魔法使いの弟子
師匠が長文をしゃべっている。
珍しいことにぽかんとしていると、師匠は部屋の中心を、杖で二回突いた。
すると部屋に青白い魔法陣が浮かび、次の瞬間、師匠とフィデリス様の姿が光の中に消えていた。
「えっ。き、消えた……?」
「くそっ! 何のための魔塔主かっ」
魔術師長は額に青筋を浮かべて吐き捨てると、部下を引きつれ去っていった。
みんながいなくなると、研究室はひんやりと静かになった。
小さな窓の外を見た。遠くに城の塔の先端が見える。竜が現れた辺境は、きっともっと遠い。
師匠は、本当に何もせずに、竜に脅かされる人々を見殺しにするのだろうか。
***
それから一週間が経った頃、竜討伐に行っていた魔術師長たちが魔塔に帰ってきた。
討伐には至らなかったものの、無事竜を退けることは出来たらしく、わたしはそれを聞いて胸を撫でおろした。
師匠は相変わらず、奥の部屋にこもってばかりいる。
「ベネ、少しいい?」
ある朝、洗濯物を干し終えたところでマリスに声をかけられた。
「良いけど……どうしたの?」
「ちょっと見てほしいものがあってさ。一緒に来てくれるか?」
ルカに促され、マリスに腕を組まれ、半ば強制的に連れて行かれる。
二人とも、妙に顔色が悪いのが気になった。嫌な予感を覚えたけれど、黙って二人についていった先、たどり着いたのは長細く広い部屋だった。真ん中に長いテーブルがあり、いくつか椅子が並んでいる。
そこにはすでに魔術師長や幹部の魔術師たちが座っていた。
「来たな、魔塔主の世話係」
魔術師長が、しわだらけの顔をにやりと歪ませた。
振り返ると、出口をふさぐようにふたりが立っている。
「ルカ、マリス……」
ルカが震える声で「ごめん」と謝る。
「脅されたんだ。言うことを聞かないと、見習い資格を剥奪するって」
「ベネ、本当にごめんなさい」
マリスも苦しげに頭を下げる。ふたりは悔しそうに唇を噛み、拳を握っていた。
「……あなたたちのせいじゃないよ」
ふたりに裏切られたとは思わなかった。
魔術師長の部下に手を縛られ、わたしは魔術師長を見る。
「それで、私をどうするつもりですか」
「決まっている。餌になってもらおう」
魔術師長は、すっかり悪人のような顔になって続ける。
「お前を使って魔塔主を呼び出す。長生きなだけで魔塔のために何もしないあの男に、引導を渡すのだ。魔塔主の座を退いてもらおう」
ふはははは、と笑いながら魔術師長は魔塔主を呼んでくるよう部下に命じた。
しばらくは余裕の表情をしていたけれど、日が完全に昇りきっても部下は戻らず、師匠は現れなかった。
誰かのお腹がぐぅと鳴る。ちなみにわたしのお腹は鳴りっぱなしだ。
魔術師長の顔が次第に赤くなっていった。
「なぜ来ない⁉」
「師匠は来ないと思いますよ」
わたしがそう言うと、魔術師長は「黙れ!」と更に怒り出す。
「弟子の身が危ないのに、動かないわけが――」
「わたしはまだ弟子として認められていませんし、師匠は私が拘束されていると知っても、動じないと思います」
魔法も仕えない弟子なんて、師匠にとっては大した存在じゃないだろう。
いなくなっても困らない、いくらでも替えがきく。きっとわたしは師匠にとって、そういう取るに取らない存在だ。
彼が見捨てた、辺境の人々と変わらない。
魔術師長が何か言おうとしたとき、会議室の扉がひとりでに、勢いよく開いた。
「え……」
信じられないことに、師匠がそこにいた。
心底うんざりしたような顔をしているけれど、確かに師匠だ。
「……来て、くださったんですか」
師匠はわたしをちらりと見て、縛られていることに気づいたのか顔をしかめた。
灰色の目が、静かに魔術師長をとらえる。
「言いたいことがあるなら聞こう」
魔術師長は一瞬怯んだが、声を張った。
「大魔法使いアルティウォルスよ、魔塔主の座を退け! お前は塔のために何もしない! 会議にも出ない、竜討伐にも応じない! 長生きなだけの魔法使いが、名ばかりの塔主として居座っている!」
幹部たちが「そうだ!」「その通りだ!」と魔術師長を援護する。
師匠がじろりと彼らを見ると、一斉に沈黙した。
「……良いだろう」
師匠はうなずくと、珍しく微笑んだ。
「……は?」
素っ頓狂な声をあげる魔術師長。わたしもたぶん、同じ気持ちだ。
「これでようやく隠居が出来る」
どこか解放感に満ちた声音に、魔術師長が固まった。部下も、わたしも固まった。
この人、本気で言ってるんだろうか?
「ただし」と師匠が続ける。
「ベネを解放しなさい。それは私の弟子だ。手荒な真似をするな」
私の弟子。
確かに、間違いなく聞こえた。私の弟子、と。
「……弟子、なんですか? わたし、師匠の弟子なんですか?」
師匠はわたしを見て「なぜ驚く」と不可解そうな顔をする。
「だって、弟子にしてやるとは言われていないから。まだ認められていないんだとばかり……」




