006話 ~ 心臓のない魔王
バサ、バサ。
この羽音を聞いたプライムは、なんとなく……この先の展開がわかった。
目が眩むような高さに違いない。
だから、そんなことは考えないことにした。
迷わず攻撃。
それが一番だった。
上階へ続く階段へ半ば引っ掛かるように作られた、巨大な巣。
そこから微かに声がする。
ひな鳥の声だ。
「お前たち恨むなら魔王をな!」
〝鳥の巣〟は壊れない。
綺麗な形を保ち、床を滑って行く。
そのまま、ふわっと塔から落ちていった。
プライムは恐る恐る、覗いてみた。
二羽の巨鳥が風を操って巣を浮かしている。
その中では、大量のヒナがぱくぱくと口を開いていた。
「早く登ろう、戻ってきそうだ」
――魔王の塔三十一階。
「ヴェルサス君、ありがとう」
遠慮気味なヴェルサスを、プライムが褒めていた。
スケさんもカクさんも、認めるようにうなずいている。
そんな中、ナリアは他人を気にするほどの気力がなかった。
ここまでかな……。
勇者様と一緒のパーティーで魔王を倒しに塔へ登った。
……それだけで、自社の宣伝は十分なはずだ。
でも、もっと一緒にいたかったな。
ナリアは誰かがそばにいるのに気づいた。
すぐ目の前にプライムがいた。
「少し休もうか? これ飲みな」
ナリアの手に持たされたのは、エリクサーだった。
「えっ?」
一本で一億リェンは下らない。
勇者だけが使う触媒だと思っただけで、手が震えてきた。
「いただけません! 私……」
いつの間にか、頬を涙が伝っていた。
滲んで見えたエリクサーがとても綺麗だった。
ナリアは震える手で、それをプライムへ返した。
「いや、もうすぐ期限切れだし」
キンッー
何かが弾け飛んだ。
あごを掴まれた。
ナリアの喉へ、エリクサーが流し込まれる。
プライムは呪文を唱えながら、ナリアに手をかざしていた。
「けほっ。……物凄く甘い?」
どこからか、至福感と高揚感が湧いて来る。
ナリアは何と言ったらいいのかわからなかった。
でも、嬉しい。
自分の為に、と……。
「まだ、余っているから君たちも飲んでおくといいよ」
二人に渡されるエリクサー。
ナリアには、そのエリクサーも綺麗に見えて微笑んだ。
ヴェルサスはあまりの苦味にしかめっ面になり。
ルテルダは猛烈な辛さに耐えていた。
「ルテルダ君は、ハズレだな」
「辛ぁぁいぃですぅ……!」
どっと笑いが起きた。
ナリアが一緒に笑えたのは仲間のお陰か、それともエリクサーの効能によるものだろうか。
足取りは驚くほど軽かった。
まだ登れる。
勇者様と、どこまでも。
――魔王の塔三十五階
三十一階を過ぎてからは、魔物の気配すらない。
最初は冗談も交わしていたが、気づけば誰も口を開かなくなっていた。
「はぁーあ」
ナリアの〝なんでもできるぞ〟と言う感覚は、今ではすっかり抜け落ちていた。
……その時だ。
視界の端に、何かが揺れた。
ナリアは足を止める。
……子供?
こんなところに?
だがチラチラと、見えたり消えたりしている。
近寄ろうとした瞬間、そこから消えた。
……今のは何?
そこには、ありえない答えが浮かび上がった。
二人の姿が、魔王を思い出させる。
……子供なのに?
「プライム様!」
振り向くと、みんながナリアを見ていた。
「どうかしたのかな?」
プライムが、すぐそばにいた。
「え、あ……」
声が出ない。
喉だけが空回りする。
絞り出した声は、自分でも驚くほど大きかった。
「魔王がいます!!」
スケさんは単身で、ナリアの示す方へ走った。
カクさんは後衛に回り、全体を見渡す。
どんな意匠の魔王なのかと、ナリアに尋ねていたプライムは、「子供」という言葉にわずかに眉を動かした。
「君たちはここにいるんだ。カクさん頼む」
プライムはスケさんを追って走り出す。
その途中、柱の影から子供の声が聞こえた。
「あの子、あーしこと見てたじゃん? やっちゃおうか?」
「姉さんは、物騒だね。勇者みたく脅せばいいでしょ?」
しゃがみ込んでいた双子が、プライムに気づいて慌てて立ち上がった。
「あ、勇者じゃーん」
「あの、勇者さん。僕たち、着拒されてますよね?」
「はっ? だからどうしたんだ、魔王を着拒する勇者。当たり前だろ」
……こいつらの対処を聞くか。
「ちょっと待ってろよ」
プライムは聖フォンを取り出した。
「そんなことより、早くここの魔王を倒さないと大変じゃん?」
「期限は日没まで。なので、この浮遊床を使わせてあげますよ」
スー、と柱の表面が回転した。
柱の中には、浮遊床。
「これが魔王までの近道なのか?」
プライムがその言葉を口にした時には、双子の姿はどこにもなかった。
「おーい、みんな。こんな所に浮遊床があったよ」
皆からの称賛は聞き流し、プライムはこの先の魔王に集中した。
「この先に魔王がいると思う。みんな、引き締めていくよ」
――魔王の塔、百階。
プライムは、双子のことを気にしていた。
スケさんとカクさんは、魔王の未知のスキルへの備えを静かに詰めている。
ナリアは、不安を抱えたまま、それでも歩みを止めない。
ヴェルサスは、自分が本当にここに“いるのか”を確かめるように周囲を見ていた。
ルテルダだけが、勇者に見せるための答えを急いでいた。
「魔王の名前はルチュード、レベルがわかるのはもうすぐです!」
ルテルダは、刻々と変わる意匠の情報に食らいつくように叫び続けた。
スケさんとカクさんは一見余裕を見せている。
その動きは、プライムを守ることだけに集中していた。
「スケさん、カクさん、平気だ。正面は俺が持つ」
プライムは中央で魔王に向かう。
左からの攻撃をスケさんが受け流し、右の一撃をカクさんが弾く。
後方ではナリアとルテルダが、防御魔法を展開しながら戦況を更新し続けていた。
「21レベル確認しました!」
ルテルダの声だけが、やけに得意げだった。
「えっ」
それを聞いたナリアは、一気に不安が膨れ上がった。
「ルテルダさん! もう一回です! 本当にその意匠で合っていますか!?」
パーティー全体で消費される触媒が、想定していた数値と合わない。
ルテルダは一度こちらを見たが、何も言わなかった。
すぐに視線を魔導書へ戻し、不機嫌そうに計算を続けている。
ナリアは、それ以上言葉を重ねられなかった。
「……なぜ? こんな、魔王の体力の減り方だなんておかしい」
胸がざわめく。
一度、撤退して仕切り直したい。
だが、プライムがそんな戦い方をするはずがない。
確証がない。
ナリアは口を開けなかった。
そのナリアの呟きは、戦闘の最中でもプライムの耳に届いていた。
「あーしのパンチ凄いっしょ? ピシッ、ピシッ」
「姉さん。こいつしつこいんだ、まだ文句言って来てるし」
……なぜだ?
