↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
10/10

魔塔主のお世話係


 そう声をかけられるまで、フィデリス様が部屋に来たことに気づかなかった。


「どうして、フィデリス様が……?」

「俺たちが呼んだんだよ!」

「ベネを助けてほしいって。魔塔主様がダメなら、一番弟子のフィデリス様しかいないと思って」


 どうやらルカとマリスが、宮廷魔法使いのフィデリス様を呼びつけたらしい。後ろには魔術師長もいる。

 よく見習いのふたりの連絡で来てくれたなぁと思っていたら、フィデリス様は困った顔をして「助けはしないよ」と言った。


 いやいや、何しに来たのこの人。


「助けないって、どうしてですか⁉」

「ベネの為に来てくれたんじゃないんですか!」

「妹弟子の様子を見にきただけだよ。僕はね、師匠の意に沿わないことはしない主義なんだ。魔塔のこともどうでも良いしね」


 優しい笑顔なのに、出てくる言葉はひどく冷たい。

 絶句するルカたちをちらりと見て、フィデリス様は「さっさと見限ったほうが良いんじゃないかな」と言う。


「あまり無理をすると死ぬよ。魔法使いだって死ぬときは死ぬからね」


 師匠を呼ぼうかと、フィデリス様はわたしに問いかけた。

 でもわたしはなんとか首を横に振った。もう少し、やれるところまで頑張りたい。

 そのとき、魔術師がひとり、血相を変えて部屋に飛びこんできた。


「辺境に竜が再び現れました! 前回追い払った、あの竜です!」


 魔術師長たちの顔が青ざめる。前回の討伐のあと、魔塔に帰ってきた彼らはボロボロだった。激しい戦いだったんだろうなと、あのときは思うだけだったけど、いまは違う。

 みんな、まだ疲れが取り切れていない。こんな状態で竜に挑んで勝てるだろうか。


「フィデリス様……」


 わたしがすがるように彼を見ると、兄弟子は笑顔のまま首を横に振った。

 魔塔への依頼は、魔塔がどうにかしなければならない。そう言いたいんだろう。融通のきかない兄弟子め。

 魔術師長が意を決した様子で「全員、出撃準備を――」と言いかけたとき。


 部屋の床が青白く輝いた。

 浮かび上がる魔法陣を見て、わたしはほっとして、気づけば微笑んでいた。


「魔塔主様……!」


 光が収まったとき、そこに立っていたのは黒いローブを羽織り、杖を手にした師匠だった。

 ひどいしかめっ面で「わずらわしい」と全身で訴えている。思わず吹き出しそうになってしまった。


「ベネ」


 師匠はわたしを呼ぶと、すぐにベッドのそばまで来て、わたしの額に指を当てた。

 一瞬焼けるような熱を感じたあと、急に体が軽くなったので驚いた。いままでのだるさが嘘のように、簡単に起き上がることが出来る。


「ベネ!」

「大丈夫なの⁉」

「師匠、いま何を……?」

「魔石との回路を切った。まったく、頑固な弟子だ」


 あきれたように言うと、師匠は魔石の前に立ち手をかざした。

 カッと目を開けていられないほどの光が放たれ、次に目を開けたとき、そこには紫の強い輝きで満ち満ちた魔石があった。

 信じられない。わたしが魔力を供給し続けても、溜まることなく使われていくのみだった魔力が、この一瞬で満たされたのだ。


「あは……さすが師匠」

「……馬鹿者が」


 ため息をつくと、師匠はローブを翻し、部屋を出て行こうとする。


「ま、魔塔主様! どちらへ⁉」

「辺境だ」


 短く言うと、師匠はさっさと部屋を出て行ってしまった。

 辺境。つまり、師匠は竜の討伐に行ってくれるのだ。

 それがわかったのだろう。魔術師長は気が抜けたように、へなへなとその場に座りこんでしまう。


「ベネ。見に行ってみるかい?」


 フィデリス様が、そう言って手を差し伸べてくる。

 わたしは迷わずその手を取った。



 辺境の草原に、竜がいた。

 遠くの丘に降り立ったフィデリス様とわたし。こんなに離れているのに、竜は山のように大きく見える。

 草原の地面を踏み荒らし、赤銅色の鱗が陽光に鈍く光っている。口から炎を吐くたびに、周囲は燃えて炎の海となった。


 師匠は空に浮かび、竜を見下ろしていた。

 竜が師匠に気づき、禍々しい口を開く。その口の中に炎の塊が見えた瞬間、師匠が竜に杖を向けた。

 ただ、それだけだった。杖から放たれた光の線が、一瞬で竜の眼球から頭部を貫いたのだ。

 鋭い牙も、爪も、硬そうな鱗も、まるで関係がない。圧倒的な力の差がそこにあった。


 竜が崩れ落ちる。

 草原に、地響きが走り、砂煙が舞った。


「相変わらず、規格外な人だなぁ」


 のんびりとフィデリス様が師匠を褒め称える。

 わたしはと言うと言葉を失い、しばらく動けもしなかった。


 竜を一瞬で死に至らしめる実力。

