アナタのこと。
──その日。
リクは缶のオレンジジュースを片手に、廊下を歩いていた。
「また買っちまったな〜……2本目!」
息を多く混ぜて独りごちた。
その時。
「あーーっ!やっと捕まえた!」
背後から声が響く。
「ん?なんか起きて──?」
リクは歩みを止め、肩越しに振り返った。
「現場部隊のキミ!」
小走りで近づいてきたのは、ジャネットだった。
リクは、あ、と声を漏らす。
「あー!あの時の……んーっと……」
視線を泳がせ、人差し指をもどかしそうに振った。
「あっ、そういえば私、ちゃんと名前言ってなかったよね!ごめんごめん!」
ジャネットは両手をぽんと打ち合わせる。
「ジャネットだよ!」
「ジャネットさん!セクトン先生が呼んでたっすよね!」
リクは合点がいったように、手元の缶を小さく掲げた。
「そうそう!そのジャネット!」
ジャネットがトントンと歩み寄る。
「あの時はほんっとーにありがとね!一番に薬持ってきてくれてさ」
リクは気遣わしげな微笑みを浮かべ、胸の前で軽く手をヒラヒラと振った。
「いえいえ!あのあと大丈夫っしたか?」
ジャネットはわざとらしく肩をすくめてみせた。
「バッチリ診てもらって、今は元気だよ!ま、この前なんて夜ふかししたことがバレて、怒られちゃったけどさ〜」
リクは肩を揺らして笑った。
「災難っすねー。キレてるセンセーが簡単に想像できちゃうっす」
「そうそう!よく分かったね!」
ジャネットはリクの顔を覗き込む。
「あ、そういえば、これからどこ行く予定?」
「ん?共有ラウンジっすよ!」
ジャネットはリクの隣に立った。
「ふーん」
「じゃ、私も行こ。ちょっと話してみたかったし!」
リクは一瞬だけ足を止め、すぐにまたゆっくりと歩みを始めた。
「え?もちろんいいっすよ!一緒に行きましょ!」
ジャネットも歩幅を合わせて、その隣をついていく。
「うん!」
廊下を進む二人。
ジャネットが先に口を開けた。
「現場部隊って忙しいよねぇ。私、結構前から気になってて、話しかけようと思ってたんだけどさ〜」
リクはジュースを一口すすると、不思議そうに横を向いた。
「そうっすか?自分は、あんまり忙しいって意識ないんすけど……。でも確かに、あっちこっち動いてるかもっすね!」
すると、ジャネットはリクの方に体を向けた。
「あのさ、ずっと聞きたかったんだけど」
リクは瞬きをする。
「ん?」
「あの時、私がエラー発症してて危険だったじゃん。どうして、周りの人たちみたいに距離取らなかったんだろうって」
リクは左下あたりに視線を彷徨わせた。
「そう聞かれると……」
わずかに言葉が止まる。
「なんていうか、やんないといけない気がしたんす!まあ、自分は新人っすから、本当はダメだったんすけどねー……」
そう言うと、リクは照れ隠しのようにジュースに口を付けた。
ジャネットは、ふ、と小さく息を漏らした。
「え〜!そういう感じなんだ!」
(そっか。やっぱり、あれは「仕事だから」とかじゃないよね。多分さ)
照れくさそうに頭をかくリクを見ながら、ジャネットは続けた。
「話してみて思ったんだけどさ、リクくんって思ってたよりも……柔らかいよね!あの時はもっと、近寄りづらい!ってイメージだったんだ」
リクは歩きながら、器用に大きくのけぞった。
「自分が、近寄りづらい!?いや想像できないっす!ずっとこんな感じっすよ!」
そう言いながら、軽く腕を広げてみせた。
ジャネットはそんな必死な姿を見て、「あはは!」と笑う。
「その時は、だよ!今は思ってないって!」
「あっ」
ジャネットはふと思い出したように視線を上に向けた。
「そういえば、エニくんとは仲良い……んだよね?」
リクは歩く勢いのまま、おっと、とたじろいだ。
「そ、そうっすけど、なんで知ってるんすか!?」
「ほら、エラー持ち職員の寮あるでしょ?あそこで話したことがあってさ!その時にね」
リクは納得したように眉を上げ、顎に手を当てた。
「あー!確かにそうっすね!ってか、エニがプライベートな話するなんて意外だなあ……」
ジャネットは口を半開きにして、きょとんとしたような表情を浮かべる。
「……そう?んー、普通に話してたけどなあ。そんなに意外なの?」
リクは「むむ……」と言うみたいに難しそうに眉を寄せた。
「んーー、まあ……なんとなくっすけどね」
ジャネットはリクの顔を覗き込む。
「なによそれー。……あ、もしかして、エニくんがエラー持ちだから心配とか?」
リクは不思議そうに瞬きをした。
「心配?なんでっすか?」
「え?だって、いつエラーがひどくなるか分からないし……。現場部隊の立場からすると、色々思うところがあるのかなって」
リクはジュースの缶を軽く振り、中身の音を鳴らす。
「思うところっすか……」
「いや!あいつがエラー持ちだろうが、この先どうなろうが……そこは自分の中じゃ、あんまり変わんないっす!」
「変わら、ない?」
ジャネットは思わず目を見開く。
「はい。あいつはあいつだし、自分はあいつの隣にいるだけっすから」
リクはあっけらかんと笑い、ジュースを飲み干した。
「だから、心配とかじゃないっすよ。ただ、あいつが自分以外の人とも普通に話せてるなら、なんか嬉しいなーって思っただけっす!」
ジャネットは見開いていた目を落ち着かせ、それからフッと息を吐いた。
(……ああ。そっか。この子、最初からそのつもりなんだ)
二人の足が、共有ラウンジの前で止まる。
センサーが反応し、自動ドアが静かに左右へ開いた。
ジャネットはリクの顔を見て、いたずらっぽく笑う。
「じゃ、エニくんの隣に戻る前に──ちょっとだけキミの隣、貸してね?」
「? もちろんいいっすよ!」
リクは不思議そうに首を傾げつつも、楽しそうにラウンジへと足を踏み入れた。




