新しい居場所。
──イージス機関_支部の渡り廊下。
エニはティモンの後ろを、カモの雛のように付いていく。
……沈黙。
(き、気まずい……!何か気の利いた話でもできればいいのに……)
必死に思考を凝らす。
「………えっと…ティモンさん、って人事部門…でしたよね。……その、ティモンさんも寮とか──」
「はあ…。無理して喋らなくてもいいです。業務外の質問も不要です。僕は仕事をしているだけですので」
遮られてしまった。エニは背中を丸め、自身の腕を撫でた。
「あ……はい……」
それ以上は、何も言えなかった。
人事管理室の前で、ティモンは足を止めた。無言で扉を開け、入る。
エニは動揺しながらもおずおずと踏み入れる。
「……し、失礼しま、す…」
「…そこ、座ってください」
彼女は備え付けられているソファの前に立ったまま無機質に促した。
エニは少し迷った末に開けっぱなしの扉を閉じる。
ティモンの目元がピクリと動いた。
エニはぎこちない様子でソファの端っこにちょこんと座る。
室内は書類が整然と並んでおり、時計の音だけがやけに響く。
「確認します。」
ティモンは端末を見ながら淡々と話し始めた。
「あなたの体質を考慮した結果、リスクの低い配置は食堂です。異論は?」
「……それは、はい……」
(食堂……?そんなとこ、俺の爪が危ないんじゃ──)
視線を泳がせたとき。
「もちろん制限は設けています。あなたの神経毒が食事に入ってはいけませんから、食料に触れることは禁止します。単独になることも極力控えてください。」
ティモンがため息混じりに続ける。
「業務内容は後ほど、そこのスタッフに聞いてください。引き継ぎはしてありますから。確認は以上です」
「……はい」
小さい声で返事をし、首を縦に振った。尻尾を脚に巻き付ける。
(……やっぱり、エラー持ちは警戒されてる、のかな……)
そう感傷に浸りかけたとき、ティモンがジロリとエニに視線を向けた。部屋の外へつかつかと歩き出す。
「ついてきてください」
「えっ……は、はい……!」
エニは慌てて立ち上がり、再び後ろをついて行く。
部屋を出た瞬間、胸の奥の重さが少しだけ軽くなった。
(ティモンさん、手厳しいな……)
──食堂。
「ここです。ここでの担当は──」
ティモンが言いかけたその時。
「ああー、ティモンさーん。…そちらが新しく入るっていう、保護観察付きの……子、だよね?」
優しい声と間延びした口調。
その声の主は、細身でおっとりとした顔立ちの、若そうな男性だった。
「ええ。引き継ぎは任せます。……僕は戻りますので」
ティモンはそれ以上の説明はせず、食堂を出ていってしまった。
エニは彼女に困惑しながらも、その男性の優しい雰囲気に少し落ち着きを取り戻す。
「……えっと」
言葉に詰まる。
すると、男性が手袋を外しながらカウンターから出てくる。
「ここでは気張らなくても大丈夫だよ。」
少し間を置いて、続ける。
「責任重大な仕事ってわけでもないからね」
「僕はニール。よろしくね」
男性──ニールは下からそっと手を差し出した。
エニは動揺しながらも爪を立てないようにおずおずと握手を交わす。
「あ……俺はエニです。……よろしくお願いします……。ニール、さん」
「うん。とりあえずカウンターに入ろうか」
ニールはカウンターのスイングドアをそっと押さえてエニを通す。
「さて……。今日は一旦、大まかに業務を説明するんだけど……もし覚えられなくても、明日から一緒にやるから、安心してね」
ニールは気の抜けた笑みを浮かべる。
「……は、はい。……ありがとうございます…」
(……さっきまでと、全然違うな)
エニはほんの少し尻尾を持ち上げた。
「……あの、食堂の仕事って……大変ですか……?」
「ん?……ああ、ここの食堂はビュッフェ方式だから、仕事はそんなに多くないよ」
そう言われたエニは軽く顔を上げ、カウンターの外を覗く。
「……あ、本当ですね」
(こんなことにも気づけてなかったなんて……なんか……恥ずかしい……)
ニールは気にする様子もなく、備え付けられている手袋の箱に触れる。
「それで…作業中はこれを付けてね。……爪で破れることもないから、気にせず使って」
「……わ、分かりました」
「……あの、俺がやる業務って…」
エニは再び顔を上げ、相変わらずの及び腰で尋ねた。
「えーっと……基本は厨房の清掃と、食器とか、調理器具の洗浄を任せるよ」
「やり方を見せるから、一緒にやってみようか」
ニールは食洗機の方へ歩き出し、エニもその後ろをついていく。
「は、はい……。お願いします……」
(……ここでならやっていける、かも)
ほんの少しだけ、肩の力が抜けた気がした。
──現場部隊_休憩室前。
リクは扉を開けた。
「お疲れ様っすー!!!」
威勢の良い声だった。そんな声に快く反応する部隊員たち。
「…おう!お前は疲れてないみたいだけどな、新人」
「……流石に、元気すぎるってぇー」
そんな空間の端に、ヴォルトが炭酸水を煽りながら、椅子にどっかりと座っていた。
リクはいつもの調子で笑いながら歩み寄る。
「先輩!戻ったっすよ!」
「おー、おかえり」
ヴォルトはニヤリと笑った。
「へへ……ただいまーっす」
「……んで、さっきの珊瑚くんは誰だ?」
ヴォルトは狡猾な笑みを崩さないまま続ける。
「ただの知り合いってわけでもねえんだろ?」
リクはきょとんとして数拍固まった。
そして、面白いといった様子で口を開けた。
「エニっすよ!……てか珊瑚ってなんすか?!」
「はっ、可愛らしいピンクだったからな。……つい」
「……まあ、確かに分かんなくはないっすけど」
ついつい納得してしまうリク。
続けて話す。
「あいつは、親友なんす!」
それを聞いたヴォルトは少し口角を下げた。
「……親友か。……もしかして、今日から入るっていう、エラー持ちか?」
その質問に、軽く言葉が詰まった。
「……っでも!あいつ、マジでいいやつなんすよ!喋ってみたら絶対分かるっすから!」
「それは疑ってねえよ。……だがな」
ふっと、笑みが消えた。
「……そいつが暴れたとき、お前は躊躇わずに動く覚悟があるのか?」
彼は目を細めて放った。
「お前の親友だろ」
リクは固まった。
言葉が詰まる。
でも──
「あるっす!エニは、他のやつを傷つけないためにここに来たんす。だから、そんとき止めなかったら、意味ないっすから!」
リクの顔にあるのは真剣な表情だった。その自覚もある。
ヴォルトは未だ真顔だった。一瞬が、やけに長く感じた。
「──ハッ!いいじゃねえか!」
一気に笑った。それだけで、張り詰めた空気が緩む。
「だから……忘れんなよ、それ」
リクは気の抜けた笑みを浮かべる。
「……ウッス!!」
その声は、さっきまでよりも少しだけ力強かった。




