第9話 親睦会
花を全て植え終わり、私たちは学校へと戻った。
水道で手を洗い、保健室の律子先生に作業が終わったのを報告したあと、なんとなく自然な流れでボランティア部と園芸部の合同お疲れ様会をすることになった。
そして、園芸部の部室は土を扱う関係上、体育会の部室棟と同じ校舎の外にあったので、より快適なうちの部室が打ち上げ会場に選ばれた。
ボランティア部の部室に集まった私たちは、机を寄せて、その上にお菓子とジュースを並べていく。
「すごい。どんだけお菓子をストックしてるの」
ボランティア部が普段隠している秘蔵のお菓子をすべて出すと、園芸部の女子たちは目を丸くしていた。
「へへへ、まあ育ちざかりなもんで」
別に自慢できることではないけれど、お菓子の豊富さにかけては他の部に引けを取らない自信がある。
このまえの文化祭でストラップが完売したお陰で、いま我がボランティア部は少々潤っており、このようにお菓子に化けてしまっていたのだ。
部室にお菓子を持ち込むのは表向きは禁止されているものの、他の部も普通にしていることなので、その辺は律子先生も大目に見てくれていた。
ジュースを入れる紙コップを並べ始めようとすると、清子は机に並んだお菓子の一つを指さした。
「これ、何だか高そうね」
「ああ、それは唄子が持って来たんだ」
唄子は時々、豪勢な箱に入った高そうなお菓子を部室に持ってくる。
なんでも、家を訪ねて来た客が、大概なにかしらの手土産を持ってくるらしくて、お客さんが来た翌日はたいがい部室にちょっと珍しいお菓子が増えるのである。
そして、高級お菓子が部室にある時は、匂いを嗅ぎつけた律子先生がコーヒーカップ片手に現れる。
その確率は今のところ100パ―セントで、また今日もご多分に漏れず、彼女は部室に現れた。
「お疲れさまー」
一体どんな嗅覚なのだろう。
まったく美化活動に参加していなかった律子先生は、机の上に置かれた高級菓子折の箱に狙いをつけて、サササと席に着いた。
私たちはもう見慣れているので何とも思わないが、園芸部の三人は、見た感じ若干ひいていた。
「先生も打ち上げに?」
「うん。顧問だから」
清子が窺うと、即座に笑顔が返って来た。
あの菓子折りの中身はあらかた律子先生に、食べられてしまうに違いない。
そして、親睦会の準備が整った。
「じゃあ、取り敢えず乾杯しますか」
瑞希先輩がジュースの入った紙コップを手に取ると、みんなもそれに倣った。
「かんぱーい!」
乾杯のあと、美化活動のお手伝いをしたボランティア部は、園芸部の部長からあらためてお礼の言葉をもらった。
「二日間、一緒に花を植えて下さった皆さんには感謝しかありません。依頼を快く受けて下さり、本当にありがとうございました」
教室にパッと拍手が湧いて、清子が席に着くと、みんなの視線が私に集まった。
あれ? この流れって……
「ではボランティア部の部長からもどうぞ」
案の定、律子先生は部長である私にも、何かひとこと言っておくよう促した。
「えっと、皆さんお疲れさまでした。通学路の美化活動をとおして園芸部の皆さんと交流できたことをとても嬉しく感じています。次は皆さんをボランティア部の活動にお誘いしますので、よろしくお願いします」
なんとか噛まずに言えてホッとした私は、この機会に今日来てくれた先輩たちを紹介しておくことにした。
「この場をお借りして、今日お手伝いに来てくれたお二人をご紹介しておきます。もと風ノ巻中ボランティアサークルで、今は松ノ浜高校でボランティアサークルをしている谷井瑞樹先輩と藤谷この葉先輩です」
拍手をもらった先輩たちは、ちょっと照れつつ簡単に挨拶する。
「谷井瑞樹です。どうぞよろしく」
「藤谷この葉です。宜しくお願いします」
先輩二人を紹介し終えた私は、ミャー子に席を立つよう促した。
「それと、うちの新入部員のことも紹介しておきますね。一年生の花山美弥子さんです」
「は、花山美弥子です。ふつつかものですが、宜しくお願いします」
自己紹介が終わると、お菓子を食べながらの自由な雑談が始まった。
