ婚約が決まっていない限り」
「そう、ですね」
当たり前の話だ。
貴族であるのならば、王家側からの打診を躱し続けることは出来ない。
「だから貴方は気にしないでください……本日はそれを言いに来ただけですから」
そう言ってそっと立ち上がったアレン殿を見送ろうと静かにドアを開けた。部屋から出て振り返った彼は、優雅に口元を緩め「また来ます」と社交辞令かよく分からない言葉を放つ。
するとそこへタッタッ、と少し弾むような足音が聞こえ視線を巡らせる。
淡い月明かりのような青みがかった銀髪を揺らし、上気した頬を桃色に染めてほんの少し怒ったような表情をする少女。
「あ……お兄様!どうして何も言わずにいなくなるのです、か……」
透き通るガラス玉のような瞳を彼女の兄であるアレン殿から俺に移したメリーベル嬢は、ハッとしたような顔をしてくるりと引き返す。
ふわりと揺れるドレスが蝶のようにヒラヒラとして、もう二度と見ることはできなくなる気がした。
「あっ……ま、待ってくれっ……!」
気が付けば体が勝手に動いていた。
「ひゃっ!?」
腕を引いて抱き留めた肩は小さく震えている。
「すまなかった……」
自分に自信がなく遠ざけたことも。
あれだけ真っ直ぐに伝えてくれていた好意を受け取らなかったことも。
今更、自分の気持ちに気付いたことも。
全部、全部、ようやく理解したところで遅いのに、どうかまだ彼女が夢から覚めないでいてくれないかと縋らずにはいられない。
メリーベル嬢は恥ずかしげに視線を彷徨わせては弱々しく俺を叩く。
「え、ちょ、あの、離し――」
「嫌だ」
離してしまえばすぐにどこかへ行きそうで。
白く細い腕を取ってスル……と撫でて宥める。
「え?」
ポカンと俺を見上げた丸い額が可愛くて少しだけ顔を寄せた。途端に真っ赤に染まった顔を見て、ぐわっと腹の底から何かが湧き上がるような感覚がした。
愛おしい……。
「一度しか言わない………………俺は、君を愛している、メリーベル」
愛の言葉なんて柄じゃない。甘い言葉なんて俺には似合わない。
だが、今まで彼女がくれた言葉の、ほんの欠片ほどでも返してやりたいと思った。




