デザート
レイドさんたちがいなくなってしまい、少しだけ心細そうにしていた私に、フレアさんは優しく微笑みかけてくれた。
せっかくの初日の昼食を寂しく終え、溶けかけの残りの緊張をほぐすように、茶目っ気たっぷりの冗談を言ってくれる。
「じゃあ、私、デザートにこの“ナポレオンパイ”食べちゃおっかな〜。これからたくさんエネルギーが必要だもんね〜」
「ナポっ!? あ、……ふふ、そうですね」
タイムリーすぎる名前に一瞬ビクッとしてしまったけれど、フレアさんの屈託のない笑顔に、私の肩の力も自然と抜けていく。
フレアさんはメニューを見つめながら注文していく。人を介さない、不思議な魔道具だった。不慣れな光景をじっと見つめていると美女は弾んだ声で私を覗き込んできた。
ボーッとしているとパフェが届き、そのサイズに愕然とする。
「ミリアちゃんもパフェ食べる? 一緒にシェアしよ!」
「え、いいんですか……?」
「もちろん! はい、あーんして」
「へッ!?」
気が付けば、フレアさんの細い指先に握られたスプーンが、私の目の前まで運ばれていた。
スプーンの上には、こんもりとした生クリームと、ツヤツヤに輝く真っ赤なイチゴ。ふわっと甘くて酸っぱい、堪らない匂いが鼻腔をくすぐる。
「?、……じゃあ……せっかくなので……」
「ほらほら、アーン」
少し恥ずかしくて顔が熱くなるのを自覚しながら、私はそっと口を開いた。
「い、いただきます……あむっ」
お行儀悪く一口で頬張った瞬間、口の中で果汁がじゅわっと爆発した。
みずみずしいフルーツの甘酸っぱさと、なめらかで濃厚な生クリームのコクが、絶妙なハーモニーとなって口いっぱいに広がっていく。
「……おいしい……ほっぺた落ちちゃいます……」
私はとろん、とした締まりのない表情のまま、幸せを噛みしめるように何度も咀嚼した。
フレアさんから見れば、その姿はまるで美味しい木の実を貰って目を輝かせている、そんな小動物そのものだったかもしれない。恥ずかしい。
さっきまでの張り詰めた疑心暗鬼もすっかりどこかへ消え去って、私はすっかりその甘美な世界に無我夢中になっていた。
フレアさんはそんな私の様子を「可愛いなぁ」とこぼして満足げに眺めながら、上品に紅茶を啜る。窓から差し込む陽気も相まって、そこには本当に平和な時間が流れていた。
「あの、フレアさん」
「なぁに?」
「フレアさんは、ソロの冒険者なんですか?」
思い切って気になっていたことを尋ねてみる。けれど、
「違うけど、」
え?と、フレアさんは小首を傾げてあっさりと微笑んだ。
シオンちゃんからこっそり聞いた話では、少なくともフレアさんの今のレベルは「9」らしい。
冒険とは程遠いミリアには、それがどれほど天才的で希少価値の高い領域なのか、イマイチよく分かっていないのだけど……。
「じゃあ……レイドさんと同じパーティなんですか?」
「レイドくんはソロだよ〜?」
「へ?」
「私は私のパーティメンバーをちゃんと抱えてるの。……あ、そうだ!
ミリアちゃんは、レイド邸の新しいお客さんになるかもしれないんだよね?
あの子たちも、同年代の子たちと接するのは初めてだろうし、会わせてあげなきゃね〜」
フレアさんは悪戯っぽく口元を片手で隠すと、何か楽しいサプライズでも企むように、含みを持たせてくすくすと笑った。
レイド邸。なるほど?
「レイド邸って、レイドさんの家のことですか?」
「そうそう。どっかの公爵様から、格安の安値で引き取ったらしいよ。広いお屋敷なの」
フレアは唇を少しだけ尖らせ、小悪魔のような視線をミリアに投げかけてくる。
「さて。
どうする?ミリアちゃん、
──────行ってみる?」
その問いかけは、ただの提案以上の甘い誘惑のように響いた。
ミリアは、自分の顔が先ほど以上に熱を帯びていくのを自覚していた。
フレアの瞳に映る自分が、いつもの自分よりもずっと子供っぽく、けれどどこか特別に扱われているような気がして、胸がキュンと高鳴った。
ミリアは少しだけ頬を赤く染め、俯き加減のまま、けれど勇気を出してフレアの真っ直ぐな視線を見上げる。
「……じゃあ…………行きます」
ミリアの内心を他所に、フレアはふわりと花が咲くような大人びた笑顔を見せて両手で口元を隠してクフフと笑った。
◇◆◇
「あの……話を逸らして申し訳ないんですけど、、」
「?」
「レイドさんの“Lv.(レベル)”って、本当はおいくつなんですか?」
「んー? フフ、内緒〜!」
人差し指を唇に当ててウィンクするフレアさんは、どこまでも大人の余裕に満ちていた。
◇◆◇
「随分と距離が縮まったみたいだね、ミリア」
「レイドさんっ!?」
しばらくして、ふらりとレイドさんがシオンさんを連れて戻ってきた。ビクッと飛び上がった私を、レイドさんは糸目を細めて見下ろす。
「フレアのとこのパーティ名も、この際“チーム桜餅”に変えたらどう?」
からかうようなレイドさんの言葉に、フレアさんが「もうっ」と顔を近づけてジロリと睨む。
不意に二人の距離が近くなり、フレアさんの持つ大人びた甘い色香が、こちらにまでふわっと漂ってくるようだ。
美男美女が顔を寄せ合うその絵図を見るだけで、ミリアはなぜだかドキドキして顔が赤くなってしまう。
「い・や・だ」
フレアさんが不満げに唇を尖らせると、レイドさんは肩をすくめた。
「……あっそ。鬼人の子、なかなかいいセンスしてたのになぁ」
「なんの話をしてたんですか? さっき言っていた、ナポレオンって……」
私が恐る恐る尋ねると、レイドさんとシオンさんは一瞬だけ顔を見合わせ、それから息を合わせるように「なんでもないよ」と笑って誤魔化した。
気づけば以前よりも格段に息がぴったりで距離が縮まっている。
そんな二人の様子を見て、フレアさんの目がきらりと光る。まるで彼氏の浮気を訝しむような視線をジロッとレイドに向け、
「ふんっ!」
と、分かりやすく不機嫌になってそっぽを向いてしまった。
「?」
あわわ…………
中庭へと続く大扉がふわりと開き、外の冷気が室内に流れ込んできた。
雲の隙間から午後の陽光が射し込んではいるものの、その光はどこか頼りなく、すぐに雲の底へ隠れてしまいそうだ。
大気を満たす微かな湿り気は、夜が訪れる頃には冷たい雨がこの街を濡らすだろうことを、静かに告げていた。




