第4話 二度目の願いごと
「フィオナ、水汲んできたよ」
村の民家で、流行り病の家族の世話をしていたわたしに、アランが声を掛ける。
肩に棒を渡し、両側に吊るした大きな桶に、小人ではとても運べない量の清らかな水を運んでくれたのだ。一家の水瓶を新鮮な水で満たしてから、アランはわたしの肩に手を置いた。
「君はもう帰った方がいい。願いごとで病気が治ったからって、小人の流行り病に二度と罹らないわけじゃないんだから」
「でも……わたしだって、何か役に立ちたいわ」
そのとき、痩せ細った一家の主が咳き込みながら言った。
「姫さま、お気持ちだけで……わしらにはもったいないことです」
アランの手に力がこもる。わたしが見上げると、アランの眼差しは思いのほか険しかった。
「あとは、僕がやっておくから」
「でも……」
「お願いだから。みんな君を失いたくないんだ」
わたしは納得できない気持ちのまま、一人王宮への道を戻った。
わたしを失わないために、ガレスの命がなくなった。
民の命が目の前で消えつつあるのに、自分を守るために何もできない。
口をついて出たわたしのため息で、冬の空気が白く濁った。
* * *
その日の夜、人間たちの野営地から、アランが王宮を訪ねてきた。
お父さまとお母さまが臥せる寝台の傍らにいたわたしを、アランは苦しげな瞳で見つめた。
わたしの隣で、アランは身体を小さく丸めて、お父さまの寝台の前に跪いた。
「国王陛下、お願いがあります。フィオナを人間の国に連れていきたいのです」
「アラン? 何を言い出すのよ!」
わたしは、アランの突拍子もない提案に驚いて、声を上げた。
「このままでは小人の王家の血は絶えてしまうかもしれない。でも、フィオナさえ生きていれば、国は再興できます。流行り病が収まるまで、フィオナに人間の国で暮らしてほしいのです」
「そんなの嫌! 国が大変なときに、わたしだけ安全なところへ逃げるなんて」
そのとき、毛布の下からお父さまの痩せた手が伸びた。その手をアランが握る。
「……フィオナを……娘を頼む」
お父さまが苦しい息でやっと絞り出したのを、わたしは信じられない思いで見ていた。
急に身体のうちから、怒りが込み上げて、わたしはこぶしを震わせた。
「どうしてみんなわたしのことを勝手に決めるの!? わたしはここに残る!」
「ダメだ、君は僕と一緒に人間の国へ行くんだ」
「嫌よ! 絶対に嫌!!」
そう叫んだ瞬間、目の前の景色が一変した。
横たわるお父さまの姿も、その前に跪いたアランの背中も、一瞬で掻き消えた。
あ、わたしここ、覚えがある。
自分の存在すら希薄になる、真っ白な光に満ちた空間。
そしてあの不思議なあたたかくてどっしりした男の人の声。
「また会ったな。この短い間に二度もここへ来るとは、稀有な娘よ」
やっぱりこの前ここに来たのは、ガレスが願いごとを使ったときだったのね。
……ってことは、また誰かがわたしのために、願いごとを使ったってこと!?
「やはり聡い娘じゃの。そのとおり。安心するがよい、代償はそう深刻なもんではない。願いごとの主も即決であった」
そういう問題じゃないわ!
願いごとなんて、けっきょくのところ自己満足じゃない。
みんなわたしのためって言いながら、わたしの気持ちなんて全然考えてない!
「良いところに気づいたではないか。誰かのために願うことが、本人の気持ちに叶うとは限らんのだよ」
その声は、少し弾んでいるように聞こえる。
どうしてみんな本当にその人のためになるように願わないの?
わたしだったら、大事な人の気持ちを無視して願ったりしないわ! 絶対に!
「楽しみじゃのう、お前さん自身が願いごとを使う日が。一体どんな願いを携えてここに来るか? 答え合わせのときを、心待ちにしておるぞ」
白い光一色の空間が霧散して、わたしは現実に戻った。
ハッと気づくと、いつの間にかアランが立ち上がって、わたしを見つめていた。
違和感にはすぐ気づいた。
わたし、アランを見上げていない。わたしは問うた。
「アラン、これはあなたが願ったことなの……?」
アランが、わたしの手を取る。
「そうだよ。君を守るにはこうするしかなかった」
アランに迷いはなかった。
わたしたち、ほとんど変わらない背丈。
わたしは、人間になっていた。