 あれが、伝説の原初の魔法使い、魔塔の主なんだ。


 わたしたちが来ていたことに気づいていたのか、師匠がわたしたちの元まで飛んできた。


「ベネ」


 師匠に呼びかけられ、ようやく「はい」と声が戻ってくる。


「帰るぞ」


 帰る。そうか、帰れるんだ。

 師匠の元に、帰るんだ。


「……はい、師匠」


 初めて会ったあの日と同じように、わたしの差し伸べられた骨ばった手を取った。



 ***



 魔塔に戻って三日が経つ。

 わたしはすっかり調子が戻り、ルカとマリスを安心させることが出来た。

 魔術師長は、魔塔の全魔術師を集め、彼らの前で「責任を取って職を辞する」と宣言した。

 けれど聞きつけた師匠が現れて「引退は許可しない」と即時棄却したのだ。


 珍しく人前に姿を現した魔塔主に、魔術師たちは驚きざわめき、魔術師長は「なぜです⁉」と混乱した。

 それはそうだろう。自分のせいで魔塔が崩壊しかけたのだ。責任を感じる魔術師長の気持ち、わたしにはわかる。

 けれど師匠は許さなかった。


「お前の研究結果を以前確認したが、面白かった」


 そのひとことに、魔術師長が固まるのがわかった。


「だ、大魔法使い様が、私の研究を……?」

「私はこれまで通り、研究のためにこもる。魔塔の代表は引き続きお前に任せたい」


 引退されては困る。本当に引退したいのはこちらのほうだ。

 わたしにはそんな師匠の心の声が聞こえたけれど、魔術師長は感動したように全身を震わせた。


「魔塔主様が、私の研究を面白いと……」


 魔術師長は涙を流しながら、ドンと胸を叩いた。


「わかりました! 続けましょうぞ! 魔術師長として、精進いたします!」


 随分あっさりと翻意したのは、彼がただ、師匠に認められたかっただけだからなのかもしれない。


 ちょろいなあ、魔術師長。

 そう思ったのは、きっとわたしだけじゃなかっただろう。



 わたしは再び最上階で、魔塔主のお世話係に戻った。

 研究室の扉に触れると、今日もぎぃと音を立てて開く。


 部屋の中はいつもと変わらない。薄明の中に本と羊皮紙と魔術道具。机の前に、師匠がいる。たまに奥の部屋にこもりきりになるけれど、時々一緒に霞を食べる。

 掃除をして、薬草茶を用意して、補充物を確認する。そんな日常が戻っていた。



 ある日の午後、研究に没頭している師匠の横顔を見ていたとき、師匠の髪が薬瓶に入りそうになっていた。

 前にもこんな場面があって、そのときは手を伸ばして払われたっけ。

 あのときのことははっきりと覚えている。でもあれは知らなかったからで、魔法使いの髪は魔力を溜める特別なもの、勝手に触れてはいけない。


 触れてはいけない。

 わかっている。だから触れない。見るたびに邪魔そうで気になるけれど、触れてはいけない。いけないのだ。

 自分に言い聞かせながら別の作業に移ろうとしたとき「ベネ」と師匠がわたしを呼んだ。


「はい。何でしょう?」

「髪を結えるか」


 わたしは思わず、持っていたぶ厚い魔導書をドサドサと落としてしまった。

 

 え? いま、師匠は何て言った? 髪を、結えるかって?


「ゆ、結えるというのは……師匠の髪を、ですか?」

「ああ」

「あ、あの、でも、魔法使いの髪は……」


 師匠は黙って、髪をくくる紐を差し出してきた。

 それは髪紐だけど、ただの髪紐じゃない。わたしにとっては、特別な意味を持つ紐だ。


「……はい」


 髪紐を受け取り、師匠の後ろに立つ。

 長い髪が、肩から背中に垂れている。触れる前に、わたしは少し息を整えた。


 そっと師匠の髪に触れる。ひんやりとして、滑らかで、触れた手のひらから心地よい何かが流れてくるような、不思議な感覚がした。


「何をしている。早く結え」

「は、はい! 師匠!」


 丁寧に長い髪を集め、解けないよう編んで、しっかりと束ねる。

 にやにやしていると、振り返った師匠に睨まれてしまった。



 今、わたしは魔法使いの弟子で、魔塔主のお世話係として、この部屋にいる。

 扉を開けるたびに、ここに来ていい人間だと確かめている。

 髪を結わせてもらいながら、傍にいることを許されている。


 胸の中にある名前のない何かが、また少し大きくなった気がした。

 もう少しで言葉になりそうだけど、でも今はまだ、そのままに置いておく。


 今日も魔塔の最上階は静かで、薬草茶の湯気が細く上がっていた。





長編用に考えたもので設定は色々あるのですが、がんばって短く終わらせてみました。

お付き合いいただきありがとうございました!

感想、レビュー、ブクマ、評価などいただけると、大変励みになります…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。