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魔塔の最上階


 連れてこられた魔塔は、わたしの想像と全く違っていた。

 だだっ広い草原の真ん中にそびえ立つ、武骨な岩で出来た螺旋の塔。思ったよりも小さいなと思ったら、中に入るとあまりの広さと高さに言葉を失った。


 何これ⁉ ひっろーい!


 明らかに外観から想像できる広さを越えている。中は天井が見えないほど高い吹き抜けになっていて、階段らしきものは見当たらない。

 その代わりに、薄く光る平たい石がいくつも浮いていた。その石に乗ると、上へ下へと運ばれる仕組みになっているらしい


「浮遊石と言ってね。アルティウォルス師匠(せんせい)が発明したんだよ」


 そう教えてくれたのは、真っすぐな金髪が眩しいフィデリスという青年だ。

 彼を見ると、魔塔のローブを身に着けた人たちが、みんな慌てて頭を下げる。

 フィデリス・アンセム。魔塔主アルティウォルスの一番弟子で、いまは魔塔を出て宮廷魔法使いとして王宮に仕えているそうだ。

 よくわからないけど、かなりすごい人らしい。若いのにすごいなと感心していると「君の十倍以上は生きてるからね」と笑われた。

 魔法使いは、人の心まで読めてしまうのだろうか。


 フィデリス様は見た目は二十代半ばくらい。背が高く、眉目秀麗で、常に優しく微笑んでいる。

 わたしが魔塔に連れてこられてすぐ、たまたま古巣に遊びに来た彼が、師匠から「面倒を見ろ」と言われ、塔の案内をしてくれることになったのだ。


 浮遊石のほかに、魔塔の各階には常にきれいな水が流れる水路があった。飲んでも良いとのことで、試してみると冷たくて美味しかった。

 廊下のランプは暗くなると自動で灯る。扉は声をかければ開く。気温は年中一定で、塔の中には夏も冬もないのだそうだ。


「便利ですね~! すごいんだなぁ、魔法使いって」

「何言ってるの。君も魔法使いでしょ」

「ええ? そんな、まさか! わたしは魔法なんて使えませんよ」


 ごく普通の人間です、と自己紹介すると、フィデリス様はおかしそうに笑った。


「気付いていないんだね。師匠がただの人間を連れてくるわけがないよ。ベネは間違いなく魔法使いだ」


 フィデリス様に断言されて、わたしは急に不安になった。


 もしかして魔塔主様は、わたしを魔法使いだと勘違いして、ここに連れてきた?

 それなら、わたしが魔法使いではないとわかったら、ここを放り出されちゃったりするんじゃ……?


 あの花と緑に飲みこまれた家にはもう帰れない。近所のひとたちも、わたしが戻ったらまた怒って責め立ててくるはずだ。


「どうしよう! わたし、本当に魔法なんて使えません」

「いずれ師匠が教えてくれるよ。それまでベネは、頑張って師匠のお世話をしていると良い。認められれば、そのうち弟子にしてもらえるから」

「認められれば、弟子に……」


 魔法使いではない普通の人間でも、魔法は使えるようになるの?

 実は魔塔にいる人たちは、みんな普通の人間だったりする?


 それは聞けないまま、案内の最後に連れていかれたのが、最上階の魔塔主の部屋だった。


「ここが師匠の私室兼研究室。開けてみて」


 フィデリス様に促され、わたしは古い扉の前に立った。扉には円形の美しい文様が描かれている。

 ドアノブらしきものは見当たらない。戸惑いながらぴっちり閉じられた扉に触れてみると、文様が一瞬青白く輝き、ギギィと音を立てて勝手に開いていった。


「うん。やっぱりね」

「やっぱり?」


 フィデリス様は「気にしないで」と妙に満足そうに言うと、部屋の中に入っていった。

 慌てて付いていくと、中は広いが薄暗いく、本で埋め尽くされていた。テーブルの上には本に紙、何かの骨や枯れた植物が乱雑に置かれ、床も似たような状態で足の踏み場もないほど散らかっている。


 魔塔主様って、もしかしてすっごくだらしない……?


 魔塔の主は部屋の奥にいた。わたしたちが来たことには気づいているだろうに、机に向かったまま、振り返りもしない。


「師匠。ベネを案内してきましたよ」

「ご苦労」

「お暇なら、師匠が案内してあげれば良かったのに」

「暇なものか。私は常に忙しい」


 何やらペンで書き物をしていた魔塔主様は、ゆっくりと振り返りわたしを見た。


「……ベネ、だったか」

「は、はい!」

「お前の仕事は、私が心置きなく研究に没頭できる環境を維持することだ。それ以外の余計なことはしなくて良い」


 気だるげに言われ、わたしはその抽象的な指示に内心文句を言う。


 没頭できる環境って何? 部屋をきれいにしろってこと? それがわからなくちゃ、それ以外の余計なこともわからないんですけど!


 でも、口には出さずに笑顔を作る。魔塔主様に認めてもらわなくちゃ、どこにも行き場がなくなってしまうのだから。


「わかりました。ええと……師(せん)、匠(せい)?」


 名前は呼びにくいし、魔塔主様と迷ったけれど、フィデリス様の真似をしてそう呼べば、アルティウォルス様はフンと顔を背け、またわたしたちに背を向け書き物を再開した。


 偉そうな人だなぁ。まぁ、実際にとっても偉い人なんだろうけれど。


 フィデリス様に「頑張ってね」と肩を叩かれたけど、普通の人間が魔法使いとして認められるには、どうしたらいいんだろう?

 とにかく頑張るしかないかと、わたしの手探りの魔塔主のお世話が始まった。 





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