チャチャとシャシャ
「…………」
「…………」
チャチャちゃん。彼女はフレアさんのパーティメンバーの中でも背が小さく、どこか王都北部特有の多様な文化の香りをまとっている。
「よかったら、茶々(チャチャ)さんのことも私に教えてくれませんか?」
「ヒェッ……!」
怯える彼女に、すかさずレイドが横から茶々を入れる。
「こいつはうちのパーティの“お騒がせなトラブルメーカー枠”だよ」
「あ、あなたにだけは言われたくないですっ!!」と、茶々(チャチャ)ちゃんが即座に牙を剥く。
「でも君、一族の中でも生粋の不憫枠でしょ?」
「ぐっ………!」
「君も。あのミリアといい勝負だよ」
「9割は、あなたのせいです!!」
思わず私はレイドさんの顔を覗く。すると偶然か余裕の笑みを浮かべたとき、その口元から鋭く尖った白い歯がちらりと覗いた。未だに吸血鬼の噂が拭えない理由の一つだろうか。
「チャチャはね、兄弟姉妹が100匹いる家の末っ子なんだよ」
「100匹……? どういうことですか、レイドさん」
「《華ノ国》の御貴族さまは、びっくりするほど大所帯らしいよシオン」
本人をすっかり蚊帳の外に置いたまま、話が軽快に進んでいく。
「っ……! 末っ子だからって、あんまり馬鹿にしないでください! 私だって誇り高き――」
言い返そうとした茶々ちゃんを遮るように、レイドさんが涼しい顔で手を挙げる。
タイミングを確かめるような手つきで、彼は言った。
「あ、ちょうどフレアに呼ばれたから、“夕食の下準備”をしに席を外すね」
「夕食ですか? まだお昼も食べていませんよ、レイドさん」
「そうだけど、お昼はこれからみんなで外食でもしようと思ってさ。夜はうちのテラスでバーベキューだ。いいでしょ?」
「それは楽しそうですね! じゃあ期待しています」
「……媚びてるの?」
私が笑みを作ってレイドさんを送ると、茶々ちゃんから向けられた疑い深い瞳を向けられる。
そんな視線をサラリとかわし、私は警戒心の強いこの獣人の少女と距離を縮めるべく、一歩、また一歩と物理的な距離を詰めていった。
私の突然の接近に驚いたのか、茶々ちゃんは「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、ふさふさの毛先をびくっと弾ませてソファの背へと逃げ込んだ。
「な、なんですか……?」
「私とちょっと、お話ししませんか? フフ」
「な、なんでわざわざ……」
「美しい尻尾ですね」
巧みな話術と見せかけの余裕で、私は彼女の自慢のチャームポイントへとターゲットを絞る。
さっき私がエルちゃんをからかっていたのを見ていたせいか、彼女は自分のふさふさとした緑茶色の大きな尻尾を両手でギュッと抱きしめ、自分の身体を守るように丸まった。
そして、指一本たりとも触れさせまいとばかりに、顔を真っ赤に染め上げて私の伸ばした手を鋭くにらみつける。目尻についた赤い化粧が表情を濃くした。
それからというもの、茶々ちゃんは私の前でも「私だって頼れる先輩ですから!」と無理してカッコつけては、遠くのキッチンから飛んでくるレイドの容赦ない「アホなのに?」というツッコミに撃沈したり……
顔を真っ赤にして「私のレベルはシオンさんより一つ上ですよ!」と反論するも、「オレよりも10個以上レベル下じゃん、変わんないよ」と返され、恥ずかしい思いをする………がまたなんとか反論する──という謎のループを繰り返した。
この子もまた、レイドや周囲のペースに散々振り回されている可哀想な被害者の一人なのだろう。
ちなみに結局、私は最後まで尻尾には触らせてもらえなかった。
◇◆◇
「菓子折り、うまいにゃ」
「………?」
リビングのソファにふんわりと足を投げ出し、淡い白色の下着の裾が丸見えになっているのも構わず、足をブラブラとさせていた。
───シャーク・シャーリー。猫の獣人だ。
彼女は、エルちゃんが先ほど書斎から集めてきた古い魔導書の山の上で、何やらガサゴソと袋を開けては無心で何かを口に運んでいる。
それは───私が持参した、“レイドさん用の特製クッキー”だった。
一つひとつ勝手に摘み上げては、パクパク、ボリボリと大きな音を立てて実に美味しそうに平らげている。
「ちょっと! それはダメですっ!」
私の声に、猫の獣人は動きを止め、きょとんとした丸い瞳で私の顔をじっと見つめた。「にゃ?」と。
「これは、レイドさんのために用意した分ですっ!」
慌てて袋を取り上げると、中のクッキーはすでにほとんどが空っぽになっていた。開け口には、レイド・クラウンの名前が几帳面に書かれたマスキングテープの切れ端が無残に残されている。
「ご、ごめんねシオンちゃんっ! ちょっとシャシャちゃん、勝手に何食べてるの!?」
外で何か準備していたフレアさんが青ざめた顔で慌ててすっ飛んでくる。手には金属製のトング(?)を持ったままだった。
まぁ、この程度のハプニングで過剰に怒るのも不自然だ。周囲の好奇の視線が集まる中、私は内心の焦りをぐっと飲み込み、「……いいですよ、元は手土産ですから。よかったらこちらもどうぞ」と、紙袋の底から新しく未開封のクッキーの袋とかぼちゃの形をしたプラカップを取り出して差し出した。
「ありがとにゃ」
短い返事とともに、差し出された新しいお菓子を受け取ると、シャシャはまた何食わぬ顔で食べ始めた。それを見たフレアさんは、もう打つ手なしといった様子で小さく深い溜息をついた。
「もー……本当にごめんねシオンちゃん。うちの子、どうにもお行儀が悪くて」
「いえいえ、お気になさらず。猫ちゃんは元気なのが一番ですから」
先ほどの紹介で、この猫耳の少女だけは私たちより一つ年下の14歳だと聞いていたが、周囲の大人や年上の人間に対して遠慮という文字は一切持ち合わせていないらしい。やはり、油断ならない相手かもしれない。
「ところで、来年はシャシャさんも学園にいらっしゃるんですか?」
「?」
人らしくない動作で首を傾げる彼女に、私は笑顔で問いかけた。
「お一つ年下なんですよね。学園生活には興味ないですか?」
「ぜんぜん、羨ましくないにゃね」
「フフ。本当は、行ってみたい気持ちもあるんじゃないですか?」
「思ってるわけないにゃあ〜」
反応から本心は読み取れない。
「そうですか。私は待っていますよ──」
その瞬間だった。
シャシャのぴんと立った猫耳が、何かを察知したようにピクリと鋭く動いた。瞳がぐらりと揺れて、上半身がソファに倒れ込む。
隣でフレアさんが「どうかしたの、シャシャ?」と優しげに声をかけている。
「あれ……なんだか、からだが………熱くなって………きちゃったにゃ……っ////」
ふと顔を上げた私の視線の先に、フレアさんの鋭く何かを疑うような、じとっと見据える目が突き刺さっていた。
「ねぇ」
「なんでしょう、フレアさん」
その視線はゆっくりと私の両手に握られた“空になったクッキーの袋”に落ちていく。
私は気まずさに耐えかね、スッと背に袋を隠してどこかへ顔をそらしたのだった。