なぜ、こいつらが魔王を倒そうとしているんだ?
「勇者ぁ、隠してあった心臓みっけたよ」
「姉さん流石だね。勇者さんは見つけるの遅いですね」
そこには確かに、魔王の心臓があった。
プライムの剣が、ほとんど反射のようにそれを貫いていた。
双子のことが理解できない。
それでも、その言葉だけが頭の奥に残り続けている。
「うーん、やったね。あーし満足だわ」
ルゥはまるで何もなかったかのように喜んでいた。
「うん、姉さんも強いです」
レェはいつも通り、淡々としている。
「それでどうするの? 危ないよコイツ。持って帰らないように言っとく?」
「平気っしょ? 勇者も強いんだし」
「それじゃ、早く行こうよ」
「うん。あーし達まで巻き込まれたら面倒だし」
「まったねー」
双子の魔王は消えていなくなった。
魔王討伐の実感はなかった。
双子の言葉が、そこに残る。
本来なら灰になって消えるはずなのに。
〝心臓のない魔王がそこにある〟
魔王を倒したはずなのに、何も終わった気がしなかった。
カクさんが魔王を担ぎ上げる。
一行は、そのまま拠点へと戻った。
――魔王の塔、その麓に設けられた仮設拠点。
心臓のない魔王は、デリバリー用のテントに置かれていた。
双子といい、心臓がなくても消えていかない魔王といい。
プライムは胸に込み上げるものを、吐き出そうと自分用のテントへと戻った。
「一体、あいつら何なんだ~!」
いくら大声で叫んでもプライムの気は晴れなかった。
……早く調べろよな、メルじじい。
――同刻
誰もいないはずのテントに影が一つ。
西日で薄暗い中、眠る魔王をナリアは静かに見つめていた。
21レベルの魔王だったはずなのに、消費触媒の量が計算と合わない。
意匠に間違いはないかと、あれからしつこいほどルテルダに聞いた。
それでも答えは変わらなかった。
……あとはこの魔王だ。
ナリアは、意匠学だけでは解けない分野で活躍したかった。
だが、プライムの前では何も出来なかった。
必死に計算を重ねても、違和感の正体には辿り着けない。
せめて原因だけでも突き止めたかった。
気づけば日は落ち、テントの中も真っ暗になっていた。
ナリアは顔を上げる。
――王都ミリカ。
太陽は沈んだのに、西の夜空が赤く染まっていた。
勇者の拠点が燃えている。
ミリカ国に衝撃が走る。
大魔導士メルキオルは、聖フォンを鳴らす。
だが、プライムに繋がる様子はない。
深く息を吐く。
数年ぶりに腰をあげると、出かける支度を始めた。
――魔王の塔、その麓に設けられた仮設拠点。
プライムが目を覚ました。
焼け野原の中で、スケさんに抱えられていた。
「ス……。スケさん……」
「まだ喋ってはダメです、かなりの火傷ですから」
スケさんの体も酷い火傷だったが、それでも再生は止まらなかった。
カクさんがやってくると、二人をその大きな体で包み込んだ。
「カクどうだった?」
スケが聞く。
メンバーの確認を終えたカクは、わずかに体を震わせながら言った。
メンバーの死亡数、五十七名。
蘇生率、百%。
メンバー灰化、一名。
蘇生不可。
「……そうか」
プライムは、それ以上言葉が出なかった。
焼け跡の匂いだけが、やけに現実的だった。
「灰は必ず集めるんだ」
――三時間後。
もう歩けるようになったプライムに、スケさんが灰の入った瓶を渡した。
ラベルには、ナリアと書いてあった。
「スケさん……。これは実家に送ってあげよう」
手を震わせたプライムは、落とさないように両手で瓶を握っていた。
スケさんとカクさんは静かにプライムを見守っていた。
「そうだ! 灰蘇生の触媒は、一兆リェンだ。払う気があるか聞いておけ」




