19話 怪物
レイド・クラウンが──────視線も合わせず、殺伐な笑みを浮かべ舌を見せた。
もし私が「遊び心」という名の毒を知らぬ堅物であったなら、今頃、私の首は朝陽を浴びて宙を舞っていただろう。
信じられない。
逆手に持ち替え、腕ごと背面から回して刈り取る。そんな歪で、それでいて合理的な剣術など見たことがない。
再度、反射的に距離を取る。
鼓動が、警鐘のように、あるいは歓喜の太鼓のように激しく鳴り響いていた。
背後への回り込みはブラフ。
視線誘導で目線を釘付けにし、その死角から逆手で頭部を刈り落とす悪魔の魔術。
受ければ、死に気づくことすら遅れるだろう。
それほどまでに美しく、意識の外側を正確に射抜いた離れ技。
――だが、種を見破ったからといって、この私が止まると思うなよ。
私は剣先を地面に突き刺し、それを支点に重力を無視して跳躍した。視界から消え、宙を自転し、今度は私が彼の背後を奪う。
追撃のために踏み込んでいたレイドが、予想外の機動に僅かだけ遅れる。
その片糸目が驚きか、それとも楽しんでいるのか、薄く開くが見えた。その表情は、焦りあるいは――同類を見つけた愉悦だった。
私は口元を吊り上げ、腰の後ろへ手を回す。
──────この間合いは、近接戦闘。
瞳の見えない怪物は、
私が初見で「極上の手品」の一つを見破ったことに、心底驚いたような顔を見せた。
◇◆◇
急停止。
外套を盾のように大きく広げ、接近戦を狙う相手の視野を強引に塗り潰す。
そこからの刺突が来なかったため、オレは反転し、大きく一歩引いて間合いをリセットする。
「――ちぇッ」
思わず舌打ちに近いセリフを漏らすと、アローネが心底満足そうに笑った。
「視野の広いお前なら、必ず警戒すると判断した。……この至近距離で私が背に手を回せば、お前ほどの男なら、高確率で隠された暗器を想像するだろう? 」
「手品には“手品返し”ってことですか。……性格悪いなぁ」
そこには、ナイフの鞘などなかった。
アローネは、あえて「武器を出すフリ」をすることで私の深読みを利用したのだ。
経験と度胸に裏打ちされた、心理戦。
それは相手の実力を心底信頼した者にしか成立しない、究極の「遊び」だった。
アローネが剣を下げる。もはや、この場に殺気は残っていない。
「あの一瞬、外套で視界を遮るのは対人戦に毒されすぎた悪い癖だ。王城試合なら即座に反則だぞ」
「ルールのある遊びは苦手なんですよ。相手が死ねば過程はどうでも……それより」
オレは少し肩の力を落とした。
「初見で今の逆手を躱されたのは初めて。
正直、他とのあんまりな実力差に動揺してるよ」
「……私の方こそ、久々に腰が抜けそうだよ。あんな歪んで腐った剣、誰に教わった?」
「別に、思いつきのテキトーですよ」
「嘘をつけ。……だが、面白かった。良い刺激になったぞ。少しだけ気に入った」
アローネは苦く、けれど晴れやかに笑っていた。全身を支配する興奮が、隠しきれずに溢れている。
「ところで――」
彼女は大剣を肩に担ぎ、問いかけた。
「……お前、一体何者なんだ?」
◇◆◇
二人の間に流れる空気は、もはや敵対者のそれではなく、断崖の頂に立つ者同士の共鳴へと変わっていた。
オレは地面に刺さったままの彼女の予備剣を抜き、手渡す。
「レイド・クラウン。ただの新入生ですよ」
「私はアローネ・リタ。肉が好きだ」
「──────?」
「あと、週末の歌唱を聴くのが趣味だ」
「??」
「……あと、さっきの破廉恥な真似は、まだ許してないからな」
「──────?なんです、急に」
首を傾げる。
それは教師の義務的な言葉ではなく、対等な戦友への自己紹介(?)だった。
用も済んだので彼女の横を通り過ぎようとすると、剣先で道を塞がれる。
「これからは毎朝来い。缶コーヒーぐらいは奢ってやる」
「教師のくせに、随分暇なんですね」
「お互い、身体が鈍るだろう?」
……なるほど。
強すぎて、対等に遊べる相手がいなかったのか。
「不器用な女ですね」
「……ッ、失礼な奴め」
◇◆◇
見てはいけないものを見ている恐怖と背徳感。
私は、自分の胸が痛いほどに心酔し、高鳴っているのを感じていた。
二人が見せた剣技。
王城で教わった「美しく正しい型」とは対極にある、生きるため、殺すための、剥き出しの駆け引き。
卑怯で、
残酷で、
けれど子供のような純粋な「遊び心」が同居する、
──────不思議な輝き。
「……あんなに自由でいいんだ」
きっと、王城で暮らす家族に聞けば否定される。そんな野蛮で歪んだ剣は目にしてはいけない、興味を持ってはいけないと。
でも私の心には、レイドさんが放った「逆手」が、閃光のような消えない残像として刻みつけられていた。
卑怯だと断じることなんてできない。
その鮮やかな手品に、私は理屈を超えた「正解」を見てしまった…………気がした、、
学園生活は始まったばかりなのに、彼の近くにいるだけで、世界のルールが、私の常識が、嘲笑うように書き換えられていく。
その背徳的なまでの感動に、私は震えていた。
「お前は見ててどうだった? A寮生」
いつの間にか歩み寄ってきたアローネ先生が、私を覗き込む。
「す、凄かったです。……魔法みたいで」
「あはは、子供みたいな感想だね」
「…………お前が言うか」
「えッ!? ……だ、だって、本当にかっこよかったんです。あんなの、見たことないから……」
思わず口を突いて出た言葉に、自分でも驚く。
「かっこいい」――そう、それは私の知る正義の騎士の輝きではない。
もっと暗くて、鋭くて、その一生で一番心に残っていくような。
そんな「人間らしい美しさ」に、私はどうしようもなく目を奪われていた。




