銀翼の騎士団
銀色に輝く満月が、王都の夜を優しく、そして静かに照らし出していた。
《銀翼の騎士団》第一部隊の待機室。
大きく開かれた窓辺で心地よい夜風に当たっていたノエル・ランスロット女性副騎士団長は、ふぁあ、と小さく可愛らしい欠伸を漏らした。
白と黒、左右で見事に分かれた特徴的な艶やかなボブヘアが、微風にふわりと揺れる。宝石のように澄んだ翠緑の瞳は、夜空に浮かぶ月をうっとりと見つめていた。
「綺麗な月……。今夜はとっても平和でいいですねぇ」
のんびりとした彼女の独り言に合わせて、規格外に豊かな胸元が柔らかく上下する。
彼女が身に纏うのは、騎士団の制服である意匠を凝らした甲冑だ。しかし、その装甲は彼女の豊満なプロポーションを到底隠しきれておらず、大きく開いた胸元や、ガーターベルトが食い込む太腿の白い肌を惜しげもなく夜気に晒していた。
愛らしい笑顔と、どこか抜けたような穏やかな空気。それが《銀翼の騎士団》副団長であるノエルの、戦いを離れた時のいつもの姿だった。
「……まったく。副団長ともあろう者が、そんなに無防備でどうするのよ、ノエル」
呆れたような、けれど確かな愛情が籠もった声。
振り返ったノエルの視線の先には、双子の姉であり騎士団長を務めるベルの姿があった。
ノエルとは鏡合わせのように、右が黒、左が白に分かれたボブヘア。
白い髪の方には黒い王冠型のヘアピンがあしらわれ、どこか妖艶な魅力を放っている。そして何より目を引くのは、暗闇でも獲物を逃さない猫のように、鋭くも美しいオレンジ色の双眸だ。
ベルは自身の唇にそっと人差し指を当てながら、ノエルの大きく開いた胸元や、ガーターベルトが食い込む太腿をジト目で睨んだ。
「もう。少しは緊張感を持ちなさい。そんな格好で欠伸なんてしてたら、どこの悪い虫が寄り付くか分かったもんじゃないわ」
「えへへ……ごめんなさい。でも、ここなら姉さんも一緒ですし、目の前には王国院の警備もありますから。絶対安心ですよ」
怒られたというのに、ノエルはふにゃりと愛らしい笑顔を向ける。
その毒気を抜かれるような純粋な表情に、ベルは小さくため息をつき、「仕方ない子ね」と年の同じ妹の頭を優しく撫でた。
「や、やめて姉さん////」
窓辺で身を寄せ合う、白黒の髪を持つ美しい双子。
それがこの王都を守る治安最強コンビの一つだった。
のんびりとした彼女たちの会話に合わせて、規格外に豊かな胸が柔らかくフワフワ上下する。
王国院本部の目と鼻の先にあるこの詰所は、彼女にとって庭のようなものだ。つい数時間前にも、院の職員たちと笑顔で挨拶を交わしたばかりである。
――しかし。その甘やかな平穏は、唐突に、そしてあまりにも暴力的に引き裂かれた。
ズドガァァァァァァァァァンッ!!
突如として王都の夜を揺るがした、大気を引き裂くような爆発音。
地響きが詰所を激しく揺らし、ノエルの翠瞳が限界まで見開かれた。美しかった満月は、瞬く間に王国院の方角から立ち上るどす黒い噴煙によって、無残に飲み込まれていく。
「!?」
「え……?」
キン、コォォォン――ッ!
キン、コォォォン――ッ!
超緊急事態を告げる騎士団の警鐘が、けたたましく鳴り響く。
“”王国院本部から爆発!! 正面ゲート大破!“”
“”テロだ! 第一部隊、直ちに出撃せよ!!“”
怒号が飛び交う中、ノエルの表情から先ほどの緩い空気が完全に消え失せた。
「……っ! みんな……!!」
彼女は慌てて踵を返し、己の身の丈ほどもある巨大な戦鎚――《聖姫の鉄斧》を鷲掴みにした。
美しい少女のような出立ちとは裏腹な、分厚い鋼の塊。それを軽々と担ぎ上げると、ノエルは猛然と夜の街へと駆け出した。
出撃と同時に、天候すらも世界を嘲笑うかのように狂い始めた。
つい先程まで美しい月が浮かんでいたはずの夜空は、不自然なほど急速に分厚い暗雲に覆われ、やがて視界を遮るほどの豪雨が滝のように降り注ぎ始める。雷鳴が轟き、空が明滅する。
冷たい雨がノエルの頬を打ち、白と黒の髪が濡れて顔に張り付く。だが、彼女の足は止まらない。
現場はすぐそこだ。ほんの数ブロックの距離。
全力で走れば、あっという間に辿り着く。
目視で数えても、街頭は20本ぶんもない。
早く……! 早く……ッ!
