002話 ~ デリバリー魔王、始めました
プライムは疲れていた。
「ったく。魔王倒すより、あいつらの挨拶の方が時間かかったぞ」
プライムは勇者専用テントの湯船に、深く沈んでいた。
体を捻り、鏡に自分の背中を映す。
そこには神聖語で書かれたステータスがあった。
筋力、知力、適性。
見慣れた文字列が、肌の上に並んでいる。
特徴、スキル、耐性。
そして弱点まで、隠すことなく刻まれていた。
「うわぁー、マジかよ。120人もいたのか」
背中に刻まれたパーティーメンバーの名前が、次々と書き換わっていく。
プライムが念じるだけで、神聖文字は勝手に並び替わった。
ピンポーン!
プライムは湯船の中で舌打ちした。
「……誰だよ」
もうプライベートタイムだ。
今は誰とも会いたくない。
腕に映し出された《PM居場所検出窓》を見ると、誰が来たのかはすぐにわかった。
――そこには、ナリアという略式の名前。
溜め息を吐きながら疲れた体を動かした。
プライムは湯船から立ち上がった。
背中を隠すように勇者服をしっかり着込む。
最後に外套まで羽織ると、プライムは扉へ向かった。
扉の向こうには、丸みのある幼い顔立ちの少女が立っていた。
一つ年上とは思えないほど、あどけない笑顔だった。
「あ、ナリアお姉さん! どうしたんですか?」
物心ついた頃からの習慣で、ナリアへ完璧な笑顔を向けた。
「プライム様、今日はありがとうございました。メンバーになって、練習して来たことを発揮出来たと思います。明日も頑張りますね」
ナリアの方も、ふわりとした笑顔を返した。
けれど、途中からどこか困ったように目を逸らす。
まるで、自分の笑顔が〝負けている〟と感じたようだった。
彼女は最後に小さく手を振ると、笑顔のまま去っていった。
プライムの方は、疲れていることもあってどうでもよかった。
「何だったんだ? まあいいか。今度、神聖語しりとりでも誘ってみよう」
「あ……」
「うわっ!?」
プライムは肩を跳ねさせた。
いつからいたのか、扉の横に男が立っている。
「ヴェルサスです」
「いたなら喋ってくれないとね」
「……喋りました」
プライムは何とか集中し、ヴェルサスの存在感を高めてみた。
「……で、用は何ですか?」
「すいません。僕も、ご挨拶と思って……」
「はいはい。じゃあ握手ね」
プライムは軽い調子で手を伸ばした。
ヴェルサスの手に自分の手を重ねた時……。
「すり抜けるじゃん!?」
「すいません。今日たくさん使った。シフト魔法がなかなか解けなくて……」
「ああ、もういいよ」
「では、明日も頑張ります。さようなら」
「頑張ってな。……消えるなよ」
廊下へ出たヴェルサスは、もう姿が見えなくなっていた。
「……カク、もう誰も入れるなよ」
「はっ」
どこからともなくカクの声がする。
プライムは何も言わず、足元の絨毯の感触を確かめた。
そのまま溜め息を吐き、聖フォンを取り出した。
《メルキオル大魔導士通信中》
「おお、プライム。今日は疲れたじゃろ」
「……パーティーってこんなのだっけ? 増やしすぎじゃね?」
「それは運用上の問題じゃな。想定内じゃよ」
「ほんとだろうなー?」
「そんなことより……すぐ近くに魔王が生まれている様じゃ。今すぐ行ってこい」
「はっ? そんな早くわかるのかよ。しゃあーねーな」
プライムは聖フォンを乱暴にしまい、肩をひとつ回した。
「行くか」
部屋から出れば、すぐカクさんがやってくる。
早足に重なる鎧の音が騒がしい。
「プライム様、今回はこちらの鎧を着て下さい」
「なんだ、かなりの重装じゃないか。なにかあるのか?」
カクさんは返事をしながら、慣れた手つきで留め具を締めていく。
気づけば、もう肩当てまで固定されていた。
「今回は、早急にとメルキオル様に言われまして――特別に、と」
「え、それじゃあ、ダンジョン攻略を一緒に出来るってことなのか」
「その通りですので、お気をつけてください」
プライムは、思えば生きたダンジョンに入るのが初めてだった。
三時間の移動も苦にならない。
心を躍らせながら、未攻略の闇へ踏み込んでいった。
暗闇から突然現れた骸骨たちは、階段を転がり落ちながら軽い音を立てた。
プライムには、カクさんが押しただけに見えた。
プライムを一口で呑み込みそうな巨獣が現れる。
だが咆哮と同時に、その体は真っ二つに裂けていた。
「……今の何?」
