女子会
レイドさんがひょいと立ち上がり、大人たちの集まる席へと離れていくと、不思議なもので……そこにはまるで異性への緊張から解放されたかのように、年頃の女子らしい気のおけない、少し気だるげで弾んだ空気が自然と広がっていった。
「ねえ、そーいえばさ……学園、イケメンいた?」
フレアさんの質問に、フィオナさんが冷めた紅茶のカップを指先でクルクルと転がしながら、退屈そうに呟く。
「うーん……てか、アイツの顔に目が慣れすぎちゃってる……他の男なんて正直全員……醜く見えちゃうわよ」
「コレにゃね」と言って、シャシャちゃんがスパイスを振りかけてじっくりと焼かれた王都港バスの頭をフォークでブッ刺して持ち上げる。
「「……」」
不細工で凶暴そうな白目がこちらを向いた。
「ちょっと、シャシャさん……それにフィオナさんもッ、2人とも流石にそれは言い過ぎです……っ」と私がツッコミを入れるも、あまり効果なさそうだ。
「でも、S寮とか下の寮なら、それなりに格好いい男子くらいいるんじゃないの?」
「え?下なんて、──子供っぽくて全然つまんないし論外でしょ」
「年下じゃなくて下の寮って意味だと思……なんでもないです」とチャチャちゃんが答えるも、空気に負けて再度口を閉ざす。
「じゃあ、一応はS寮って感じ?」とフレアさんが頭を傾ける。
「あそこは知り合いしか……ってか、アイツよりもっと面倒くさい奴らしかいないっつーの」
「新鮮味ゼロにゃ。新鮮で言うならコイツの方が──」とシャシャちゃんが、またフォークでブスッと魚の頭を刺して持ち上げようとしたところ、チャチャちゃんの同じ獣人としての誇りがその手を押さえた。
「……ねえ、そもそもここって『共学』って話だったのに、もしかして嘘なんじゃないですか?」と私も笑って見せる。確かに男女比がほぼ0:10だ。
「元が格式高い貴族様の女子校なんだし、七銀聖の影がチラつくなんて普通の男なら気が引けるっての」
「でも、あのレイドさんは平然と入り込んできたじゃない」
「それもそうですね」
「レイドくんは七銀聖側でしょ」
「……あれは例外っていうか。なんかもう、ただの怪物枠って感じで……逆にこっちが怖いわよ」
「まぁーレイドくん。腕力とかは強くないけど……」
「強くないけど?」
「誰も勝てないしねぇ……」
「フレアさんならまだしも……フィオナさんでもワンチャン押し倒せると……思います」
「にゃ?」
「あ、貴方は無理です」
彼女たちがクスクスと気のない噂話に花を咲かせる一方で、隣の大人組のテーブルでは、最近王都を賑わせている「ナポレオン問題」という物騒な話題へと移り変わっていたようだ。
どうやら、聞き耳を立てていると、つい昨日かまたは一昨日の夜に、王都のどこかがその「ナポレオン」という存在に襲撃を受けたらしい。エイリーンさんが至極興味深そうに問いを立てては、シオンや学園長と知的に議論している。
「なぜ、ナポレオンは予告通りに現れたのかしら。あれは王室が民衆を煽るためにでっち上げたフェイクのニュースだったのではなくて?」
「さあ、どうでしょうね。実際のところ、上の人間しか本当のことは知りませんよ。………フフ」
「ふん、偽の予告でももう一回流せば、またのこのこ釣られてやって来るかもしれないわね」
「いいえ、もう二度と来ないでしょうね。あんなものは、どう見ても明らかな罠の匂いしかしませんから」
「何か……何かが、腑に落ちないわね」
◇◆◇
その頃、大人組の席に歩み寄ったレイドさんは、ふとサティ先生の隣に腰を下ろすと、まるで当然のように彼女の顔を覗き込んだ。
話題を変えるには十分すぎる一言だった。
「先生、今日のそのリップ……とっても可愛らしくて、お似合いですよ」
レイドさんが糸目をキリッと折って凛々しく笑う。
「……は?、一体何のつもり? 私がそんな見え透いた言葉で喜ぶとでも──」
そう言いかけたところで、レイドの柔らかくて恋人に向けるような、幸せな視線に気づく。
「……何か裏でもあるのか?」
サティ先生はパッと耳まで真っ赤に染め上げ、手元のコップに浮いた小さな氷をカラカラと鳴らしながら、艶やかな薄い水色の髪をかき上げてレイドを睨みつける。
「貴様っ、食後に人の唇をそんなジロジロ見るなっ……////」
「あら、そういうこと? 年上の女性を揶揄っていたわけじゃなくて?」
向かいに座るエイリーン先生が、ふわりと優雅な笑みを浮かべてワイングラスを傾ける。エイリーンさんはレイドさんの対応に充分慣れているようだった。
「別に、ただ思ったことを口にしただけですが」
「ふふ、そう。じゃあ私も、お店を出る前に、もう一度化粧室でちゃんと直さないといけないわね、」
「エイリーン先生も、いつものことながらお綺麗ですよ」
「そう……? ……ふふ、なんだか素直に嬉しいこと言ってくれるじゃない」
年上の美しい女性たちに囲まれながら、涼しい横顔で次々と口説き文句を零していくレイドさん。
その圧倒的な距離感の近さと、生徒たちの前でありながら容赦のない色仕掛けに気圧されたのか、サティ先生は自分の火照っていく頬を片手でさりげなく隠し、すっかり反対側を向いて固まってしまった。
私の視線にも気づいているのか、たまにわざとらしくカッコつけたウインクをくれるが、その度に隣からため息が聞こえてくるのは気のせいだろうか。
◇◆◇
少し離れた場所で、アローネに手招きされてフィオナさんが席を変えた。と言っても声が聞こえる程度の距離だが、そこではまた別の会話が盛り上がりを見せていた。
「レイド・クラウンから聞いたぞ。お前、若手でありながら広域魔術まで自在に使いこなす最高級の腕前らしいじゃないか。今度、私とちょっと手合わせでもどうだ?」
厳格なアローネ先生が、腕を組みながらフィオナさんに不敵な笑みを向ける。
「………ちょっと、あの男……また余計な面倒ごとを私に押しつけてくる気じゃない……っ」
「……待て、フィオナ・フィオーネ。私はまだ『戦ってくれ』なんて一言も言っていないが。勝手に話を飛躍させてくれるなよ?」
◇◆◇
フィオナさんが諦めたように額を押さえる一方で、シオンはサティ先生の耳元に光る新しい魔導具の構造に目を星のように輝かせ、学園長たちはいつの間にか先生同士らしいレイド・クラウンという異質な存在の話題で、改めて妙に意気投合していた。
狭い空間ではないが、他に客もいないので注意せずともみんなの話がなんとなく聞こえる。と言うか、半分は人の顔を伺いがちになるたび身についた私の能力だった。
「変なこと教えないでちょうだいよ?それに………」
「それに、なんでしょう?」
「レイドくんは私が立派に育て上げた子よ」
エイリーン先生が大人気なく胸を張って主張する。
「安心しなさい、エイリーン。取って食うだけよ」
「!?」
学園長のメアリーが、気だるげに目を細めながらエイリーンの肩にそっと頭をもたれかける。
「眠いわ……」
「ちょっと飲み過ぎよ……」
会話の端々から聞こえる様子通り、新ギルド長のエイリーンと新学園長のメアリーはやはり古い同期らしく、その間柄には長年培った確かな信頼と、どこか退廃的な大人の親密さが漂っていた。




