カフェテリア
透き通った鐘の音が、終わりの合図を告げる。
新任教師アローネの紹介を含めた、長いオリエンテーションがようやく幕を閉じた。教室を満たすのは、緊張から解き放たれた生徒たちの安堵の溜息だ。この、お決まりの退屈な儀式に慣れるまで、一体あと何度鐘の音を聞けばいいのだろう──フレアは小さく肩をすくめた。
教室内には、早くもいくつかのグループができ始めていた。
他愛ない雑談を交わしながら隣の男と席を立つ。ふと、これからの昼食のことが頭をよぎり、フレアは少し悪戯っぽく笑いかけた。
「ねえ、明日は私がレイドくんのお弁当、作ってあげよっか?」
「学園の食堂の方がラクだし、しばらくはいいよ」
「ふーん……それは失礼な物言いだね、レイドくん」
フレアは顎に指先を当て、首を小さく傾けてみせる。ちょっとしたお姉さん気取りの仕草だ。
確か、事前に「見学がてら大食堂へ行ってみよう」と話してはいたけれど──実際のところ、彼は人前で食事をしたがるようなタイプだったろうか。
うーん、と内心で首を捻っていると、視線の端に、こちらをソワソワと窺う小動物のような影が映り込んだ。そのあまりの健気さに、フレアの頬が自然と緩む。
「よかったら、ミリアちゃんも一緒にどう?」
「!」
「せっかくだからカフェテリアにも行ってみようよ」
弾むように続けて声をかける。まだ硬直している彼女の様子からして、極度の緊張状態にあるのは明白だったが、根気強く手を差し伸べれば、きっとすぐに打ち解けられるはずだ。
「え……っ、ご一緒しても、いいんですか?」
素直で、明るくて──何より、目を引くほど綺麗な子。
それが、フレアから見たミリアの第一印象だった。
ふんわりと波打つ明るい金髪は、思わず触れてみたくなるほど柔らかそうだ。透き通るような白い肌に、少女らしい愛らしいリボン。だが──その奥にある瞳だけは、どこか鋭く、鮮やかな赤色を宿している。
レイドくんに憧れちゃったのかな……?
今日の彼女の髪には、レイドのピエロハットを模した洒落た髪飾りが揺れていた。よく似合ってはいるものの、フレアとしてはどこか「おや?」と引っかかるものがある。けれど、根が良い子なのは間違いない。まずは仲良くなるのが先決だ。
何より、彼女の首元には、先ほどレイドに巻かれたばかりの、あの〝真紅のマフラー〟が揺れている。
あのマフラーが持つ、意味の重さを……この子はまだ、何も分かっていないんだろうなぁ。
まあ、それも追々でいいか、とフレアは胸の中で苦笑する。
促されたミリアは、救いを求めるように、レイドの方へとその見るからに熱い視線を向けた。
◇◆◇
「ほらほら、ミリアちゃん行こ!」
「んぇッ!?」
フレアさんにぐいぐいと手を引かれるまま、私たちは教室を後にした。
太い石柱が規則正しく並ぶ廊下。その開け放たれた大きなガラス窓からは、ひんやりとした風が吹き込み、私の緊張を孕んだ肌を撫でていく。
窓の外──アイアンの柵に囲まれた中庭には、燃えるような大輪の薔薇と、それとは対照的な、ぽってりとした季節外れの王国カボチャの黄色い花が咲いていた。
まるで、隣を歩く天真爛漫なフレアさんと、私の不釣り合いな関係を表しているみたいだ。
古びた石床は陽の光を弾いてツルツルと輝いていて、見るからに冷たそうだった。
後ろから、規則正しいコツコツという気品のある足音が響く。
振り返ると、シオンちゃんが歩み寄ってくるところだった。
「私も、ご一緒させてもらってもいいですか?」
背筋をピンと伸ばした、息を呑むほど凛とした佇まい。シオンちゃんは滑らかな肌に落ちる透き通った髪を、さらりと耳にかけると、自然な仕草で手を後ろに組んだ。
その綺麗な瞳が、興味津々といった風に私たちを捉える。
「シオンちゃんもお昼? 一緒に食べよ!」
「お邪魔でしたら身を引きますよ、フレアさん」
「ふーん? じゃあ、シオンちゃんも『喜んで』一緒に行こっか!」
フレアさんがパンッと手を軽く合わせて、シオンちゃんに満面の笑みを送る。
けれど、二人の視線が交わった空気は、一瞬にして中庭の冬枯れの石床よりも冷たく凍りついた。バチバチ、と火花が散る音が聞こえてきそうだ。
「じゃあシオンちゃん! 今日からまたよろしくね?」
「ええ。──“末長く”、よろしくお願いしますね?」
「すえながく……?」
「なんでもありません、フフ」
◇◆◇
なぜか隣を無言で歩き始めたレイドさんと肩を並べながら、私は進む。
先頭を歩くフレアさんは、私のそれとは比較にならないほど豊かで美しい胸を、自慢げに張って歩いていた。歩くたびに、中庭の薔薇が揺れるように華やかな香りが鼻をくすぐる。
「そうそう! 私たちはね、国営ギルドに所属する本物の冒険者なんだよ!」
「一流の、ね」
後ろからレイドさんが気怠げに、けれど確かな自負を込めて付け足すと、「そう! 一流のね!」とフレアさんが嬉しそうに振り返った。
そのあうんの呼吸。どう見ても、この二人はお似合いのパートナーに見えて正直羨ましい、どんな関係なんだろうか。
そこに、シオンちゃんが面白そうに、冷ややかな水を差す。
「へえ、一流の冒険者。……じゃあ、私から依頼をさせてください、レイドさん。私の『専属護衛』になっていただけますか?」
「はい、絶対ダメーー!!」
「? そうですか……それは残念ですね───では、私がレイドさんの護衛に──────!?」
レイドさんが突然シオンの二の腕を掴んでひっぱる。
「オレは高いよ?お嬢さん」
「───、すみま…せん////」
言葉の裏にある感情のバトルがあまりに鮮明で、私はただオロオロとするばかりだった。




