第8話 先輩の先輩
園芸部の依頼で手伝いを買って出たアドプトロード。
予想外に範囲が広かったせいもあり、放課後の部活の時間では終わらず、私たちは土曜日も狩り出されることとなった。
「ごめんなさい。休みの日に手伝わせて」
「いいよ。乗り掛かった舟だから」
園芸部の部長、園田清子は集まったボランティア部の面々に申し訳なさげに手を合わせた。
今は違うが、清子とは一年のときに同じクラスだった。
物静かで、それでいて大事な所ではハキハキと発言する、ちょっとカッコいいこの同級生は、今までうちの中学の部活に無かった園芸サークルを一年の時に立ち上げた。
校長から登録の許可が出たものの、たった一人で立ち上げたサークルは、前途多難だった。
それでも、もともと花を育てるのが趣味だった清子は、精力的に学校の景観を変えていった。
種から育てた苗を校庭に植え、コツコツと少しずつ、彼女は学校をカラフルにしていった。
そんな彼女の取り組む姿勢には、こっそりと感心していたが、モノトーンの世界しか知らない私には、その良さが分からず、特に共感することはなかった。
だが唄子と出会ったおかげで、私の視界は鮮やかすぎる程カラフルになった。
今なら、清子の気持ちに共感できる。
「じゃあ皆さん。今日もよろしくお願いします」
清子が声を掛けると、みんな各々の持ち場へと散っていった。
昨日半分程度は花を植え終えていたので、ここにいる誰もが自分の役割分担を分かっていた。
そして、今日も率先して鍬を持った康太に私は駆け寄った。
「大丈夫? 昨日一人で随分頑張ってたけど」
唯一の男子部員である康太は、昨日一人で固い土を掘り起こしていた。
きっとかなり無理をしているはずだった。
「大丈夫だよ。普段から鍛えてるから」
「でも、バットを振るのとは勝手が違うでしょ。私が代わろうか?」
「いいよいいよ。もう慣れてるから」
私に鍬を渡そうとせず、康太は土を掘り起こし始めた。
その背中を見て、私はすぐに違和感を覚えた。
「コータ、手、見せて」
鍬を持つ手を止めた康太は、手を見せるのを躊躇った。
私はその手を掴んで、無理やり掌を開かせた。
「やっぱり」
右手の掌の豆が潰れていた。
「滅茶苦茶痛そうじゃない。なんで早く言わないのよ」
「これくらい大丈夫だよ。野球の練習の時だってたまにやってるし」
「駄目。これは私が預かるから。今日は大人しく花を植えてなさい」
そして鍬の柄に手を掛けようとした私を、康太は片手で制した。
「駄目だよ。けっこう重いし、アーちゃんにさせられないよ」
「いいから貸しなさいよ!」
普段は大人しいけど康太はこうゆう所で頑固だ。
しかし、私もここは部長として譲れない。
「なにしてるんですか!」
私と康太が揉めているように見えたのか、ミャー子は憤慨した様子で走りこんで来た。
「そこの坊主! なに先輩に絡んでるんですか! 私が来たからには先輩には指一本触れさせませんよ」
的外れだったけれど、今日のミャー子はちょっとカッコよかった。
「いや、絡まれてるわけじゃないんだけどね」
「じゃあ何ですか? 男のくせに先輩に鍬を持たせようとしていたとか?」
「いや、その逆だよ」
ややこしい後輩にこうなった経緯を簡潔に説明すると、ミャー子はようやく納得した。
「なるほど、優しさに溢れる先輩は、坊主に代わって鍬を振ろうとしたわけですね」
フムフムと何度か頷いたミャー子は、今度は私に向き直った。
「先輩、坊主を甘やかしたらダメですよ」
坊主に対して情け容赦のない台詞を吐くと、ミャー子は康太の手から鍬を奪い取った。
「とはいえ、先輩の優しさに私は痛く感銘を受けたわけであります。そこで不承不承ですが、私が坊主の代わりにやってやりますよ」
そして、早速ミャー子は鍬を振り上げた。
「おりゃー!」
サクッ。
渾身の一撃は、硬い土に浅く入っただけでピタリと止まった。
「なかなか手強い奴ですね。ならば私も本気を出してやりますよ」
それから約五分後。
「先輩、手が痛くなってきました。あと、腕と肩と腰も」
涙目で訴えかけて来たミャー子から鍬を受け取り、それから順番で土を掘り起こすことにした。
そして、しばらく作業をしていた私たちのもとに、思わぬ助っ人がやって来た。
「瑞希先輩、この葉先輩」
連絡をしていなかったので、二人の登場にはかなり驚かされた。
「おーやってますな後輩諸君」
「頑張ってるわねー」
ジャージ姿で現れた二人に、私たちは作業の手を止めて挨拶をする。
「お疲れ様です。で、どうしてここへ?」
「ああ、律子先生から暇なんだったら手伝いに来てって連絡があって。私たちも入れてもらえる?」
「勿論です。助かります」
すると瑞希先輩は、私が手に持っていた鍬を手に取った。
「これは私がやってあげましょう」
バレーボール部のエースだった瑞希先輩の身体能力はとにかく半端ない。
私の倍以上の速さで、先輩はどんどん固い土を掘り起こしていった。
そして、この葉先輩は花の苗を手に取り、何だか手慣れた感じで植え始めた。
「流石この葉先輩。手慣れてますね」
「そう? 時々こういったこともやってるからかしら」
なんだか視線を感じて目を向けると、上品な手つきで花を植えていくこの葉先輩を、ミャー子が興味津々に見つめていた。
手招きしてやると、ミャー子はサササと寄ってきた。
「先輩。彼女、うちの新入部員なんです」
「あら、可愛い。文化祭の時に見掛けた子ね。お名前は?」
可愛いと言われて頬を赤くしたミャー子は、やや緊張した感じで自己紹介をする。
「一年A組、花山美弥子です。ミャー子と呼んでください」
「藤谷この葉です。ミャー子ちゃんか、可愛いあなたにぴったりの名前ね」
「えへへ、それほどでも……」
なんだか心を鷲掴みにされてる?
ミャー子の瞳に少女漫画風のキラキラしたものがたくさんあるのが、私には見えたのだった。




