大人女子
「出来上がるまでしばらくお待ちくださいー」
と、リリーちゃんが手際よくテーブルに背を向け、パタパタと軽やかな足取りで厨房の方へ遠ざかっていく。
その背中を見送った直後だった。すぐ真横から、私の耳をくすぐるような、友人の色っぽくも挑発的な声色が聞こえてきたのは───。
「どうですか?……コレ。可愛いですか?」
見ると、シオンがレイドさんに向けて、あざとい上目遣いで自分の私服の感想をねだっていた。本当に、この人は油断するとすぐに危うい空気を醸し出す。
「今更じゃん。もう手遅れだよ」
「そんなこと言って、私は『可愛いですか』って聞いているんですよ」
「似合ってて素敵だけど………
ちょっと距離近くない……?」
シオンは小悪魔のような妖艶な笑みを浮かべ、レイドさんの反応を面白がるようにじっと見上げている。
「私は、ほら……わざとですから」
「……お腹キツくない?」
「さっき馬車の中で、こっそり緩めましたから問題ありません」
「…隣にシオンがいると厄介だね」
「まったく意気地なしですね、レイドさん」
呆れたように息をつくレイドさんに、シオンがさらに追撃しようとした時。
「あ、そうです。ミリアちゃだって、レイドさんに褒めてほしくて気合い入れてお洒落してきたんでしょう?」
「なっ!?////」
不意打ちのように振られた私の名前。反射的に顔がカッと熱くなり、両手で頬を覆った。
「え、そうなの……?」と、フィオナさんが驚いたように私の顔を覗き込んできたのと同時だった。
ゴクッとお茶を飲んでいたチャチャさんが、盛大に「ぶーっ!」とお茶を吹き出した。
その慌ただしい空気の真っただ中、私たちの背後から、グシャリと硬いものがひしゃげるような不穏な異音が響いた。
「っ!?」
「あっ………」
「えっ」
振り返ると、フレアさんがさっきまで手に握りしめていたはずのガラスコップが、彼女の底知れない怪力によって見事に粉々に砕け散っていた。
「ご、ごめんリリーちゃん! コップ、割っちゃったっ!?」
「ど、どんな握力してんですか!?」
リリーちゃんの悲鳴じみた声が店内に響き渡る。そのあまりのドジっ子ぶりと焦りように、レイドさんがふっと、私の前では初めて見せるような、飾らない無邪気な笑声を零した。
その笑い声の余韻に耳を澄ますと、どこからともなく、アコーディオンの乾いた調べや古い弦楽器リュートの音色に混じって、聞き覚えのある陽気な女性たちの笑い声が、店の奥からふわりと風に乗って聴こえてきた。
◇◆◇
レイドさんはふっと立ち上がると、先ほどから耳に届いていた声の主たちのもとへ、音もなく、まるで自然な足取りで近づいていく。
私たちもそっと背中を追いかけ、やや広い店内の大きな木の柱の影からこっそりと顔を覗かせた。
そこには、私たちがよく知るはずの女性たちが、まるで子供のように戯れ、ツッコミを入れ合いながら、昼間から楽しげにお酒を酌み交わしている光景が広がっていた。
「先生、結構飲んでますね」
「うん、え?」
「「───!?」」
不意に投げかけられた声に、女性たちの動きがピタリと止まる。全員の視線がスッとレイドさんへと集中し、その場の空気が一瞬で静まり返った。
「お前たちが来るなんて聞いてないぞ、レイド。貸切だって、お前から聞いたはずだが?」
その中の一人が、不服そうに眉をひそめて抗議の声をあげる。
「先生が『王都北部に美味い居酒屋がないか教えてほしい』って言ったんじゃないですか」
「私が裏でわざわざ根回ししてやった件を、そんな風に棒に振る気!?」
「ちゃんとお店は貸切にしましたよ?」
「…………ったく、はぁ、もういいわよ」
「私たち以外にも、まだ誰かいるみたいね」
「あれ、貸切じゃなかったっけ……?」
私たちが「どうしよう」と顔を見合わせながら恐る恐る死角から姿を現すと、向こうのテーブルと目と目が合った。
「あなたたちも!? ……あ、あらぁ?」
店の奥から、長く美しい金髪を揺らした女性がふわりとこちらを振り返る。
まるで絵本に出てくるハイエルフのような、長身で気品にあふれる人間の女性。
その圧倒的な存在感は、一瞬で見る者の視線を一点に釘付けにしてしまう。
肩から胸元の大半が大胆に開いた白いふわふわのニットが、彼女の豊満な身体のラインを包み込んでいる。
そこから垂れる布のカーテンのようなドレープと、息を呑むほどにくびれた腰のラインを、スカートの上から締めた細い革ベルトがさらに強調していた。
背中には腰まで届く長い金髪が滝のように流れて揺れ、白く透けたタイツに包まれたすらりと長い脚線美は、隠しきれない洗練された色香を放っている。
すべてを曝け出すことで逆に人をひれ伏させるような、危険なまでの美貌。
小さなハート型のネックレスや大きな金のフープピアス、さりげない腕時計にヌーディーなサンダル……その一つひとつの小物に目を奪われる余裕すら奪われてしまうほど、彼女の装いは妖艶だった。
「初めまして、ミリアです。ギルド学園の生徒です」
「……ミリアちゃんね! 私はエイリーン・ディよ」
国営ギルドのマスター、エイリーン先生だ。
