兆候。
医療棟へやってきた二人。
そこで見たのは、いつも以上に不機嫌なオーラを纏うセクトンと、慌ただしい職員たち。
エニは胸元で両手をさする。
「……やっぱり、後でも……その……」
リクに視線を向けて、そう言い淀んだ。
しかし、リクはエニの手をもう一度握って言う。
「そう言わずに!ここまで来たんだしさ!」
リクは軽い力でエニの手を引いて、セクトンにつかつかと歩み寄った。
「センセー!今いいっすか!?」
セクトンは振り返ることもなく、尻尾を床にタンッと叩きつけた。
「今取り込み中だ」
「悪いが、急ぎじゃないなら後だ」
いつにもまして冷たい声だった。
リクがそれでも怯まずに口を開こうとした。
その時。
エニがオドオドとリクの袖を引っ張る。
「……俺は、後でも大丈夫だよ」
「……今、もっと大変そうな人いるし」
「だから、リクは……」
リクはエニを振り返る。
その言葉に小さく目を見開いていたが、すぐにふっと視線を和らげる。
「それでも、エニが後回しにされる理由にはならねえって!」
「……ちゃんと安心できるように、確かめてもらいたいんだよ!」
リクはエニの方を見た。
急かさず、ただ待つ。
セクトンも怪訝な顔をしながらも、エニを横目で見た。
エニは自分の腕を抱きかかえるように掴んで、小さい声で言う。
「……その。……実は、薬が……効きにくい気がして……」
その言葉を聞いた瞬間、セクトンは動いていた手を完全に止めた。
片眉を上げ、エニを見下ろしながら問う。
「……いつからだ」
エニはぴくりと尻尾を強張らせながら、視線を落とした。
「……その、大体……3日前、です」
セクトンは盛大に顔を顰めて、エニの顔を上から覗き込んだ。
「……3日前だと?十数分歩きゃ医療棟があるってのに、なんで早く来ねえんだ?」
エニは首をすくめて、眉をハの字に下げる。
「……す、すみません……」
リクも苦笑いを浮かべながらも、氷を溶かすような態度で口を挟んだ。
「言い過ぎっす、せんせー……」
セクトンは大きなため息を吐いた。
「……お前は連れてきただけだろ」
「まあ、そういうことならいい。検査すんぞ」
それ以上は何も言わずに背を向けて歩き出すセクトン。
エニは反応が遅れて、慌てて顔を上げる。
「エニ、お前だけ来い」
歩きながら、セクトンはまるでついでのように言った。
「あ……じゃあ……行って、くるね」
エニは戸惑ったようにリクを見上げる。
リクはいつもの笑みを浮かべ、軽く手を振った。
「ん!待ってる!」
その声に小さく頷いてから、エニは慣れない様子でセクトンの背中を追いかけていった。
医療棟の奥へ進むにつれ、周囲の慌ただしさがさらに増していく。
職員たちの早足な足音。
飛び交う専門用語。
閉じられていく扉。
エニは無意識に、自分の袖をぎゅっと掴んだ。
やがて、セクトンが一つの検査室の前で立ち止まる。
「入れ」
短く言われ、エニは小さく肩を跳ねさせた。
セクトンに連れられ、エニは検査室へ入っていった。
扉が閉まる直前、エニは少しだけ振り返る。
リクは「行ってこい!」と言わんばかりに、笑顔でぐっと親指を立てて見せた。
その顔に、エニは小さく目を細める。
扉が閉まる。
途端に、廊下の静けさが際立った。
リクは壁際の椅子へ腰を下ろす。
医療棟を行き交う職員たちは皆慌ただしく、端末片手に早足で通り過ぎていく。
「……なんか、マジでヤバそうだな」
ぽつりと呟いた。
その時、奥の通路からストレッチャーを押す音が聞こえてくる。
「鎮静反応、まだ不安定です!」
「投与間隔を詰めろ!」
切羽詰まった声。
リクは思わずそちらへ目を向けた。
運ばれていく誰か。
苦しそうに荒い呼吸を繰り返している。
その様子に、リクの脳裏にエニの顔が浮かぶ。
「……っ」
無意識に、自分の腕を掴んだ。
──しばらくして。
検査室の扉が開いた。
出てきたエニは、どこか落ち着かない様子で視線を揺らしている。
「エニ!どうだった!?」
リクはすぐ立ち上がった。
エニは少し間を置いてから、小さく答える。
「……最近、投薬が効きにくいケースが増えてるんだって」
「だから……何か変化があったら、すぐ来いって言われた」
リクの表情が少し強張る。
だが次の瞬間には、いつもの笑顔を浮かべた。
「そっか!じゃあ、ちゃんと頼ればいいってことだな!」
その明るさに、エニは一瞬だけ目を丸くする。
そして。
「……うん」
小さく頷いた。
けれど、その指先は。
まだ不安を誤魔化すみたいに、服の裾をぎゅっと握っていた。




