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18話 手品師



◆◇◆

遺物

太古より眠る「遺跡の欠片」。それぞれが強力な『特殊能力ユニークスキル』を持つ未知の道具である。遺物の能力を組み合わせることで稀に噛み合い、発現する“危険な不協和音”を


 ──────この世界では「異能」と呼ぶ。

◆◇◆


 

強烈な突風が私の髪を煽り、一拍遅れて空気が弾ける音が響いた。

目で追うことすらできない踏み込み。


だが――

 

「待て。……お前、剣をいつ盗った?」

 

アローネ先生の低く鋭い声が響く。

見れば、彼女の手にあるはずの二本目の予備剣が、いつの間にかレイドさんの左手に握られていた。

 

「手品によそ見は厳禁だよ? お姉さん」

 

レイドさんは優雅にその剣をクルリと回した。

次の瞬間、彼の手の中で剣がジャグリングのように分身して増殖し、そして――。


 

パンッ、と。彼が両手を叩く。

乾いた音と共に、剣は霞のように消失した。

 

「貴様、剣はどこへやった?」

 

「手品はいつも『死角』だよ」

 

レイドさんが不敵に笑い、天を指差した。


 

──────空が、裂けた。


 

パンッ、とレイドさんが両手を叩いた乾いた音が合図だった。

 

「アハハ――だから、種明かしはしない」

 

無音。落下地点も、物理法則も、すべてを無視するような『剣の雨』が上空の裂け目から溢れ降り注ぐ。

何十という無数の濡れたような刃が輝き、アローネ先生というただ一つの標的を串刺しにせんと殺到した。

 

「なっ……どこから!?」

 

一瞬の驚愕。

しかし、次の瞬間にはアローネ先生の口角が、三日月のように深く、獰猛に吊り上がっていた。

 

「ハッ――小賢しい真似を!」

 

巨大な剣が振るわれる。ただの一振りで大気が爆ぜ、暴風が巻き起こった。

砂埃が竜巻のように空に登り、枯れ葉がカラカラと遅れて音を立てて巻き込まれていく。

 

凄まじい衝撃波に、私は髪とスカートを必死に抑え、やっと地べたに這いつくばるしかなかった。

砂埃で呼吸すら苦しく、目を瞑りかけ口元を隠す。

だが、目を逸らすことなんてできなかった。

 

降り注ぐ刃を叩き落とし、あるいは強引に身を捩って躱すアローネ先生。

 

その巨躯は、人間の女というよりは美しい獣だった。万が一、剣が彼女の肌や服を掠めても、その肉体は鋼鉄のように傷一つ負わない。


それどころか、血の匂いを嗅ぎつけた捕食者のように、彼女の瞳はドロドロとした歓喜に染まっていく。

底が見えない。この人もまた、人の皮を被った化物なのだ。

 

そして――私の視線は、その恐るべき死地を「散歩している」男に釘付けになっていた。

 

「王国院やギルドから貰ってきた、無料タダのガラクタだよ。どこからって、そういう意味じゃなかった?」

 

剣の雨の中を、彼は傘を差すように優雅に歩いている。

刃が彼を貫くことはない。彼がコンマ一秒の次元で、世界との同期をズラしているからだ。

一歩進むごとに、残像が幾重にも重なってはブレる。あまりの速度と異常な歩法に網膜が騙され、何人ものレイドさんが同時にアローネ先生を包囲しているように見えた。


──────蜃気楼。

 

「これ、鉄の処女アイアンメイデンに似てるよね」

 

「道化らしく、手品で煽るか……ッ!」

 

「まさか。お客さんがいるんだから、少し盛り上げてるだけだよ」

 

男の影が、暴風の如き大剣の隙間を縫って、アローネ先生の懐へふわりと滑り込んだ。

薄く透けた残像が嗤う。

まるで鏡に写っているような、

 そんな鮮明さに畏怖する。

 

「思考の固まったサーカスの象は、団長に勝てっこないのさ。頭を柔らかくして、想像を楽しまないと。――これは“サーカス”だ」

 

凄まじい殺意を乗せたアローネ先生の一閃が、その影を両断する。

だが、手応えはない。切っ先が裂いたのは、陽炎のような残像に過ぎない。

 

「どこ見てるの。──────不慣れかな?」

 

いつの間にか。

本物のレイドさんは、彼女の背後を悠然と「歩いて」通り過ぎていた。

 

「レディファーストだよ?

