冒険者
強者、特に命を賭して戦う冒険者という生き物は、どうしてこうも他者を惹きつけ、そして噛みつかれやすいのだろう。
ミリアがレイドたちとの距離を縮める間もなく、その「嵐」は唐突に、そして暴力的なまでの存在感を伴って現れた。
タッタッタ、と軽快な足音を響かせて走ってきたその少女に、カフェテリアの全視線が吸い寄せられる。
額から生える、一際目を引く純白の“角”──それは誇り高き鬼人族の証。
白から血のような鮮烈な深紅へとグラデーションを描く長い髪が、彼女が動くたびに鮮やかに揺れ、周囲から好奇と畏怖の目が集まり始める。
少女は鋭い眼光でその場の全員を舐めるように見定めると、最後にフレアさんを値踏みするようにじっと見つめた。
腰に帯びた豪華絢爛な装飾の大太刀は、彼女の低い身長には不釣り合いなほど巨大で、それゆえに凶悪な凄みを放っている。
彼女が、S寮屈指の乱暴者……
そう、北の隣国《華ノ国》から招集された突撃隊長、シュナ・カゲロウ。そして同時に、ミリアの護衛であるミカエルの“パーティメンバー”でもある。
まだ最高峰の称号である《七銀聖》には到達していないものの、あの冷酷なミカエルが実力を「お墨付き」にするほどの本物の怪物。放たれる野生的な覇気だけで、周囲が怯えている。
「貴殿が妾の宿敵か、フレア・ウィンドマン!」
「へ……?」
フレアさんが長い睫毛を揺らし、目をぱちくりと瞬かせる。
まだ注文すらしておらず、メニュー表を楽しく見比べていた最中の出来事だ。
大人びた抜群のプロポーションとは裏腹に、子供のように素直なフレアさんの顔には、明らかな戸惑いが浮かんでいた。
「フン、どう見てもただの平民の女子じゃな。案外、雑魚か? 週明けの決闘が楽しみじゃな!!」
凄まじい威圧感を放っているというのに、見れば鬼人の少女の口元には、先ほどまで食べていたであろうステーキの小さな破片がついている。その可愛らしいアンバランスさが、逆に底知れなさを引き立てていた。
「ええと……シュナちゃん、だったかな? 今度の“学園外学習”では、お互いお手柔らかにね?」
フレアさんが苦笑交じりに大人の対応を見せるが、続くシュナの言葉に、ミリアはゾクっと背筋を凍らせることになる。
「フン、度胸試しのつもりか? アホ乳!笑わせるな。情け無用ッ、即刻勝負じゃ! ──その、丸い桜餅みたいな乳ッ、ぶった斬ったるわッ、娘!!」
「?? 桜餅……?」
「……フレアもち、ってことかな?」
「ちょっと、レイドくんまでからかわないでよ!」
「ふんッ!」と小鼻を鳴らし、シュナは腰から大太刀を鞘ごと引き抜いた。一瞬抜刀かとも思われて空気が冷えたが、すると信じられないことに、彼女の手を離れた刀が床から数十センチ、腰の位置でぷかぷかと水平に浮遊し始めたのだ。
シュナはその湾曲した柄の上に、小柄な体をちょこんと乗せて腰掛ける。
「浮遊刀…………“遺物”ですか……」とシオンから驚愕の囁きが漏れるが、当の鬼人娘はどこ吹く風だ。
「見るからに分かりやすい実力者アピールで、、無言マウントとは……困りましたね、フレアさん」
シオンちゃんが困ったように美しい眉をひそめ、苦笑いを漏らす。
「えっ、これマウント取られてるの!?」
困惑したフレアさんは、助けを求めるようにそっとレイドさんへ視線を送った。けれど、彼の細められた糸目の奥は、まるで深い虚無を眺めているかのように凪いでいて、何を考えているのか全く読み取れない。
『──くだらん雑談はそこまでにしろ。貴様らも知る通り、我がパーティの鬼の娘はすこぶる凶暴だ。のんきに休んでいる暇はないぞ? 寝首を掻かれたくなければな』
突如、鼓膜を不快に震わせる、嫌というほど聞き慣れた声。
ミリアはビクッと肩を震わせ、怯えながら振り返った。
遅れて現れたのは、酷薄な余裕を浮かべて腕を組む人──ミカエル。
