王女様
◇◆◇
突然──レイドさんが私の隣に、すまし顔で座りなおしてきた。
私はまだ食事中だったが……いや、レイドさんも別の料理を分けてとってきたのかもしれない。
「なに?」
「っ」
私は空気を読めず、ずっと心の奥につかえていた疑問をそっと切り出した。
「あの……私、昔から、魔力訓練といえば森の奥深くにこもったり、遺跡の空気中から魔素を日頃から地道に自分の体へ吸収したり──」
「あとは魔力液を飲んだり?」
「……はい、そうするのが一番の近道だって教え込まれてきたんです。でも、シオンちゃんが──
『?。そんなの古臭いですよ、市販の《神霊薬》を飲んだり、遺物とかに頼ってしまうのが一番早いですけど…?』
って……」
「まぁ、ふーん?」
レイドさんは、運ばれてきたばかりのシチューの、やけにボリュームのある大きな肉塊をフォークで突き刺し、美味しそうに一口咀嚼しながら、その特徴的な糸目をさらに細めた。
「ああ、それね。ミリア、君はちょっと『王城の古い常識』に頭が毒されすぎだね。ドン引きだよ」
「ッ!?」
彼の軽い口調に、私の胸の奥がドキリと跳ねる。
「魔力液? 何十年前?
えーと、高濃度の魔力栄養を徹底的に抽出して液状化したあれでしょ?そりゃあ、ダイレクトに飲む方が印象的だし、圧倒的に簡単だけどさ、危険だよ?」
「え……」
「もしかしてやってたの?」
「……はい」
サティ先生が薄いハンカチで冷や汗を拭く。
「どのぐらい飲んだ?」
「もう、……覚えてないぐらいです」
「なんか隠してる?」
「い、いえ!!何も隠してるつもりはないですっ」
◇◆◇
「空気中の『魔素』を自分の肉体でちまちま吸収するなんて、そっちも効率が悪すぎて話にならないし、あれは昔、錬金術の精製技術がまだまだ未熟で、高濃度抽出なんて夢のまた夢だった時代の、ただの名残にすぎないよ」
レイドさんの口から淀みなく飛び出す言葉は、私がこれまで信じて疑わなかった『冒険者のセオリー』の根底を、音を立てて崩していくものだった。
「いまは『研究と効率』の時代なんだ。多少高価な《魔力液》を喉に流し込むより、相性の良い《遺物》に頼るより、自分で未知の力を創り出す方が一番いい」
「…?」
「ミリア・レオンハルト。お前が王城の箱入り娘として引きこもっている間に、魔力系学術の常識なんてとっくの昔にアップデートされている、と言うことだ」
「……じゃあ、私があの冷たい森の中を何時間も必死に走り回って魔力を巡らせていたのは……その、しなくても良かったってことですか……?」
私がショックのあまり小さく呟くと、すぐ隣の席からサティ先生が口を挟み、レイドさんが冷たく頷いた。
「いや、無駄とは言わない。基礎的な体力作りとしては、いずれ何かの役に立つだろう、ミリア」
「いや、オレは無駄だと断言する」
「──ッ!?」
「これからやってくるのはそんな生優しいものじゃないって、サティ先生も気づいてるでしょう?ミリアの残酷な運命が、どんな形で訪れようとしてるのか」
「………」
「え…………?」
「それよりさ、ミリア。君の父親ことレオレオ皇帝が、これまでの古い魔術研究に厳しかった旧王国法を次々に解禁しまくっているのは知ってる?」
レイドさんの突然の振りに、私は目を丸くした。
「……お父様が、ですか? そんなの、聞いてないけど……」
すると、サティ先生がスッと美しい首筋を伸ばして答えてくれた。
「それは…本当のことだが、危険視されていた生体魔素の研究も次々に合法化されたし、エルフの立ち入り禁止の森だって………正式に申請さえすれば通行できるようになった」
「おまけに、長距離乗用の魔導車や空を飛ぶ飛行艇だって、ここ十数年で一気に一般普及した」
「そうだな。陛下の都市開発の影響で、この王国の生体研究や技術革新、治安維持のスピードは、今や世界で最も進んでいると言っても過言じゃない」
「そうなんですね…」
レイドさんがさらに、冷めた声でそれに付け加える。
「でも、知能犯が現れた、でしょ?」
「「………」」
「あの陛下や王妃は、自分たちの目的のためなら手段を選ばない徹底した現実主義者だ。ナポレオンなどすぐに対処なされる」
「その最終的な目的が何なのかはオレたちにも分からないけれど──少なくとも、今の所は大丈夫じゃなさそうだけど」
「その話は今はいい。
まず、ミリア、お前が今まで『正しい努力』だと信じ込んでいたものは、すべて旧時代の“遺物”にすぎない。
しかし、───同時にそれは、大きな一手だ。
誰もお前のような経験と反骨精神を持たない」
「それには賛成だよ。
オレも先生の意見が正しいと思う」
その残酷なまでにスマートな言葉は、私の胸をチクチクと心地よく、しかし鋭く刺激した。
私がこれまで「これが正しいんだ」と信じて疑わなかった努力は、涙すら噛んだあの日々は、本当にただの時代遅れの精神論でしかなかったのだろうか?
