よりみち。
二人が医療棟を出た。
ふとリクが外を見ると、医療棟には仕事終わりに来たというのに、空はようやく茜色に染まり始めていた。
リクはエニに顔を向けて、いつもの元気な口調で言う。
「な、久しぶりに外で遊ばないか!」
リクの提案を聞いたエニは、きょとんとする。
「……俺は平気だけど。……リクは、疲れてないの?」
「ん?気分転換しに行くんだし、疲れてる時こそじゃん!」
エニは苦笑いを浮かべた。
「……体の話だよ。……でも、久しぶりだし、行こうかな」
それを聞いたリクは満面の笑みを浮かべた。
楽しげに先を歩いては、エニの歩幅に合わせて減速する。
「よし!決まりだな!今から行くぞ〜!」
エニは少し目を丸くした。
「えっ……今日の話だったの?……い、いいけど」
そのままリクのテンションに合わせるかのように、少し歩くのを早くした。
──イージスの外へ繋がるゲートを通ると、生ぬるい外気が二人を包んだ。
しばらく歩くと、多様な姿をした学生服を着た集団が楽しそうに歩いていたり、仕事帰りらしい人々が駅前を行き交っていた。
リクは駅前の賑やかな景色をぐるりと見渡し、ある一つの看板に視線を止めた。
「……なぁ、エニ。あそこ行かないか?」
リクが指さしたのは、色鮮やかな看板が特徴的なカラオケ店だった。
エニはその看板を見上げて、ピタッと足を止める。
「えっ……カラオケ?」
「そう!最近色々あったし、思いっきりデカい声出したらスッキリしそうじゃん!」
リクは背伸びをするように腕をぐーっと伸ばして笑う。
対するエニは、困ったように視線を彷徨わせ、自分の指先を弄り始めた。
「……う、うん。……でも、その……人に聞かれるのは、ちょっと……」
顔をほんの少し赤らめて、口ごもるエニ。
けれど、その尻尾の先は緊張で強張ってはいなかった。
所在なさげにゆらゆらと揺れている。
リクはエニのそんな反応を見て、ニシシと悪戯っぽく笑った。
少しだけ顔を近づけ、覗き込むように言う。
「大丈夫だって!個室だし、それに……前みたいに、自分が一緒に歌うからさ!」
「……っ」
その言葉を聞いて、エニは少しだけ目を丸くした。
左上に目線が動いて、ふっと表情が柔らかく解ける。
「……あの時、リクの声が大きすぎて……俺の声、全然聞こえなかったけど……」
少しだけからかうように言うエニ。
「うおっ!?マジで!?よーし、じゃあ今日はもうちょっと加減するからさ!」
「……ふふ、なにそれ」
エニは小さく吹き出して、ようやく「……うん、行こうか」と頷いた。
「っしゃ!じゃあ行くぞー!」
リクは再びエニの歩幅に合わせながら、楽しげに店の入り口へと向かった。
──店内。
賑やかなBGMが響き渡るロビーで受付を済ませ、二人は指定された部屋へと続く廊下を歩く。
「ここだな」
リクが重たい防音扉を開けると、外の喧騒が嘘のように遮断された。
「おー、結構広いじゃん!」
リクは早速ソファにドカッと腰を下ろし、曲を入れるための端末を手に取る。
エニも少し遅れて部屋に入り、両手でしっかりと扉を閉めた。
静かになった空間で、エニは少しホッとしたように息を吐く。
「……うん。……なんか、久しぶりだね」
少し照れくさそうな、でもどこか嬉しそうな顔で、エニはリクの隣へそっと腰を下ろした。
リクはエニの方へ端末の画面を傾けながら言う。
「んじゃあ……最初は、これ一緒に歌うか!」
「声出しだと思ってさ!」
エニは画面の方に軽く傾いた。
「あ……それ懐かしいね。……歌いたいな」
「だろ!?じゃあ、入れるぞ!」
リクは曲を入れて、立ち上がった。
アップテンポな前奏が流れ出し、2人はマイクを握る。
リクは宣言通り、少しだけ声を抑え気味にして歌い出した。そこに重なるように、エニの繊細な声が控えめに響く。
最初は探り探りだったエニの声も、目の前で一定のトーンを刻むリクに引っ張られるように、サビに差し掛かる頃には自然と部屋の空気に溶け込んでいた。
──それから数曲が過ぎ、テーブルの上に置かれたグラスの水滴が落ちる頃。
「次は自分が歌っていいか!」
「……うん、俺はちょっと喉を休めたいし。歌って」
「じゃあ遠慮なく!」
リクが端末に思いつくままの番号をタタタッと打ち込んだ。
エニはその隣で画面を覗き込んだ。
「……番号で探すの?」
「って……これ、なんて曲?」
リクは迷わずその曲を入れる。
「分かんね!」
「……えっ?」
「適当に番号入れた!なんかこーいうの流行ってるらしくて!」
「……えぇ?」
リクは気にせずに立ち上がり、画面を食い入るように見つめてマイクを構えた。
エニは目を丸くしたまま、その背中を見守る。
そして、歌い出し。
リクは、全く知らないはずの初見のメロディに、持ち前のノリと勢いだけで無理やり歌詞を乗せていく。
音程は絶妙に迷子になりかけているのに、堂々とした声のおかげで、不思議と「そういう曲」に聞こえてくる。
時折、早口のパートについていけず、語尾を力技で誤魔化す始末だ。
「……っ」
エニが肩を揺らした。
画面のテロップを目で追いながら真剣な顔で歌い紡ぐリクの横顔と、あまりにも堂々としたでたらめな歌唱。
エニはマイクを持ったまま両手で口元を覆い、必死に下を向く。
だけど。
「……んふっ……あは、は……っ」
ついに、小さな笑い声がこぼれた。
エニの肩が小刻みに震えている。
リクは歌いながらチラッとこちらを振り返り、ニシシと笑った。
そして、先ほどよりも少し声を張り上げて歌い上げて行く。
歌が終わった。
エニは頬をほぐしながら、笑い疲れた声を出した。
「……違和感、なかったよ……っ」
リクは満足そうにドカッと座ると、楽しそうに笑う。
「マジか!てかめっちゃ笑うじゃん!」
エニはまた思い出して笑う。
「……っふふ。……知らない曲なのに、上手だったから」
「へへ。まあ、次は普通に歌おうかな!エニの顔が筋肉質になったら困るし!」
2人はまた画面を覗き込んで、曲を選んだ。
こんな寄り道も、たまには悪くない。
そう思った。




