第23話 クロードside
早朝、寝不足の頭を抱えたまま騎士団内にある執務室への道を歩く。最近脳内を占める存在のせいでろくに眠れていない。ガシガシと頭をかいて眉間を揉んだ。
「よぉ、ここんところ調子悪そうだな?」
「……今日は早いですね」
執務室の扉を開けると重厚なソファに座る大柄の男。騎士団を取りまとめる団長、マーカス・ワインドット。俺の上司にあたる人物で国王からの信頼も厚い。
普段は朝から書類仕事なんて面倒だと団員たちを捕まえては剣の指導という名のストレス発散をしているのだが。珍しいこともあるものだと、紅茶を淹れソファに座る。
「ところでよ、お前に恋人ができたなんて聞いてなかったから驚いたぞ。俺にくらい話してくれても良かったんじゃないか?」
ニヤリと口角を上げた精悍な顔に驚いて「は!?」と立ち上がる。
「恋人!?なんの話ですか……っ!」
「ほら、噂のフローレス家の女神ちゃんだよ」
ここ数日チラついて仕方ない顔が思い出される。
「……馬鹿な事を言わないでください。恋人なんて、有り得るわけないでしょう?」
はぁ、とため息をついて座り直すと団長は楽しそうに大きく口を開けて笑う。
「でも聞いたぞ?ご令嬢に愛を囁かれたって?」
ニヤニヤと面白がっている様子に顔をしかめた。
「それで?お前はなんて言ったんだ?」
「……………………なにも」
小さく呟いた。
「は?なんて?」
「だから!……なにも、言ってないと!」
己のしでかした罪を吐露したところで酷く罪悪感に襲われた。
「お前なぁ……それはあんまりだぞ?」
俺の顔色の悪さに状況を悟ったのだろう。心底呆れたような表情に変わる。
いや、俺だって分かっている。
好意を告げられたのだからきちんと返事をするべきで、何かしらのフォローをしてあげるべきだったんだ。
だが!生まれてこのかたあんなに真っ直ぐ見つめられたことも、なんの意図もなく愛の言葉を告げられたこともないんだ。そんな俺にどうしろと!?
どう反応したらいいのか正解が分からないんだ!
それに、彼女程の人物ならわざわざ俺を選ばなくてもいいだろう。誰が好き好んでこんな醜い男の嫁になりたがるんだ。
「なんて顔してんだよ。はぁ……不器用な男だと思ってはいたが、ここまでとは……んなグダグダしてると横から掻っ攫われるぞ?」
「いや、そもそも本気では無いでしょう。家族以外に優しくされて勘違いをしているだけですから」
そうでなければなんだっていうんだ。
「……そう思うのは勝手だがな、かのご令嬢が想いを告げるのは相当勇気が必要だったはずだぞ?お前は見てくれ以外はいい男だと思ってる。だからこそ、その子もお前を選んだんじゃねぇの?」
褒めてくれるのはありがたいが本当にそんなことが有り得るか?確かに彼女は変わっている。
騎士団の団員すらも初対面は怯えた顔をするなか、一切の怯えもなく屈託のない笑顔を向けてくる。照れたようにはにかみ楽しげに話す姿が印象的だった。
彼女を愛する者たちの気持ちがよくわかる。
「……俺は、彼女とはひと回りも年が離れていますし、騎士という、いつ命を落としてもおかしくない職に就いている。それこそ、彼女を大事にしているご家族は許さないでしょう」
本当に自分が彼女に相応しいとは到底思えない。
「はぁ?それはおかしくねぇか?」
「なにがですか?」
俯いていた顔を上げれば、団長は眉間に皺を寄せて不可解だという顔をしている。
「あの伯爵様が愛する女神ちゃんの噂を知らないわけないだろう?夜会に滅多に参加しない俺でもお前との仲は噂になってること知ってるんだぞ?」
そういえば、なぜ知っているのかを聞いていなかった。
「俺なら溺愛する娘の不要な噂は全力で揉み消すぞ?」
確かにそうだ。
なぜこの流行に疎い団長が知っているのか。社交界で大きく噂になっていることだろう。なぜもっと早く気づかなかったのだ……!
混乱した俺は立ち上がり素早く掛けておいた上着を手にした。
「おい、どこに行く?」
「実家に……」
「ふぅん、まぁ、夕方までには戻ってこい」
団長の声を背に「はい」とだけ返して扉を閉めた。
両親なら何かを知っている気がした。




