005話 ~ この鳥……魔王より強い!?
――魔王の塔一階。
広大な広間だった。
これほどの広さだというのに、空間を支える柱は一本もない。
中央には、二階へと続く階段。
その先から、ずっと遠くのモンスターの声だけが聞こえていた。
「よし、登れるだけ登るぞ!」
プライムの命令が響いた。
「えっ、それだけ……?」
ナリアは一歩遅れて、慌てて皆の後を追いかけた。
――魔王の塔二階。
「あれは、ビースト系15レベル……ですかね」
「へぇー、まだあんな遠くなのにわかるのね」
ナリアは半信半疑のまま、目を細めた。
「輪郭、匂い、咆哮などを考えれば……ね」
ルテルダは当然のように答えた。
「所詮は九割程度の考察です。気を抜かない方がいいですよ」
「………大丈夫よ。20レベルモンスターだって戦ったことがあるから」
ナリアが少し拗ねたように返す。
その間にも、ヴェルサスはビースト系モンスターの背後へ回り込み、気づかれる間もなく仕留めていた。
「後ろの二人は仲がいいのかな?」
軽く笑いながら、ヴェルサスは血を払う。
「それで、僕のスキルどうでした? プライム様」
「ヴェルサス君は速いな、競争でもするか!」
「はい! 負けませんよ!」
――魔王の塔十五階
「あ、プライム様。血が!」
ナリアは慌ててプライムの腕を掴んだ。
……けれど、もう傷は消えている。
「え?」
「これはカクさんの魔法だよ。ちょっとした傷なら、すぐ治るんだ」
「……私、役に立てなくてすいません」
「そんなことないよ、階段を見つけてくれるのが早いしさ」
ナリアは、思うように活躍できないことに滅入っていた。
それが、自分に余裕がないせいだということもわかっていた。
「……まだ、十五階なのに」
ナリアは自分から休憩をしたいと言えなかった。
高級な触媒を湯水のように使い、出会うモンスターを何とか倒していた。
それでも足だけは止めまいと、歯を食いしばる。
「この床にあるスイッチはトラップですので、お気をつけて」
カクさんが見つけた罠は、見分けるだけなら簡単なものだった。
プライムも、後ろから来るナリアとルテルダへ声をかける。
「ここにトラップがあるから気をつけてね」
その声は、確かにナリアへ届いていた。
しかし……。
ナリアは、自らそのスイッチを踏み抜いてしまう。
どうしてそんなことをしたのか、自分でもわからなかった。
何が起こるのかと、身構えることしか出来ない。
次の瞬間、ナリアの体は突き飛ばされていた。
……ガチャ。
スケさんもカクさんも、数秒遅れた。
地面に現れた暗闇へ、プライムの姿が消えていった。
それを追うように、スケさんも飛び込む。
「うそっ……プライム様ぁぁ!?」
ナリアは、自分の体をカクさんに押さえられていることにも気づかず、落とし穴へ手を伸ばしていた。
――魔王の塔十四階。
ピリリリリッ。
「……あ、もしもし?」
『あー、ナリア姉さん? 俺、平気だから。スケさんも来たけどね』
ナリアは、その声を聞いただけで膝から力が抜けそうになった。
「……良かったです」
それだけ言って、「待ってます」とマジックフォンを切る。
「プライム様、外壁まで続く物もありますので、お気を付けを」
スケさんは、強くも言わないし長くも言わない。
ただ……プライムが落ちるより早く、階下で待っていただけだった。
「よく見れば、この道は通ったな」
「カクさんには連絡済みですので、三十分ほどで戻れるでしょう」
歩き出したスケさんを、プライムはついて行った。
「あーし、落とし穴に落ちた勇者、撮っちゃった。ふふ」
「姉さん。そんなもの撮ってどうするの? 勇者推し?」
いつの間にか、プライムの両脇には双子の魔王がいた。
「スケさん!」
叫んだ声は届かない。
走って追いつこうにも、双子はしっかりとプライムの手を握っていた。
「何なんだ、お前ら。このガキ魔王」
「えー、そんなこと言っちゃっていいんだ?」
ルゥは、マジックフォンの画面をちらりと見せた。
そこには、下半身むき出しの自分が映っている。
……改めて見ると、思ったより駄目だった。
「あーし、勇者のもっと凄い写真だってあるんだけどなー」
魔王のレベルの件もそうだ。
どうせ、嘘か錯覚。
プライムはルゥの手を振りほどき、剣の柄に手を掛けた。
「あーしを殺しても、この写真は世界中に送られるからね」
何を言っているんだ、この魔王は。
……そういえば、メルじいには何て説明していた?