 ――一撃でいいから、先に当てなよ」







 

項脊うなじに冷たい吐息を吹きかけるような、親密で、残酷な距離感。

アローネ先生の余裕に満ちた表情が、ほんの一瞬だけ、戦慄に凍りつくのが見えた。


 

――あ。

私は、震える両腕で自分の肩を抱きしめたまま、その光景に呑み込まれていた。

目の前で繰り広げられているのは、私が幼い頃から絵本で読んできた「光り輝く騎士の戦い」などではない。

相手を欺き、嘲笑い、世界の理さえも手品トリックの一部として消費する、冒涜的なまでの蹂躙の応酬だ。

怖い。

 

レイドさんのあの糸目の奥に潜む「何か」を覗き込んでしまえば、二度と陽の当たる場所には戻れない。本能が悲鳴を上げている。彼と関われば、私の知る日常など一瞬で壊されてしまうと。


 

なのに――どうして。

どうして私は、目を逸らせないのだろう。

土埃に塗れ、狂ったように剣の雨が降る中で。

誰よりも不誠実に、卑怯に、狡猾に立ち回る彼の姿が


 ――どんな英雄の叙事詩よりも、残酷で、吐き気がするほどに美しいと思ってしまう。


 

胸の奥が痛い。

早鐘を打つ鼓動が、恐怖から来るものなのか、それとも別の熱のせいなのか、もう自分でも分からなかった。

憧れなんて、そんな生温かい感情はとうに消し飛んでいた。

 

喉の奥がヒリつくような畏怖。

そして、底の見えない暗闇に引きずり込まれるような、抗いようのない熱い高揚感。


 

――この人は。

「王子様」なんかじゃない。

私の世界を根底から狂わせてしまう、


 最悪で、最高の「怪物」だ。

 


◇◆◇



幽霊に取り憑かれたような、気味の悪い感覚だった。

酷く肝が冷え、胃の奥から吐き気が押し寄せ、背筋に冷たい氷柱を突っ込まれたかのようにゾッとする。

反射的に振り向き、力任せに大剣を振るうが、そこには風が舞うばかりで誰もいない。


 

――灯台下暗し。

足元、真後ろ。そこから這い寄る、蛇のような気配。

私は即座に剣を引き込み、間合いを潰す。互いの得物は正統派。だが、私には百戦錬磨の経験という盾がある。

男の“視線”は、私ではなく──────そのずっと後ろ、先にある空白を射抜いている。

背後を奪う予備動作。再度、私は追撃の機を伺う。

 

刹那、レイドの左手の掌が、水面を滑るような動きを見せた。

「ッ!?」

 

驚愕が、私の頬を強張らせる。

あろうことかレイドの左手が、私の腰のやや下――臀部の隆起を、あざ笑うかのように滑らかに叩いたのだ。

思考が一瞬、空白に染まる。女性としての本能的な警戒心が、意識を強引に「触れられた場所」へと引きずり下ろした。視線が、コンマ数秒、下を向く。

その刹那こそが、男の真の狙いが牙を剥く瞬間だった。

 

ッ……!!

 

野性的な直感だけが、私の身体を突き動かす。

強張る筋肉を強引に黙らせ、頭を横へ傾ける。

ほぼ反射的に躱した首元を、一ミリの差でレイドの剣先が掠めていった。皮膚が裂け、熱い痛みが走る。

 

「くっ、──────逆手かっ……!!」





 

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