第1話 雷族とガチョーン
桜井ことはは、少し変わった家庭で育った。
家族は“死語”を日常語として使う。
ことはにとっては、それが普通の会話だった。
朝、父は伸びをしながら
「ガチョーン!」と叫ぶ。
夕飯を出す母は、
「今日の出来はバッチグーよ」と胸を張る。
学校で使うと友達に笑われるが、ことはは本気で意味が分からない。
「なんでみんな驚くの? うちでは普通なのに……」
そんなある日。
父の書斎で古びた辞典を見つけた。
表紙には金文字で《死語辞典》。
ページを開いた瞬間、光が弾け、視界が真っ白になった。
◆
【異世界、雷鳴の谷】
気づくと、そこは荒れた大地だった。
紫の雷雲が空を覆い、鎧を着た戦士たちが慌てて走り回っている。
「魔獣が来るぞ!言語魔法で応戦しろ!」
巨大な黒い獣が村へ迫っていた。
ことはは混乱しながら後ずさる。
魔獣が跳びかかる。
反射的に、ことはは叫んだ。
「ガチョーン!!」
ドカン、と白い雷が地面を走り、道化のような雷精霊が現れた。
精霊の放った電撃により、魔獣は目を回してドサリと倒れ込む。
戦士たちは凍りついた。
「か、古代雷族の禁呪……ガチョーンを使った……!」
「まさか、失われた古代語を操る本物の巫女……?」
ことはは本気で困惑した。
「え、いや……うちの家で普通に使ってるだけなんだけど……?」
◆
【死語召喚、連発】
だが、魔獣の群れがさらに迫る。
《死語辞典》が勝手にめくれ、光る文字が浮かび上がった。
「シェー!」
バチバチバチ! と細い白雷が高速で走り、魔獣の脚を鮮やかに切り裂く。
「ナウい!」
カァン! と、ことはの身体が雷速化し、跳び回るように敵の攻撃を回避していく。
「ホワイトキック!」
ドガァァン! 凄まじい白雷脚が発動し、迫る魔獣を一撃で吹き飛ばした。
ことはは(あ、これ、お母さんがパート先でスベった時に『あ〜今のホワイトキック(しらける)だわ〜』って言ってたやつだ……)と心の中で冷静にツッコミを入れながら、迫る魔獣を蹴り飛ばしていた。
戦士たちは恐怖で震えた。
「雷族の奥義を連発するなど……ありえん……!」
「この少女、古代語を完全に使いこなしている……!」
ことはは肩で息をしながら、ツッコミを入れる。
「いや、ほんとに……ただの実家の言葉なんだけど……?」
◆
【雷族の王、アジャ=パー】
最後に、山のような巨大魔獣が現れた。
このままでは村が壊滅してしまう。
辞典が強く光り、最後のページが開く。
そこには、父がピンチの時によく使っていた言葉が書かれていた。
――《アジャパー》
ことはは全力で叫んだ。
「アジャパーーーー!!」
バリバリバリバリ!!!
雷鳴が世界を割り、天から巨大な白雷の王が降臨した。
王は一撃のもとに、巨大魔獣を塵一つ残さず消し飛ばす。
戦士たちはその場に跪いた。
「古代雷族の王……アジャ=パー……!」
「畏れ多き巫女よ、どうか帰還の古代語を唱えるのだ……!」
辞典が再び光り始める。ことはは少し笑って、いつもの調子で手を振った。
「じゃ、バイビー」
光に包まれ、ことはは消えた。
◆
【元の世界】
自宅のリビングに戻っていた。
何事もなかったかのように、父がテレビを見ながら言う。
「お、ことは。今日もバイビーな一日だったな!」
ことはは手元の辞典を見つめて、小さく苦笑した。
「……うちの家族、ほんとナウいんだけど」




