第1話 春祭りの夜
「フィオナ姫、妖精の祝福があらんことを!」
黄色いサクラソウの花冠を頭に乗せたわたしにそう挨拶して、大人たちは次々にかがり火の前に進み、踊りのにぎわいへと溶けていく。
今夜は、わたしたち小人の国の春祭り。一年の実りを父神さまに祈る大事な日。
地面に黒々と大人たちの影が揺れるのを、わたしは同い年の幼なじみ二人と、丸太を椅子にして眺めていた。右隣りには、先月十五歳になったばかりの婚約者・ガレス。反対側には、人間の国の王子・アラン。
ガレスが子羊の肉を頬張りながら、わたしに尋ねる。
「なぁ、フィオナ。父神さまへのお願いごと、もう決めた?」
ガレスの緑色の瞳が、夏の川面みたいにキラキラと輝く。
指にこぼれたハチミツを舐めてから、わたしは呆れて答えた。
「ガレスったら、気が短いわよ。一生に一度だけ父神さまが叶えてくださるお願いなのよ? 大人になるまで慎重に考えなくちゃ」
「フィオナこそ、のんびりしすぎ! 来年には、俺たちだって踊りの輪に加われるのに」
口を尖らせたガレスに、わたしは眉をひそめた。それって、まだ季節が丸ごと一回りするだけの時間があるってことじゃない?
「君たちったら、本当に仲がいいんだか、悪いんだか」
アランは笑って、小人サイズの丸太の上で、長い脚を持て余し気味に組み直した。国も種族も違うけれど、アランは幼い頃から折々にわたしたちを訪ねてくれる大事な友人だ。
冬に来たときより、アランは明らかに背丈が伸びた。並んで座ると、わたしたちの頭はアランの胸にも届かない。人間が樺の木みたいな速さで大きくなるなんて、アランと友達じゃなかったら、きっと一生知らないままだったわ。
前より低くなったアランの声は、それでも変わらず穏やかで心地いい。
「ガレスは、もう誰のために願いごとを使うか決めてるの?」
アランが尋ねると、ガレスは得意げに胸を張った。
「俺はフィオナのために使う!」
「じゃあ、僕もフィオナのために使おうかな」
思いつきみたいに口にしたアランに、ガレスが嚙みついた。
「なんでだよっ!? フィオナは俺たちの国の王女で、俺の婚約者! お前には譲らねぇっ!」
「でも、僕も守ってあげたいと思うもの、フィオナのこと」
相変わらず、アランは涼しい顔でさらりと冗談を言う。少しからかってやりたくなって、わたしは辺りを舞う小さな妖精に耳打ちした。
すぐにアランが、小さく「わっ!」と声を上げる。いたずら者の妖精・プーカが、アランの黒髪を引っ張ったのだ。
「身体が小さいからって、見くびらないで、アラン。妖精の声も聞こえない人間に守ってもらうほど、わたし、か弱いお姫さまじゃないわ」
「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだよ」
済まなそうに笑って、アランが長い指で髪の乱れを直す。その仕草が男の人とは思えないくらい綺麗で、わたしはドキリとした。耳に掛け直したはずの髪が、すぐにまたハラリとアランの頬に掛かる。その横顔から、わたしは目が離せない。
「フィオナは、誰のために使うの? 父神さまの願いごと」
「えっ……」
思いがけず、アランとわたしの両の瞳が正面からぶつかった。アランに顔を覗き込まれて、わたしは慌てて目を伏せた。見惚れていたのがバレたんじゃないかしら?
「そんなの分かんないわ。そのときになってみないと」
わたしは言葉を濁した。この胸の高鳴りがどこか後ろめたくて。
「フィオナぁ、俺のためじゃないのかよぉ……」
涙目になったガレスの頭をポンポンしてあげたのは、わたしじゃなくてアランの大きな手だった。
一生に一度だけ父神さまが叶えてくださる、大事な人のための願いごと。
そのとき、誰もが相応の代償を差し出すのですって。
でも、願いごとを使うのは、きっとまだずっと先のこと。わたしたち、まだ祭りの踊りの輪を見ているだけの子どもなのだもの。
春祭りの夜が更ける。次第にまぶたが重くなり、踊りの喧騒が少しずつ意識から遠のいていく。わたしたち三人は、一枚の毛布に包まって、まだ冷たい夜風をしのいだ。右手にガレス、左肩にアランのぬくもりを感じながら、わたしは幸せなまどろみに落ちていった。
* * *
その年、父神さまはわたしたちの国に豊穣を授けてはくださらなかった。季節がひとめぐりし、わたしが十六歳の夏を迎える頃、小人の国には恐ろしい流行り病が広がっていた。