そわそわしている唄子の耳に顔を近づけ、私は唄子の背中を押してやる。
「補聴器をしているってことにして、今日ぐらいはお喋りしてもいいんじゃない」
「うん。そうしようかな」
先輩たちもいることだし、この場はそうした方が自然だろう。
園芸部の三人のうち、二人は一年生だ。
唄子のハンデを知らない二人には余り気を遣わなくていいだろう。しかし、部長の清子の前で、やはり唄子は声を出しにくそうだった。
すると、清子の方からそっと私に聞いてきた。
「鳴瀬さん、今は聞こえてるのかな」
「うん。話せるはずだよ」
清子はちょっと背筋を正して唄子に向き合った。
話しかけようとする清子に、唄子の顔が強張る。
「文化祭の時、鳴瀬さんの声聞いたよ。歌、滅茶苦茶上手いね」
強張っていた唄子の顔が、次第に赤くなっていく。
唄子は私以外の同級生の女子と話すのは今日が初めてだ。
初体験の緊張と興奮の中で、唄子の最初のひと言が唇から滑り出した。
「ありがとう」
その恥ずかし気で涼しげな声に、清子はパッと笑顔を咲かせた。
それからしばらく私と唄子は、清子や園芸部の一年生たちと、ほぼお喋りに近い情報交換をした。
そして、おおよそ、一時間くらいが経った頃、瑞希先輩が私たちのもとへとやって来た。
「ちょっといいかな」
そろそろお開きになるタイミングを待っていたようで、瑞希先輩は私と唄子に、あるボランティア活動の提案をしてきた。
「ねえ、また夏休みの時みたいに合同で奉仕活動しない?」
「えっと、またどこかに訪問するって感じですか?」
「うん。高齢者の介護施設に訪問して、ちょっとしたイベントを開催しようと思ってさ」
「詳しく聞かせて下さい」
最後に先輩との打ち合わせを終えて、おおよそ一時間の親睦会は終わった。
唄子が家から持って来た高級お菓子は、予想どおりあらかた律子先生の腹の中に納まり、園芸部の三人は、エレガントな先生の真の姿を垣間見たのだった。
そして、新入部員のミャー子は、先輩にたくさん構ってもらい、ずっと可愛がられていた。
二人にしてみれば、ミャー子は自分たちのバトンを受け取ってくれた特別な後輩なのだ。可愛いに決まっている。
もともと猫っぽいからなのか、ミャー子は先輩たちに猫のように可愛がられていた。
お菓子を勧められ、何度もジュースを注いでもらい、さんざん甘やかされたミャー子は、至福の時間を味わったに違いない。
そして、甘やかされることに味をしめたのか、親睦会が終わった後もミャー子は、たっぷり甘やかしてくれたこの葉先輩にべったりくっ付いていた。
完全に気に入られてしまった先輩は、身動きが取れない程くっ付かれていた。
「この葉先輩。私、先輩にメロメロです。もう放しません」
この葉先輩はミャー子に抱きしめられつつ、その頭を撫でながら、そろそろ帰ることを告げた。
「えっと、でもそろそろ帰ろうかな……」
「えっ、もうですか?」
「うん。また来るね」
だいたい一週間に一度、先輩たちは放課後この部室にやって来て、ボランティアに関する情報交換をする。
確か次に先輩たちがここに来るのは、来週の木曜日だったはずだ。
「いつですか? 出来るだけ早くお願いします」
「えっと、ミーティングは確か次の木曜日だったかな……」
「そんなに待てません!」
よっぽど先輩が気に入ったのだろう。困ったことに駄々をこね始めた。
「お願いします。これから毎日ミャー子に会いに来てください」
「いや、そうしてあげたいけど、毎日は流石に……」
「なら、一日おきでどうですか? これ以上は妥協できませんよ」
すると、押し切ろうとするミャー子を、止せばいいのに康太が苦笑を浮かべつつなだめようとした。
「あんまし駄々をこねるのは良くないよ。この葉先輩、困ってるじゃないか」
そして、予想どおりというか、ミャー子はなだめようとした坊主頭を振り返り、鋭く言い放った。
「その目は節穴ですか。この葉先輩だってミャー子に会いたいに決まってます。坊主は引っ込んでて下さいよ」
そしてそのあと、この葉先輩は火曜日にもここに来ることを約束させられ、帰っていった。




