第2話 妖精の泣き声
その夏、流行り病は小人の国の王宮にも入り込んだ。
最初は、小さな咳だった。
なんとなく身体が重いだけ。
少し食が細ったのは、暑さのせいかしら?
誰もがそんなふうに思っていた。
お父さまも、お母さまも、わたしも、小人の国の民たちも。
それが、知らず知らず病に身体を蝕まれていく兆しだったなんて──。
秋の収穫期、重い身体を引きずって畑を回ると、嫌でもわたしの胸に不安は募った。
いつもの年なら民たちがこぞって忙しなく働いている時期なのに。
どの村にも、鎌を握る力もなく、痩せ細り臥せる民が増えていた。
「あの家でも、バンシーがすすり泣いていたって……」
秋が深まるにつれ、国中で死を告げる妖精の名が囁かれるようになった。
この小人だけがかかる流行り病に、人間たちは隣人として、あたたかく手を差し伸べてくれた。
アランも仲間たちを連れて、何度も小人の国を訪ねてくれた。大きな手で、弱った小人たちの体を拭き、ミルク粥を匙で運び、清らかな水を汲んできてくれる。小人たちにはない大きな体と強い力。
「病を治すことはできないけれど、友達として僕ができることをしたいんだ」
そう言って微笑んだアランに、わたしやガレスがどれだけ励まされたことか。
国で一番古いオークの樹の下で、わたしは毎日父神さまに祈り続けた。
それでも、妖精の泣き声が止むことはなかった。
* * *
ガレスが王宮のわたしの部屋に通されたのは、冬の日の朝のことだった。
「フィオナ、こんなに痩せて。もっと早く見舞いに来れたら……!」
ガレスは、床に臥せったわたしの痩せた手を握った。わたしより大きいその手が、子どもみたいに震えていた。
枕元に残る昨夜の吐血の染み。きっと嫌でもガレスに絶望を突きつけているのだろう。
ダメよ、ガレス、ここへ来ちゃ。
だって、あなたの震える肩越しに、わたしを見てすすり泣くバンシーがいるの……。
唇を動かそうとするのに、空気はまるで震えない。
ガレスが話す声も、よく聞こえない。
視界の隅のバンシーも、だんだんと輪郭がぼやけてくる。
あきらめて目を閉じたら、いとも簡単に暗闇がわたしを吞み込んだ。
あぁ、わたしこの世から消えちゃうんだわ……。
そう思った次の瞬間。
突然視界が真っ白な光で満たされた。
嘘みたいに身体が軽い。
息も苦しくない。
でも、まぶしすぎて何も見えない。
ここがあの世かしら……?
ふいに、どこからともなく声が響いた。
大地のようにあたたかくどっしりとした男の人の声。
「娘よ、すまんな。お前をあの世に迎えるわけにはいかんのじゃ」
え? わたし、死んでないの?
頬をつねって確かめたいのに、わたしの身体は完全に透明にでもなってしまったのか、自分のほっぺたすら分からない。
「賢い娘じゃの。死んでないぞ! お前さんのために、願いごとを使った者がいてな。こっちに来てもらっちゃ困るんじゃ。代償を受け取ってしまった故な」
ん? この人、今ものすごく大事なことを言った!
誰かが願いごとを使って、わたしの命を助けたの? それって、その人が代わりに……。
「皆まで言うでない! 賢すぎるのは考えもんじゃぞ? とにかくわしは、願いごとの主との約束を果たさねばならん。信用が信条なもんでな」
待って、あなた、大事なことごまかしてるでしょう!
一体誰がわたしのために代償を払ったの!?
「これ以上、お前さんには言えん。願いごととはそういうもんじゃ。もうしばらくあっちで達者に暮らせ!」
ちょっと! だんまりなんて、ずるいわよ!
白い光の中、わたしはもがくように手足をバタつかせたつもりだけど、無駄な努力だったみたい。
「ええいっ! どうせ起きたら、わしと話したことは覚えてないんじゃ。いいかげん帰りなさい!」
急に真っ白な光が、矢が放たれたように散った。
目を覚ますと、ずしりと胸にのしかかる重み。ガレスが、わたしの身体の上に倒れていた。
視界の隅のバンシーが、ガレスの背中を食い入るように見つめ、小さく泣いた。




