004話 ~ 今回のメンバーはこちら
テントへ戻ったプライムは、震える手で聖フォンを握り締めていた。
思い返すだけで、背筋が冷たくなる。
「メルじい……あいつらのこと、知ってて黙ってたのか?」
「77レベルもの魔王など、存在するはずがございません……。上手く騙されたのでしょうな」
思い返せば、あんな子供魔王が強いはずがないと、今となっては声も出ない。
「ただ……、どうやら魔王たちは二世代目に入ったようじゃな」
メルキオルはぶ厚い魔法書を持ち出した。
物心ついた時から見て来た〝魔意匠全書〟。
それを見ているだけで、プライムの目は輝いていた。
「ここを見るのじゃ」
プライムの目に映ったのは、二重になった意匠だった。
たった今まで一つだった円意匠が、二つへ別れたようにも見える。
「これが、二世代意匠なんですね」
「そうじゃな。予言はされておったが、ワシも実際に見るのは初めてじゃ」
プライムは落ち着いたけれど、次の問題が気に掛かった。
勇者のプライベートな写真だとしても、ステータスの浮かぶ背中ではない。
下半身など、何も問題ないはずだった。
「ダメじゃ。勇者のイメージが傷つくじゃろ」
「それじゃあ、ルゥとレェがまた現れたら……」
「頑張れ! 勇者じゃろ!」
励まされたはずなのに、プライムの胸の内には、まだ霧がかかったままだった。
もう、このテントから出るのをやめようかな。
そんなことを考えながら、今日もデリバリーされた魔王を退治していた。
――数日後。
「プライム様いらっしゃいますか?」
引きこもっていたプライムを、外へ連れ出す為か……。
誰に言われた訳でもなく、ナリアはやって来た。
「もしお暇でしたら、私のテントでお茶でもいかがですか?」
このテントの中で、魔王の悲鳴を聞いているだけなのが暇なら……まぁ、暇だろう。
「ご休憩がてらに、たまにはよろしいのではないですか?」
カクさんはいつも通り、魔王だった物を片付けていた。
「そうか、それじゃあ少し行ってくるね」
プライムは剣をしまって、ナリアの背中をついて行った。
外へ出ると、見覚えのない人々が大勢いた。
ミリカ国の辺境であるこの場所に、まるで町を作ってしまったような賑わいだった。
「あの荷馬車の行列はなんだろ?」
「あ、あれは魔法触媒ですわ。魔王デリバリーで大量に使いますでしょ? わざわざ首都まで買いに行くのは面倒だと思いまして、父に頼んで運んでもらいましたの」
いつも、スケさんとカクさんに任せているプライムには、魔王討伐に必要となる物など、深く知る由もなかった。
「……大変だね」
「ええ、大変なんですよ」
ナリアは、ニコッと白い歯を輝かした。
「あれが私のテントですの」
すぐ隣に建てられたテントだった。
質素なプライムのテントに比べると、ほんの少し小さい。
けれど、色使いはずっと派手だった。
中に入れば侍女がいて、お茶の準備を整えていた。
「どうぞ、プライム様。マジカルティーですの。精神力の回復だけでなく、疲労にも効きますわ」
どちらも疲れてはいないけど、平気かな。
そんなことを考えながら、プライムはマジカルティーをがぶがぶ飲んでいた。
「ふふ、エリクサーの様な飲み方。流石です」
もう一杯注いでもらいながら、プライムは他愛のない話をした。
スケさんとカクさんは、昔からいつも一緒なのか。
この地方の魔王がいなくなったら、次は何処へ向かうのか。
「あのー、他にもお願いがあるのですが……」
ナリアはカップをそっとテーブルに置くと、潤んだ瞳でプライムを見つめた。
その視線に、思わず飲んでいたマジカルティーを止める。
「魔王討伐パーティーに、直接入らせてください」
「うん、いいよ」
ナリアは嬉しさのあまり、プライムがいつの間にか帰っていたことにも気づかなかった。
「良かったですね、ナリアお嬢様」
「ええ……! お父さまにせがんだ、一千万リェン分の触媒や装備……」
「ようやく、お役に立つ時が来ましたね」
テントへ戻ったプライムは、勝手なことを言ってしまった気がして、カクさんへ伝えそびれていた。
だが、午後の魔王の悲鳴を聞いた頃には、そんなこともすっかり忘れていた。
――三日後。
「プライム様、今回の配達不可魔王なのですが、メルキオル様からの連絡でして、ダンジョン内はわかっておりません」
「そうか、それだから〝俺たち〟だけなのか?」
「……ダンジョンの難易度もわかっていないので、後ほど我々の後を追いかけてきます」
「いいんじゃないか、たまのダンジョン攻略もな」
「はっ。……ところでこの者たちは……」
駆け足でダンジョンへ向かうプライムの周囲にいるのは――
当然のように並ぶ、スケさんとカクさん。
その後ろには、ナリア上級僧侶。
そして、ヴェルサス魔法剣士。
最後に――協会理事長ナドラド……の息子、ルテルダ。
「まっ、たまにはいいんじゃないかな」
「はぁ、ついて来られるなら問題はないと思います」
駆け足と言っても、強行軍は数十時間に及ぶこともある。
食事はもちろん、排泄すら止まってはくれない。
「ちょっと待って」などと言える魔王もいないのだから。
その全てを魔法で処理するのだ。
だから、ダンジョンの財宝の七割は、魔法触媒代へ消えていくのが当たり前だった。
「ヴェルサス君は、なんだか楽そうだね」
「はい、シフト魔法の爪痕ですが、回復魔法とか十分の一で十分なんですよ」
駆け足のせいか、ヴェルサスの輪郭はどこかぼやけて見えた。
やけに視界へ捉えづらい。
けれど、その声だけは不思議とよく聞こえていた。
――少し後方。
「はぁ……はぁ……。十万リェンもする触媒が、あっという間に消えちゃう……」
乱れた呼吸の中、それでもナリアは前を向いた。
「でも、頑張れナリア。私なら大丈夫……」
「ナリア姉さんも、もっと近くへ来ればいいよ。その方がスケさんの範囲魔法の恩恵、受けやすいし」
「は、はい! プライム様!」
姉さんと呼ばれたことに、ナリアは少しだけ頬を赤くした。
ルテルダは、かなり後方にいた。
その為プライムも大声で叫んだ。
「ルテルダ君も来たらどう?」
「僕はパーティーメンバーでもないので遠慮しておきます」
「わかったよー。無理しないでね」
草原を駆け抜け、舞う花びらの香りに包まれる。
次の瞬間には、砂漠の砂嵐を突き進んでいた。
「……あー、メルじい? 到着したんだけど、これってダンジョンと言うより塔、なんだけど、あってるのかな?」
「たまには登るダンジョンもよかろう。でも落ちるなよ」
この頂上に、魔王がいるのなら……。
プライムたちは、雲へ隠れるほど高く伸びた塔を見上げた。
誰もが、自分の都合の良い、これくらいの高さにいてくれと願っていた。




