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17話 アローネ戦

朝の陽光が、街路樹の葉をキラキラと照らし出している。

私は制服のスカートの裾を軽く指で摘まみながら、足早に歩を進めていた。胸の奥が、期待と緊張で小さくざわついている。

今日という一日が、ただの平凡な登校日ではなくなる予感がして、小さく深呼吸をした。涼やかな風が、私の長い髪を優しく揺らして通り過ぎていく。

 

──そういえば、訓練場って新入生も使ってるのかな。

今日はいつもより少し早めに家を出た。理由はシンプルだ。訓練場を見学したかったから。

上級生たち、特にS寮生の模擬戦や、教師同士の戦闘訓練も自由に見学できると知ったのだ。それが嬉しくて、つい足取りも軽くなる。自然と唇の端が緩んでいた。

新しい挑戦は怖いけれど、確実に心を昂ぶらせてくれる。

 

ふと見上げた時計台で残り時間を確認し、ほっと息をついた。時間はまだたっぷりある。

なら、少しだけ寄り道をしても──。

 

『道に迷ってるなら、案内してあげるよ? 迷子のお姉さん』

 

唐突に、すぐ近くから声が降ってきた。澄み渡るような、けれど悪戯に満ちた軽薄な響き。

聞き覚えのあるその声音に、私の足はぴたりと縫い止められた。背筋を、甘く冷たいざわめきが撫でていく。

ゆっくりと振り返った先に立っていたのは。

 

『先生、お洒落ですね。その戦闘服。……どう見ても《遺物》だ』

「レイド、さん……?」

 

入学して二日目の早朝。あの糸目の男が、訓練場に立っていた。

私があの時、泥まみれで沈んでいたまさにその場所に。

 

そして、もう一人。彼の向かいに立つ人影があった。

私はこっそりと、小型訓練場を囲む低木の茂みに身を隠し、葉の隙間から覗き込んだ。

『若手最強の男と聞いて気にしていたのだが。……案外、小物か? か弱きレイド少年』

 

正面。

訓練場の中央に、呼吸を忘れるほどの凄まじいプレッシャーを放つ女性が仁王立ちしていた。

朝陽に輝く豊かな茶髪のポニーテールに、整った顔立ち。だが、何よりも視線を奪うのはその規格外の肉体だった。

身長は二メートル近いだろうか。装飾が削ぎ落とされ、全身に這うような模様が刻まれた禍々しい漆黒のボディスーツ。足元まで垂れた長い股布。

隠しきれない美しい曲線を描く大腿部には歴戦の傷痕が刻まれ、張り詰めた鋼のような強靭さが宿っている。

彼女の足元には、二本の剣が深く突き刺さっていた。

それは――王国流の、決闘の証。

 

「元、黄金七聖……アローネ・リタ」

 

気づけば、吐息のような小声が漏れていた。

王国の五本指に入ると謳われる、生粋の戦闘狂。……どうして彼女がここに?

アローネ先生は、手元にあった一枚のメモをヒラヒラと振ると、それをグシャリと握りつぶして地面に投げ捨てた。

 

『新入生、レイド・クラウン。こんなちんけな“挑発状”を私に出しておいて、宣戦布告のつもりか?』

 

え……?

思わず息を呑む。挑発状?

レイドさんが、自分からあの“北の英雄”に喧嘩を売ったというの……?

『ただのファンレターだよ。王都北部では今、こういうのが流行ってる』

 

『はぁ。そんなくだらん戯言に騙されるわけないだろ』

 

レイドさんは、いつもの糸目を細めたまま、ひらひらと手を振った。呆れるほどの余裕。けれど、彼の周囲の空気が、まるで真空になったかのように重く沈み込むのを肌で感じた。

『御託はいい、さっさと済ませろ。くだらん雑談に付き合うつもりはない。

 ――さぁ、王国最強と噂の新人よ。手合わせ願おうか』

雑談は後にしてってことね、とレイドさんは肩をすくめる。

「その前に」

「?」

アローネ先生も何かに気づいていたのか、小さくため息をついた。

 


「──見るならちゃんと見なよ。“ミリア”」

「──わッ!?」

 

突然、首の後ろをグイッと掴まれた。

私は茂みに隠れていたところを、まるで仔猫のようにひょいと持ち上げられた。振り返るまでもない、レイドさんだ。


「ッ、!?私の名前…………」

 

「ほら、お姉さんにもちゃんと許可取って見なよ?」

 

「……えっと、あの」

 

「私は構わないが……覗き見が趣味なのか?」

  

「ッ!? …………違います!!」

顔に血が上るのを感じながら、私は慌てて首を横に振った。


 

◇◆◇


 

「一応さ。制服だから、泥はねにだけは気をつけないとね」

 

私を安全な場所へ下ろすと、レイドさんは再びアローネ先生と向き直った。

 

「私相手によくそんな軽口が叩けるな」

怖くはないのか? と問うような先生の視線に、彼は薄く笑う。

 

「今だけですよ、愛しの先生」

圧倒されるほど恵まれた長身。異常なまでの対人戦歴。相手にとって不足はない。

だが、彼のその横顔からは「勝とう」という必死さは微塵も感じられなかった。

悪態をつき、予想外を起こし、ただこの化物染みた教師に己の存在を刻み込むこと。それが彼の目的のように見えた。

 

「お前の実力次第だ。……負けてやらんこともない。私は本気でお前の相手をするほど馬鹿ではないからな」

 

「期待には応えてくださいよ? “華奢な”お姉さん」

 

アローネ先生が、地面から剣を抜く。

 

その瞬間──────風が止み、世界からは音が消えた。


 


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