焦燥感に心臓を焼かれながら、ノエルは足元の水溜りから冷たい飛沫を上げて大通りの角を曲がった。
──────そして、彼女は息を呑んだ。
「あ……、あぁ…………」
到着したノエルの足が、コンクリートに縫い付けられたようにピタリと止まる。
視界に飛び込んできたのは、到底現実とは思えない『異界のサーカス』だった。
絶対不可侵の聖域であるはずの王国院。
その壮麗な正面ゲートは、紙屑のようにひしゃげた数台の超高級車の残骸らしき物によって無残に塞がれ、炎を上げている。
高さ十メートルを超える、王国院の象徴である大円柱は無残にへし折れ、内部の美しいロビーは瓦礫の山と化していた。
だが、何よりもノエルの精神を削り取ったのは、その瓦礫の上で狂ったように跳ね回る、真紅や白黒の衣装を纏った道化師たちの姿だった。
『きゃあああああッ!!』
『たすけ、ひぃっ!!』
分厚い雨音すらも切り裂いて、聞き馴染みのある職員たちの悲痛な叫び声が響き渡る。
本館の窓ガラスが内側から砕け散った。
人影のようなものが落下していく。
窓から正装魔術師がゴミのように投げ捨てられた。
血だまりの上を滑るように疾走し、逃げ惑う人々を嘲笑う不気味な仮面の異形たち。
「…………ヒィ」
「嘘、でしょ……?」
ノエルの手が、声が、小刻みに震え始めた。
王国院の厳重な警備が、たった一瞬で、こんなにも容易く崩壊させられたというのか。
たった今まで見ていた美しい月夜の静寂が、エリートたちの尊厳が、得体の知れない化け物によって踏みにじられている。
圧倒的な暴力?
理解の及ばない狂気?
目と鼻の先で繰り広げられる惨劇に、ノエルの翠瞳が焦りで揺れる。
だが、次の瞬間には、心を鷲掴みにされるような恐怖がノエルの脳内を真っ黒に塗り潰した。
◇◆◇
「――ッ、くそッ!!」
王国院正門前に過剰なほど勢力が集合していた。
そこは、焦燥と絶望が煮えたぎる混沌の坩堝と化していた。
《銀翼の騎士団》第一部隊全員到着。
本部からの距離は僅か数ブロック。
装備は最新鋭の王国銃を含む完全武装。
これ以上ない迅速な対応の筈だった。
だが、その精鋭たちの顔に張り付いていたのは、理解不能な事象への激しい困惑と恐怖心だった。
遠くから、鋭い音が近づいてくる。
騎士団の警鐘だ。
キン、コォォォン――ッ!
キン、コォォォン――ッ!
それは外部からの増援を告げるベルであり、超緊急事態を告げる合図でもあった。街の民間人が震え上がるほどの大きな意味を持つ。
王国院の外壁に沿って設けられた荷馬区画。
豪雨が滝のように降り注ぐ中、表の狂騒が嘘のように、そこには重苦しい空気が漂っていた。
騎士団が静かに佇んでいる。
腰から二つの※《魔導石》を取り出して、軽く叩いた。
雨に濡れたが、淡い光を放つ。
『───状況は?……………………、なるほど』
ノイズ交じりの雨音の向こうから、とある女性要人の低い声が響く。環境音が聞こえているようだ。
◆◇◆
魔導石
通信機の役割を持つ研究済み魔道具の一つ。
どれだけ離れても利用可能だが登録できる通信先は数箇所。小さいので冒険者や騎士には打って付け。
◆◇◆