彫刻のように整ったその美貌の裏にある圧倒的な冷酷さに、ミリアの頬が強張る。
ミカエルはレイドさんには目もくれず、最悪なことに、真っ直ぐミリアへと歩み寄ってきた。その人物が纏う、濃厚な薔薇の香水の匂いが鼻腔を突き、それだけで怖気付きそうになる。
「ミリア。学園を立ち去る覚悟はできたか?」
「……そっちこそ、その傲慢な態度で、足元をすくわれないようにね」
至近距離での睨み合い。
精一杯の虚勢を張ってバチバチに煽り返すものの、ミリアの手は恐怖で小さく震えており、勝負は明らかにミカエルの圧勝だった。
こんな人間が自分の護衛で足枷の役割だと思うと反吐が出そうだったが、それすらも彼なりの「歪な優しさ」の裏返しであることも、ミリアは薄々察していた。
すぐ近くで、フレアさんが美しい顎に手を添え、不思議そうにミリアの悔しげな横顔をじっと見つめている。
その一触即発の空気に、割り込むように凛とした声が響いた。
「──そこまでだ」
サティ先生だった。
彼女の氷のように冷徹な視線が、ミカエルやシュナの挑発的な眼光と鋭く交差する。
数秒の沈黙の後、ミカエルは無言で嘘くさい朗らかな笑みを浮かべると、「やれやれ」と手をひらひらと振って優雅に背を向けた。
シュナの体重がかかっているはずの禍々しい大太刀は、主であるミカエルの後を追うように、ぷかぷかと宙を漂いながら去っていく。立つ鳥跡を濁しまくった二人のせいで、席にはひどく不穏な残響が漂っていた。
「ふぅ……」
サティ先生が小さく吐き出したため息とともに、大人の女性特有の、気品ある甘い香りが微かに揺れる。
見れば、彼女の透き通るような美しい横顔には、一筋の冷や汗が流れていた。それをサッと隠すようにハンカチで拭う。
しなやかな細い腰に片手をあて、自身の完璧で魅惑的な曲線美を誇示するような姿勢のまま、先生がその美しい唇を開く。
《七銀聖》クラスの化け物たちの間に入るのが、どれほどの重労働か。学園長ですら御しきれない危険分子たちの扱いに、ミリアはサティ先生への深い同情を禁じ得なかった。
お説教が始まる──そう身構えたミリアだったが、先生の口から出た言葉は、完全に予想外のものだった。
「──レイド・クラウン、今、ちょっといいか?」
サティ先生の目的は、生徒の喧嘩の仲裁などではなかったのだ。
「それが……」
先生は周囲を警戒するように声を潜め、重々しく告げた。
「昨今の《ナポレオン》による学園への襲撃予告を受け、生徒らの安全を最優先に期すことになった。そのため、今週末の…………学園外学習の初舞台を──急遽、“国営ギルド管理下の屋内闘技場”へと変更する」
「!」
シオンちゃんが鋭く目を見開き、フレアさんがびくりと美しい背筋を正す。
「おいおい伝えるつもりだったがな、レイド・クラウン。私についてこい。学園長から、お前にだけ秘密裏に共有しておけと命じられた、相談事がある」
「待ってください!」
サティ先生の背中に、切迫した声をぶつけたのはシオンちゃんだった。
「私も同行させてください!」
「しかし、お前は無関係の……」
「どうか、お願いします」
シオンちゃんは深く頭を下げた。その滑らかな水色の髪が、まるで清らかな水流のようにサラサラと肩から流れ落ちる。その真剣な眼差しに、サティ先生は小さく折れた。
「……わかった、許可しよう。ただし、このことは他言無用だ」
シオンが急いで身支度を整える。
緊迫した空気を残し、二人が席を立つ。
残された私は、ただ首元の赤いマフラーを握りしめ、まだ見ぬ巨大な不安を、心の中で反芻していた。
「どうかした?ミリアちゃん」
フレアさんが心配して声を掛けてくれた。
「いえ、、」
学園外学習───きっと最後の希望になるかもしれない。
それでも、十分だ。
私は私にできることを、…………精一杯やろう。




