第2話 風族とチョベリバ
桜井ことはは、ついこの前、雷族の国を救って帰ってきたばかりだった。
あれは本当に夢だったんじゃないかと思うほど、日常はいつもどおりだ。
ただひとつだけ違うのは――
父の書斎に置いてある《死語辞典》が、前よりも“生きているように”見えること。
その辞典が、また勝手にページをめくり始めた。
「……え、また?」
ページに浮かび上がった新しい死語は、
《チョベリバ》
ことはは眉をひそめた。
「これ、母が昔よく言ってたやつじゃん……。絶対また行くやつだよね……」
光が弾け、視界が真っ白になった。
◆
【風族の国】
気づくと、ことはは空が渦巻く荒野に立っていた。
雷族の国とは違い、風族の国は空気そのものが軽く、常に激しい風が流れている。
だが今は、明らかに異常だった。
巨大な竜巻が、今まさに村を丸ごと飲み込みかけていたのだ。
風族の戦士たちが絶望の声を叫ぶ。
「風の古代語が使える巫女はもういない……!」
「このままでは国が消える……!」
そこへ、ことはが空から落ちてきた。
「ちょ、ちょっと!? また異世界!? ていうか風強っ!」
眼前に迫る竜巻。
ことはは反射的に、浮かんだ言葉を叫んだ。
「チョベリバ!!」
その瞬間――
空気が反転した。
巨大な風の結界がドーム状に展開され、猛り狂っていた竜巻の勢いが一気に弱まる。
風族の戦士たちは、その場で凍りついた。
「ちょ、チョベリバ……!? 風族最強と謳われる大結界の禁呪……!」
「雷族の古代語に続き、風族の古代語まで使えるのか……!」
ことはは本気で困惑した。
「いや、ほんとに……母が機嫌悪いときに、よく言ってただけなんだけど……?」
だが、ピンチは終わらない。
弱まった竜巻の中心から、凶悪な風獣が二体出現した。
手元の辞典が勝手に光り、次の死語が浮かび上がる。
《アベック》
「アベック!!」
ことはが叫ぶと、左右の空間から、ぴったりと寄り添う双子の風精霊が召喚された。
二体の精霊は息の合った動きで、風獣を鮮やかに挟み撃ちにする。
「ア、アベック……! 失われた『男女一対の精霊』を同時に従える、伝説の双召喚術……!」
「完全に使いこなしている……!」
「いや、ほんとに……ただの『アベックが歩いてる』とかいう家の言葉なんだけど……?」
さらに周囲を見ると、村人が竜巻の瓦礫で負傷していた。
辞典がまた、空気を読んだように光る。
《バッチグー》
「バッチグー!」
ことはが唱えると、柔らかい緑の風が村人を優しく包み込み、その傷が一瞬で綺麗に治ってしまった。
「治癒の古代語まで……この子は何者だ……?」
「いや、ほんとに……母が夕飯できたときに、よく使ってたんだって……!」
その時――
竜巻の中心から、山をも超える巨大な風の王が現れた。
凄まじい風圧に誰もがひれ伏す中、辞典が最終ページを開く。
《チョベリバ・王式》
「チョベリバ・王式!!」
ことはが全力で叫ぶと――
空が真っ二つに割れた。
天から降臨したのは、圧倒的な威厳を放つ風の王。
その名は――
風王『チョベ=リバ』。
(名前そのまんまじゃん!!!)
ことはが心の中で猛烈にツッコむ中、風王チョベ=リバは腕を一振りし、巨大な竜巻を塵一つ残さず消し飛ばした。
風族の全員が、その場に深く跪く。
「雷族に続き、風族の王まで従えるとは……!」
「偉大なる古代語の巫女よ、どうか帰還の言葉を……!」
辞典が再び、元の世界へと戻す光を放ち始める。
ことはは少し笑って、いつもの調子で手を振った。
「じゃ、バイビー」
光に包まれ、ことはは消えた。
◆
【元の世界】
自宅のリビングに戻っていた。
何事もなかったかのように、父がテレビを見ながら言う。
「お、ことは。おかえり。今日のおやつ、母さんが焦がしちゃってさ。本当にチョベリバだよな」
ことはは手元の辞典を見つめ、小さく苦笑した。
「……うちの家族、ほんとに古代語の宝庫なんだけど」