「僕たちのことは内緒ですからね」
レェは声だけ残して消えた。
「プライム様、どうかなさいましたか?」
スケさんが振り向く。
気づけば、ルゥの姿も消えていた。
今度現れたら、殴ってマジックフォンを奪おうか。
プライムは本気で悩んでいた。
――魔王の塔十五階。
「プライム様、すいませんでした」
ナリアは深く頭を下げた。
いつまで待っても返事はない。
……今度現れたら、先にマジックフォンを壊すか?
考えれば考えるほど、殴りたくなるな、あの双子。
「プライム様……?」
「あ、どうしたの?」
「なんでもありません」
――魔王の塔二十七階。
「魔王フレールル――でしょうか? プライム様」
ルテルダは壁面へ顔を寄せ、刻まれた意匠を観察していた。
「もちろんご存じでしょうが、かなり新しい意匠ですね」
誰かが返事をする訳ではない。
特にプライムは、双子のことを考えていた。
ルテルダの言葉を嫌味と受け取った者は、一人だけだった。
……いや、一人だけいた。
「ナリア上級僧侶。そんなに触媒を使っていては、副作用で大変ですよ」
ルテルダを、ナリアは鋭く睨みつけた。
「高級ハチミツは即時体力回復しますが……太りますよ」
ネズミに取りついたノミでも、似たような回復効果はある。
……ナリアは絶対に食べたくなかったが。
――魔王の塔三十階。
その階には外壁すらなかった。
どうやら強力な魔法で上の階を支えているようだ。
「プライム様、風で吹き飛ばされないようお気を付けください」
カクさんは二段ほど下の階段で、プライムの背後を見上げていた。
「一度、戻ってはいかがでしょう?」
ルテルダは一番後ろの階段に立ち、上階の気配を探っていた。
「あのでっかい鳥……絶対ここから落ちていくものを食べちゃうのよ」
ナリアは風に押されるように、無意識のうちにプライムのすぐ横へ寄っていた。
「僕がやってみます。この程度の風なら、問題ないですし」
三十階の強風の中、ヴェルサスは軽く身を投じるように踏み出した。
短剣を構え、巨鳥の動きを見ながら距離を詰めていく。
この巨鳥……魔法で風を駆使するようだ。
「僕が後ろに回り込めば、風向きが変えられるかもしれません……」
……その強風がひと際唸った時だった。
巨鳥から一つの羽根が、風に乗って飛んだ。
シフトした身体が、何かに貼り付けられたように動かない。
羽根と風圧が絡みつき、ヴェルサスの身体ごと持ち上げる。
「は、剥がれない……!」
「こっちに来る! カクさん、あれを捕まえるんだ!」
カクさんが羽の端を捕まえた。
しかし、接着されたように、ヴェルサスは羽から剥がれない。
「うりゃぁぁ!」
ヴェルサスの短い叫びと共に炎が走る。
強風に煽られながら、その炎は彼自身を包み込んだ。
カクさんの手の中には、羽の灰だけが残っていた。
羽が燃え尽きたのは、この三十階から、ヴェルサスが落ちる寸前だった。
「おー、とと、と! あぶなかった!」
もう一歩であの世行き。
短い髪がチリチリと跳ねて、顔には煤が付いている。
「僕は、右から行きますよ!」
ヴェルサスは声を張り、再び強風の中へ走っていく。
最初から、こうすればよかったのにな……そんなことを考えながら。
それはプライムもわかっていた。
初めてのモンスターに慎重になっていたようだ。
ヴェルサスの考え通りなら、風向きが変わり弱くなるはずだ。
その時、突っ込めば……。
プライムの髪がふっと静まった。
「今だ、いくぞ!」
……あと少しで刃が届くところだった。
バサぁ、バサぁ、バサぁぁ。
羽音は、目の前の巨鳥のものではなかった。
もう一羽、巨鳥が巣を守るように現れた。
足を止めたプライムは思った。
……こいつらの方が魔王より強いだろ……と。