「スケさんの居合切りです」
「大したものではないです。それよりこの先は複雑なので、彼らに先行してもらいましょう」
後方で待機していたパーティーメンバーたちが、一斉に前へ出た。
誰もが、自分が役に立つところをプライムへ見せたがっている。
カクさんが彼らを選んだ理由を隣で説明しているが、プライムには正直さっぱりわからない。
普段は気にならないダンジョンも、百人も集まるとただ、うるさくてウザいだけだった。
それでもプライムは、説明の間も顔だけは笑顔で頷き続けていた。
そこへ、先頭の男が愛想よく頭を下げる。
「南方面へ行く、ハゲリュと申します。今回サブグループのリーダーを受けました。すぐ階下への入り口を見つけて来ます」
世渡り上手そうなハゲリュの挨拶に、プライムが引きつりそうな笑みをキープした瞬間、その横からぐいっと身を乗り出す影があった。
「あ、プライムさんどうもです。フリョイって言います。東側はオレらがサクッと片付けてきちゃっていいすか? 先輩たちに置いていかれないよう、必死に爪痕残すんで見ててくださいね」
緊張感のないフリョイの軽いノリに、プライムの内心のイライラがさらに募った。
その時、後ろから鋭い声が飛ぶ。
「ちょっとフリョイ、プライム様に対して失礼でしょ」
女はフリョイを押し退けるように前へ出ると、胸へ手を当てて一礼した。
「……失礼いたしました、プライム様。西方面は私、ルママが責任を持って引き受けます。あの男たちのように口だけではなく、確実な成果をお約束いたしますわ」
プライムは、人数が減ったメンバーたちを見た。
それでも、まだ通路は人で埋まっている。
プライムがカクさんへ耳打ちすると、カクさんはすぐ振り返った。
「あー、プライム様から活躍の場を増やすとのことなので、新たなグループを作る!」
残されたのは、俊敏性とは程遠い年寄りだった。
魔法使いだろうか。
暇そうに、何かの本を読んでいる。
深いダンジョンのはずなのに、プライムはやっと涼しい風が吹いた気がした。
スケさんもカクさんも一息ついた時だった。
スケさんのマジックフォンが震えだした。
「……メルキオル様です」
スケさんは少し離れると、低い声で応答した。
「スケよ、順調かな? ちょっとお前たちにミッションを与えるぞ」
「……なんでしょうか」
「プライムを、あと三レベルだけ上げてこい」
スケさんの目が、ほんの僅かに細くなった。
「……了解しました」
それから、スケさんの視線が少しだけプライムへ向いた。
もうメルキオルとの通話は切れている。
「スケさん、何か、あったのかな?」
「大したことではありませんよ」
スケさんはいつもの静かな声で答えた。
「……ですが、少し急ぎます。私たちも階段を探しましょう」
「お、なんか攻略っぽくなってきたな」
プライムは少しだけ楽しそうに笑った。
……が。
その笑顔も、その日だけだった。
翌日に表情がなくなった様に見えたのは、地下十階を過ぎた頃。
三日目。
広すぎるダンジョンのせいか、パーティーメンバーは既にちりぢりになっていた。
「プライム様! メルキオル様より、レベルアップしたとの連絡が!」
「誠におめでとうございます!」
プライムは気のない顔で振り返った。
「……そうか」
レベルが上がったかどうかなど、背中を見なければわからない。
それなのに、なぜかメルキオルの方では把握しているようだった。
その直後だった。
壁面に、魔王意匠が刻まれた道が見つかる。
「やっとかよ、カク」
「……プライム様。お疲れのようですが、他の者もそばにいますので」
プライムはそれ以上、話す気力もなかった。
それでも、魔王が倒せると思えば黙々と歩いた。
やっとだった。
見た所、魔王は床にボロ雑巾のようになっていた。
「……なんだこれ」
プライムは剣を抜き、その体を持ち上げた。
そして心臓へ突き刺す――前に。
魔王は灰になって崩れ落ちた。
沈黙。
「…………は?」
プライムはその場に崩れ落ちた。
パーティーメンバーにとっては死闘だったのだろう。
「おめでとうございます!」
プライムに見えない位置で、スケさんが静かに合図していた。
拍手にかき消され、プライムが言った言葉は誰にも届かない。
「こんな雑魚なら、俺のテントまで持ってこれるだろうがぁー」
後に〝デリバリー魔王〟と呼ばれることになる発想は、こうして生まれた。