そのすぐ隣には、私の息をさらに詰まらせる女性が座っていた。
深みのある紫髪をゆったりとまとめ上げた、大人の色気が全身から溢れ出る女性。メアリー・クリプス学園長だ。
彼女の服装もまた、胸元が大胆に開放されたデザインで、その成熟した身体の輪郭をこれでもかと描き出すタイトなグレーのニットワンピースだった。
胸の谷間から漂う官能的な大人の魅力は、目を合わせるだけで気後れしてしまうほどだ。
綺麗に結ばれた紫髪の隙間から、短いニットの裾の下、傷ひとつない滑らかな白い大腿部が惜しげもなく露わになっている。
よく見ると、隣のエイリーン先生とお揃いの時計や靴、ネックレスを身に纏い、自分の美しさが周囲に与える影響を完全に自覚したような、余裕の笑みを浮かべていた。
そして、その少し後ろの席に気だるげに腰掛けていたのは───見慣れた薄い白と青の髪を揺らす美人教師、サティ先生だった。
真新しい、シワひとつないオーバーサイズの白いTシャツ。
それが彼女の華奢な体躯をすっぽりと包み込んでいるけれど、大きく開いたショルダーカットからは、滑らかな肩の曲線や、生白い二の腕、そして覗き込むような鎖骨の深い谷間までがすべて露わになっていた。
無造作に動くたび、黒いブラ紐がその雪のような白い肌の上でチラリと覗き、若さ特有の無防備で生々しい色香を漂わせる。
首元をピタリと締め上げる黒いチョーカーが、どこか甘美な緊張感を煽り、純真さと背徳が同居したその姿は、見る者の目を釘付けにしたあとに冷たい視線で黙らせるような、独特の魔力を持っていた。
真昼の強い光が、学園長たちの肌の白さを容赦なく際立たせていて、私は圧倒されるあまり、胸の奥で小さく息を呑むことしかできなかった。
「まあ、奇遇ね。あなたたち、これからお昼?」
エイリーン先生が、いつもの余裕のある笑顔で私たちに声をかけてくれた。
「え……えっと、はい! まさか、先生たちもここで……?」
「ええ。メアリーが『どうしても外の空気を吸いたい』なんて言い出すものだからね。珍しいでしょう?」
金髪の優雅な微笑みに、近くに座っていたサティ先生がフッと小さく肩をすくめて見せる。
メアリー学園長は、アンニュイな瞳をこちらへと向け、長いまつげをゆっくりと瞬かせた。
「……昼間の光は、どうも眠くなるの。眠いけど……お腹はすくのよ。まったく、しょうがないわよね」
その少し気だるげで正直すぎる言葉に、シオンが「……案外、中身はだらしないんですね」と小声で呟く。私は慌てて「聞こえるよ!」とシオンの肩を軽く叩いた。きっと、昨日も遅くまで仕事で徹夜をしていたに違いない。
「ミリアちゃん、せっかくだからご一緒にいかが?」
エイリーン先生が気さくに手招きをしてくれる。
「い、いいんですか? 皆さんと一緒に……?」
「もちろんよ。あなたたちと一緒なら、ここでの食事ももっと楽しくなりそうだもの」
こうして、偶然が重なった結果、私たちは目の前で妖艶なオーラを放つ“大人組”の先生たちと並んで、同じテーブルを囲むことになった。
「お隣、座ってもいいかしら」
「ええ。どうぞ」
レイドさんの計らいなのだろうか。シオンが横目でレイドさんの動きを観察しながら、面白がるように聞き耳を立てている。
フィオナさんは「何のつもりよ、まったく……」と呆れたようにレイドさんの脇腹にそっと肘を突き、私の隣に座ったシオンは「ふむふむ。どうやら、この偶然は偶然ではなさそうですね」と、どこか楽しそうに目を細めた。
◇◆◇
「好きなところに座っていいわよ」
大人の余裕を見せるエイリーンさんとレイドさんに促され、私たちは少し緊張しながらも空いている席へと散らばった。
大きな円卓やゆったりとしたシート席のあちこちに、制服姿の女子生徒たちと、艶やかなドレスや私服に身を包んだ女性教師たちが入り混じって腰を下ろしていく。
フレアさんのパーティメンバーが慣れた様子でエイリーン先生に話しかけているのを見ると、彼女がどれだけ生徒たちから慕われ、人気を集めているのかがよくわかる。
私はといえば、フレアさんたちに挟まれるようにして、サティ先生のすぐ隣の席にちょこんと笑顔で腰掛けた。
その時だった。私たちの背後から、コツコツと一定のリズムで硬い足音が響いてきたのは。
振り返ると、もう一人の大人組の女性───S寮の厳格な担任教師であるアローネ・リタ先生が、どうやら化粧室のほうから戻ってきたところだった。
私は慌てて会釈と挨拶をしようと試みたのだが……それはあっけなく失敗に終わった。
「………」
アローネ先生は、私たちの一団、そしてその中心にいるレイドさんの姿を視界に入れた瞬間、まるで猛獣に出くわしたかのようにぴたりと動きを止めた。
そして、何か言い訳をするようにさっと身を翻すと、そのまま再び警戒した足取りで化粧室へと駆け込み、扉の向こうに身を隠してしまったのだ。
……何か大切な忘れ物でもしたのだろうか。
いや、今の彼女の慌てぶりを考えると、あまり深く追求しない方がいいのかもしれない。
私は首をかしげつつ、目の前に広がる騒がしくも賑やかな宴の空気に、そっと胸を躍らせるのだった。




