代理魔塔主
どういう意味かわからず師匠を見ると、師匠は「だろうな」とすべてわかっているかのようにうなずく。
「どういうことですか?」
「魔塔は私の魔力を動力にして機能していた。魔力の供給原である私が去ったから、動かなくなったのだ」
どうやら、あの魔塔の便利な機能、浮遊石、水路、ランプ、室温調整などは、全て師匠の魔力で動いていたらしい。
最上階の部屋とともに師匠が去ると、浮遊石がただの大きな石になり、水路が枯れ、ランプの灯りは消え、空気が循環しなくなった。
あれを全部、師匠が動かしていただなんて……。
魔塔の主というのは肩書なんかじゃなかったんだ。実際に魔塔を動かしていたのが師匠なんだから。
術師たちは地下まで水を汲みに行き、松明で夜をしのぎ、階段もないので梯子を作り、なんとか各階を繋いだらしい。
当然、研究が滞るどころか、日々の生活もままならなくなったと言う。外にあった結界も消え、小型の魔物がうろつくようになってしまったとか。
師匠が魔塔を動かしていたことを知り、魔術師長たちはすぐに師匠を呼び戻そうとしたらしい。けれど行き先がわからず、フィデリスに連絡をするも無視され、使い魔を使って国中を探させたのだそうだ。
そんなことになっていたなんて。わたしは驚きながら、ルカとマリスも大変だっただろうと心配していた。ふたりの風貌も、すっかりくたびれてしまっていたから。
「私が愚かでした。越えられない壁が、魔法使いという存在が憎らしくてたまらなかった。醜い嫉妬に飲みこまれたのです。どうか、どうか、魔塔にお戻りくだされ……!」
とうとう魔術師長の目から大粒の涙がこぼれ、地面に落ち、濃い染みを作り始めた。幹部たちが「魔術師長……」といたわしげに目元をぬぐう。
いやいやいや……勝手すぎない? 師匠が気に入らないからと追い出しておいて、自分の都合で呼び戻そうとするなんて。
師匠はどうするのだろうと、ハラハラしながら見守っていると、深いため息が聞こえた。
「断る。魔塔はお前たちの好きにすると良い」
「そんな……! あそこはあなたの塔でしょう!」
「私が住んでいたのは、もともとここに移した研究室だけだ。お前たち人間が、勝手にやってきて塔になっていっただけで、特に思い入れはない」
「だ、だとしても、あなたがいなければあの塔はただの不便な高い建物だ! 塔の魔術師たちはまともに生活すら出来ずにいるのですぞっ」
「自分たちで魔力を供給するか、塔を捨てて住みやすい別の住居を探せば良い」
「と、塔を捨てろと……?」
ありえない、と魔術師長の顔が言っている。
そうだよね。魔塔は魔術師にとって、唯一無二の特別な象徴。魔塔に所属している魔術師は、それだけで英雄扱いなんだから、捨てるなんて発想はそもそもなかったはず。
こんなに謝ってもだめなのか、と魔術師長は思っているのだろうけれど、別に師匠は彼らに批難されたから魔塔を去ったわけじゃない。
師匠はずっと隠居をしたかった。その願いが叶ったから、戻りたくないだけなのだ。
わたしはルカとマリスの疲れ果てた顔を見た。
魔塔にいた頃、ふたりはいつも笑顔だった。わたしが失敗続きで落ちこんでいるとき、何度ふたりの明るさに励ましてもらっただろう。
毎日必死に花を売り続け、友人と遊ぶなんて夢の夢でしかなかったわたしに出来た、はじめての友人。
それから森に囲まれた家を、わたしの魔法のせいで魔草の育ち過ぎた庭を見る。
ここでの生活は、静かで、穏やかで、満ち足りていた。師匠と弟子として過ごす時間は幸せでしかなかった。
師匠は、ずっとこんな生活を送りたかったんだなぁ。ふたりで薬草茶を飲みながら、しみじみ思ったりもした。
「……師匠。わたしが行きます」
