第29話
「一度しか言わない………………俺は、君を愛している、メリーベル」
耳元で囁かれた言葉にドクドクと脈打つ心臓が痛い。
私を? 愛して、る? ほんとう?
こんなことあっていいの?
顔の横に当たる彼の黒髪が、肩を強く抱きしめる腕が現実だと教えている。それなのにふわふわと夢心地で確かめるように彼の腕にそっと手を添える。
「りょう、おもい……?」
上擦った声で呟けば私の後ろで噎せたように彼が咳き込む。
「ん゙ん゙っ、そ、そうだな……」
肩に回っている腕に力が込められた。視界にチラリと映った耳が赤い。照れているのだろうか。可愛い。
トントンと軽く腕を叩けば少し緩められる。
その緩んだすきにくるりと腕の中で体の向きを変えた。キュッと騎士服の裾を摘んで頭を寄せる。クロード様は身を固くして所在無さげに手を浮かせた。
「わたくしも、大好きですわ」
息が詰まるような苦しさを感じる。
けれど、嫌なものじゃなくてとても満たされた気分。こういうのを幸せっていうのかしら。
はぁ、と彼の匂いをこっそり堪能していたら「そろそろ離れてね」と私の肩が後ろから強い力で引かれる。
「……もう少しくらい許してくれてもいいではないですか。しばらく会えなかったんですから」
少しむくれて見上げるとアレンお兄様は無言で「だめだ」というように笑う。名残惜しいけど仕方ない。
「ほら、クロード殿も困ってる」
視線を移し苦笑したお兄様に釣られて見れば、口元を押えながら逸らした顔を真っ赤にしている。目もウロウロとしているし、動揺?しているのかしら。
さっきはあんなに強引に引き止めたくせに、私から擦り寄ればこうなるなんて。ほんとうに純情な青年みたいで可愛いわ。
「……あ!それよりも、お兄様が会ってはいけないと言ったから我慢してたのに、なぜ私より先にクロード様にお兄様が会ってるんですか!?」
クロード様から騎士団に来ないで欲しいという手紙にひっそりと落ち込んだ。でも回復も早いのが私の長所である。
これくらいでへこたれない。嫌われたわけではないだろう。理由があったのだと真摯に告げればきっと分かってくれるのではないだろうか。
と思ったのだが、アレンお兄様とブランお兄様に止められた。きっと王子たちに絡まれるよ、と。
確かに。レオン殿下が現れたことを思えば否定はできない。更に第二王子であるセドリック殿下も、となればめんどくさいことこの上ない。誘いを断ることが出来ないのが一番いや。
うん、仕方ない。しばらく引きこもるか。
と思い部屋に引きこもっては本を読み耽り、お菓子作りの腕を磨こうと料理人たちに協力を仰いだりした。
「連れてきてくれたと思ったら気付いたら居なくなってしまうし……ステラも……あ!そうですわ!ステラっ!」
せっかく上手にできた焼き菓子をステラが持っている。お兄様を探してステラともはぐれ、先程クロード様を見た時にそれを思い出して取りに行こうと思っていたのだ。
「大丈夫だろう。彼女は優秀だからね」
私の肩を撫でお兄様はボソリと呟いた。
「王子二人が牽制しあっている今に事を進めるしかないからね。はぁ……良かったよ……クロード殿が素直になってくれて。奥の手を使わずにすんだし」
得意げに笑うお兄様の言葉に、クロード様はギョッとしたようにこっちを見た。
「殿下との婚約は……?」
なんの話だろうか。
冗談でもそんな話やめて欲しい。
「やだなぁ、僕はそんな可能性もあると提示しただけですよ」
よく分からないけどお兄様が何か失礼をしたらしい。言葉を詰まらせた彼は呆れたようにため息をついた。
「アレンお兄様が何か言ったみたいで……申し訳ないですわ」
「あ……いや、大丈夫だ……元はと言えば俺が、はっきりしないから、だな……」
なんだかバツの悪い顔をして言いにくそうにしている。
「ふふ、では近いうちにご挨拶させていただきますね」
ご機嫌に微笑んだお兄様を見上げれば安心させるように「もう大丈夫だよ」と言われる。意気揚々と語る声は柔らかい。
「はい……分かりました」
クロード様は何かを諦めたようにお兄様へ返す。
二人の間で何かが決まったみたい。
「良かったね、メル」
安心したようなお兄様。なんかよくわからないけど笑っておこう。
「うん、メルは何も分かってないみたいです。あとは任せます……が、節度は守ってくださいね」
お兄様は苦笑しながらそう言うとクロード様に小さく頭を下げて背を向けた。
クロード様にとりあえず部屋に、と急に二人きり。
緊張したような顔の彼と向かい合って座る。座ったはいいものの口を噤んだままクロード様は俯いている。どうしたものか。
「あー……その。悪かった」
「え?」
突然の謝罪に間抜けな声を出してしまった。
「その……俺は、逃げてばかりいただろう」
そう、なんだろうか。
でも、私がかなり強引だったから、そうなっても仕方ないと思う。
「君からの気持ちを、無視してしまって、すまない」
「構いませんわ」
「だが……」
「それよりも!……楽しいお話をしませんか?」
謝罪よりも笑い声を、贖罪よりも明るい未来の話を聞きたかった。
戸惑ったように顔を上げたクロード様はしばらくするとフッと笑みを浮かべた。そして一つ息を落とした彼は、ジッと私を見つめて真剣な顔をする。その眼差しにドキリと心臓がはねてしまう。
「メリーベル嬢、どうか、俺の婚約者になって欲しい」
「……っ! はいっ!」
立ち上がればクロード様は分かっていたかのようにスっと身構える。思いっきり飛びつく。
こわごわと頭を撫でる手がむず痒くて幸せで、ずっとこのままでいたいと思ってしまった。
この後の構想は途中なので一旦これで完結とさせて下さい^^;
番外編かけたら書きます