けれど不思議なことに、胸の奥に広がる小さな悔しさよりも、彼の唇から次々と零れ落ちる世界の新しい真実が、私の知的好奇心をこれでもかと熱くくすぐって仕方がなかった。
「じゃあ……私は、強くなったんでしょうか」
サティ先生がレイドさんをジッと見つめた。
「それについてはレイド・クラウンの方が詳しいだろう。冒険者のレベル、ただの個人の腕前の強さだけを測るものじゃなくなっているんだったか?」
「その通り。今は新制度の認定とか、各ジャンルの専門性が細かく《Lv.(レベル)》や『階級』で評価されるよ」
レイドさんが悪戯っぽく口角を上げる。
「──やっと、次の時代が来たってところ。
『科学と魔法のわずかな境界』に、今のオレたちの居場所があるのさ」
「……」
「……ミリアを、連れていくのか?」
「それは彼女次第ですよ。冒険者には適性がある」
「……」
「オレはミリアを信じてるけどね」
「………………頑張ります」
レイドさんのどこか食えない面白おかしい口調と、次から次へと合理的塗り替えられていく世界の新しい知識の断片。そのすべてが新鮮で、私は胸を高鳴らせずにはいられなかった。
レイドさんがひょいと軽やかに席を立ち、また別のテーブルの喧騒へと紛れていく。
その背中が遠ざかり、ようやく重苦しい圧から解放されたと思った矢先──すぐ隣に座るサティ先生が、まるで毒を吐き出すかのように、冷たく重々しい声で呟いた。
「あの男には、気をつけておくことだ」
そのときに発せられた言葉は、私にとって衝撃であり恐怖だった。息を呑み、思わず隣の先生の顔を見上げる。
「……私は何も言わなかったが……今の会話は………あの男の、お前に対する誘導尋問のように感じた」
「?な、何がですか」
サティ先生は、去っていく彼の姿を横目で一瞥すると、テーブルの上で滑らかに指を這わせ、冷めかけたティーカップをそっと持ち上げる。
揺れる琥珀色の液面に自分の目を落とした。そこにはきっと不安に満ちた表情が同じように映っている。
その首筋には、緊張からか、かすかな鳥肌が立っているのも見えた。
彼女の耳飾りに映る私の赤い瞳も、淡い感情と歪な不安との狭間で、波のように揺れ動いている。
「……?」
声が動揺に満ちては、わずかに震える。
サティ先生はカップを口元に運ぶと、ほんの一瞬だけ視線を上げ、私の目を冷徹な瞳で見据えた。
胸の奥で、先ほどまで感じていた喪失感が、流れゆく冷たい泥に絡みつかれるようにして、私をゆっくりと冷たい恐怖へと引きずり込んでは「歪な執着」のカタチへと変質していく。
信じたい。
彼の言葉をもっと知りたい。彼の見せる新しい世界に、私も飛び込みたい。
───なのに。
喉元が冷えていく。
私の内側で膨らんでいたはずの知的好奇心は、気づけば言い知れない不安へ歪み始めていた。
「レイド・クラウンの言葉には、
──いくつか嘘が含まれているようだ」
サティ先生の言葉は、静かに、しかし確実に、その事実を私の腹へと深く突き刺していた。