家に戻ろうとしていた師匠が「何?」と振り返る。
「まだまだ魔法は未熟ですが、先生はわたしの魔力の量はフィデリス様並みだとおっしゃっていましたよね」
「確かに言ったが」
「それなら、魔塔の機能を私の魔力で賄うことが出来るかなって」
師匠は理解しがたいと言った顔で首を横に振る。
「お前が行く必要はない」
「でも、友人が困っていますし。それに師匠にはもっと隠居生活を楽しんでいてもらいたいですから。わたしが代わりに行くのがいちばん良いと思うんです」
また、師匠がため息をつく。今度は何だか、怒りのようなものを感じるため息だった。
「ベネ。お前はわたしの弟子だろう」
「はい! ですから、師匠の代理として行ってきます!」
しばらく師匠と見つめ合う時間が続いたけれど、やがて頭を振ると、師匠は黙って家の中に戻ってしまった。
あきれられちゃったかな。お前なんか弟子じゃないと思われたかも。
しょんぼりしていると、ルカとマリスが「ベネ!」と駆け寄ってきた。わたしはふたりを抱きとめ、少しだけほっとする。
ごめんと何度も謝るふたりに、大丈夫と笑って返す。これで良かったんだよね、と自分に言い聞かせながら。
***
魔塔に戻ると、すぐに最上階に案内された。
師匠の研究室がなくなったそこは、ただ広いだけの空間が残っていて、床には大きな魔法陣と、その中心には巨大な魔石を乗せた台座が置かれている。
魔石に手を乗せると、淡く紫色に輝き、やがて光は収まった。
「これで魔石に君の魔力が登録された」
「へ? いまのでですか? こんな簡単なんですね――っ⁉」
突然、自分の体がありえないほど重くなったように感じて、思わず床に膝をついていた。
「大丈夫かベネ!」
「何が起きたの⁉」
付き添ってくれたルカとマリスが慌てて駆け寄ってくる。
そうか、これはわたしの体が重くなったんじゃない。魔力が魔塔に吸い取られているんだ。それを重く感じているんだ、きっと。
「だ、大丈夫。魔力の供給が始まって、びっくりしただけ……」
「本当に大丈夫なの?」
「つらそうだぞ」
ふたりに心配されたけど、平気だと気合を入れて立ち上がる。
強がってみせたけど、とんでもない疲労感に早くも心が折れそうになった。
師匠の嘘つき。わたしの魔力量はすごいって言ってたじゃないですか。なのに何でこんなにつらいんですか。
師匠は平然と魔力を吸われながら生活していたのに、どういうことですか。
「すまんな。本当なら私こそ魔塔を去らねばならないのだが……」
「師匠もいなくて、魔術師長まで魔塔からいなくなったら、みんな困っちゃいますよ。ねぇ?」
わたしの言葉に、みんな複雑そうな顔をする。そんな顔をしないでほしい。わたしは別に、嫌々ここに来たわけじゃないんだから。
師匠の代わりになるということは、師匠の役に立てるということ。弟子としてそれが出来るなら本望だった。
***
そうして始まったわたしの魔力供給は、最初はうまくいった。浮遊石が再び浮かび、水路が流れ始め、ランプが灯った。
魔術師たちの歓声は、魔石の部屋に用意されたベッドでぐったりしているわたしにも聞こえてきた。
けれど三日目で早くも限界がきた。ベッドから起き上がれなくなったのだ。
師匠の代わりが出来るなんて、おこがましい考えでした……。
魔塔にいるだけで、魔力は勝手に供給されていくので動かなくても済むのだけれど、これまでとは違い、体の芯から力が抜けていく感触があった。
霞を集めて魔力を取りこんでも、ちっとも改善しなかった。魔力を流す体か、その内側のもっと深いところが疲弊する感触に、どうしたら良いのかわからない。
「ベネ。無茶なことをしてるね」




