第17話
馬車が止まり早く外の空気を吸いたくてそわそわとしてしまう。
先に降りたアレンお兄様に手を差し出された。
「お姫様、お手を」
まったく、アレンお兄様はこういう冗談を平気でするのよね。クス、と笑って優雅に首を傾げたお兄様へそっと手を伸ばした。
「からかっていますよね?」
「ふふ、そんなことないよ。僕たちのお姫様であるのは間違いないからね」
……まぁ、確かに、幼い頃からそんな扱いを受けてきたのだけども。
馬車からおりるとお花たちの華やかな香りがする。
お兄様の言っていた通り、辺り一面に咲くフリージアがとても綺麗。なんだけど……。
「……それよりも、いいのですか?アレ」
「……そうだね、僕がついていくからメルは転ばないようにゆっくりおいで」
ひとりでスタスタと行ってしまったブランお兄様を指させば、アレンお兄様はため息をついて私の頭を撫でると、ひらひらと手を振った。
ブランお兄様ももう立派な大人、のはずなんだけど。
男はいつまでも子供だ、なんて言うけどその通りかもしれない。
クロード様はお兄様より年が上だからかとても落ち着いている。五つしか変わらないけど。ブランお兄様も五年もしたら大人っぽくなるのかしら?……いや、それはなさそうね。
馬車から最後に降りてきたクロード様を見上げれば、感心したように周囲を見回していた。その横顔も素敵でつい魅入ってしまう。綺麗だな。
こそっと見ていたつもりだったけど、視線に敏感なのは流石は騎士様。
目が合うと少し気まずげに頬を掻いて手を差し出された。
エスコートだ。私が彼にもお姫様扱いを強請ったと思われたのだろうか。
「あ……えっと、ありがとうございます」
我儘な娘だと思われていたら複雑なんだけど、彼に触れる機会を逃すわけにもいかない。
そっと手を乗せれば、ふわりと香る花の匂いに紛れてクロード様の爽やかなコロンの匂いがする。心臓がどきりとして喉が詰まる。
見下ろしてくる深紅が少しだけ熱を含んだ気がして口を噤んだ。
「おーい!なにしてんだ?早く来いよ」
……ブランお兄様、雰囲気ぶち壊しですわ。
クロード様は片手で顔を押さえると短く息を吐いた。
「……行こうか」
「はい、そうですね」
私の手を引いて歩き出したクロード様について行く。ヒラヒラと舞う蝶を目で追いかければ、涼しい春の風が前髪を揺らした。
「お待たせしましたわ」
お兄様たちの待つ木陰に着くと既に使用人たちによってお茶の準備が整っていた。
複数のカゴの中には出来たてのスコーンだったり、ベーコンやポテトの入った具だくさんのパイが詰められている。これは……料理人たちも張り切ったみたい。
「ほら、メル、こっちに」
アレンお兄様に促されてブランケットの敷いてあるところに座る。左にはアレンお兄様、右にはクロード様だ。目の前のブランお兄様は「何食べようかな」と既に食べ物にしか興味がないみたい。相変わらずだなぁ。
「はい、メルの好きなチーズたっぷりのキッシュだよ。あーん?」
「……アレンお兄様、ひとりで食べられますわ」
「ダメだよ、メルは放っておくとお菓子しか食べないんだから」
「あ、それともこっちにするか?」
そうしてアレンお兄様と同じようにフォークを差し出すブランお兄様。フォークには食べやすいサイズになったローストビーフ。
「……子供扱いしないでくださいっ!」
ふいっと顔を逸らしてサンドイッチを手に取った。
お兄様たちはなんだか少し落ち込んでいるみたいだけど、私ももう子供じゃないんだから。ちゃんとご飯くらい食べるわよ。
そんな様子を見ていたクロード様は口元を小さく押えてフッと笑みを零した。揶揄われている気がして口を尖らせる。
「なんで笑うのですか」
拗ねている私の言葉に、視線を空に向けた彼は静かに言う。
「賑やかで、いいなと思ったんだ」
ほんのわずかに寂しさのようなものを含んだ声に少しだけ胸が苦しくなった。
軽口を言い合っていただけ。私にとっては日常の光景でも、彼にとっては違うのだろうか。クロード様の生きてきた世界はどれほど孤独だったのだろう。
分かっていた、知っていた。この世界の人々は彼のような容姿の人に厳しい。
「クロード様なら、いつでも歓迎ですわ」
そう、返すことが私の精一杯だった。




