第6話 花山飯店
「ほう、なるほど」
テーブルを挟んで向かい合う律子先生が、顎に指をかけてフムフムと唸った。
そして私と唄子も、律子先生と同じく「なるほど」と唸らされていた。
私たちが今いる所は、地元の漁師さんがよく利用している、いわゆる大衆中華料理店で、私も家族と何度か来たことのある店だった。
花山飯店。
十人ほどが座れるカウンターに四つのテーブル席。
何だか香ばしい匂いの充満する店内には、夕食にはまだ早い時間にも拘らず、チラホラお客さんの姿があった。
まったく気付いていなかったが、この中華料理店は花山美弥子の父が営業している店で、私たちはとある事情で、この店にラーメンを食べに来ることになったのだった。
話は昨日の放課後に遡る。
「なぜそんなに坊主を嫌う」
坊主を何とかしろというミャー子の埒の空かない話に、律子先生は何とか打開策を見いだそうとした。
「私、基本的に男はあんまりなんです。その中でも特に野球やっている奴はヤですね。暑苦しいし汗臭いし坊主だし」
なるほど。つまり康太は、いま言った全部に該当しているわけだ。
「そう? 白球を追いかける少年の汗は爽やかじゃない?」
坊主というだけで散々な扱いをされている康太が気の毒になったのか、律子先生は世の野球少年を弁護した。
「そうやって美化するからあいつらは調子に乗るんですよ。私はヤですよ。坊主の汗臭さに比べれば野良犬の方がまだましです」
野良犬に負けた坊主頭は、何だかいたたまれない様子だ。
野良犬優勢論を振りかざすミャー子に、律子先生はため息をつく。
「なんだか根深い恨みがありそうね。良かったら話してくれない?」
「いいですよ。別に隠すことじゃないですし」
そしてミャー子は鞄を開いて、中をごそごそと漁り始めた。
そして半券のようなものを律子先生に提示した。
「ここにラーメン無料券があります。これでご馳走しますんで、明日の放課後、私に付いて来てもらえますか?」
ということがあって、私たちは花山飯店へとやって来た。
康太は野球部の練習がある日なのでここにはいないが、いずれにしても来たくは無かっただろう。
そして、そこで私たちは、いきなりミャー子の坊主嫌いの原因を垣間見たのだった。
「はい、ラーメンお待ち!」
豪快な声量でラーメンの鉢をテーブルに置いたのは、暑苦しい坊主頭の店員だった。
「兄です」
律子先生の隣に座るミャー子が、忌々し気に紹介した。
「やー、大江先生、お久しぶりです」
「うん。花山君、久しぶり。高校はどう?」
「今年卒業して、今は家で料理の修行中です。ゆっくりしてってください」
「そっか、頑張ってね」
どうやらミャー子の兄と律子先生は面識があるようだ。
私がそのことを訊いてみると、律子先生は箸を片手に教えてくれた。
「あの子野球部でね。しょっちゅう怪我して保健室に来てたのよ」
「へー、それでか」
それから私たちはミャー子の奢ってくれたラーメンをありがたく頂いた。
最後まで黙々と食べ終えた律子先生は、スープの最後の一滴まで飲み乾した。
「鶏ガラをベースに、魚介の効いた出汁……なかなかの逸品だったわ」
律子先生に続いて私と唄子もラーメンを完食し、ひと息ついたところで、律子先生はここへ来た目的に話を戻した。
「なんとなく分かったけど、あれが原因なのよね」
律子先生は私たちだけに聴こえるよう、ボリュームを調整しつつミャー子に確認を取った。
「ええ、そうです。あれと、あれと、あれと、あれです」
ミャー子はラーメンを運んで来た先程の兄の他に、レジにいる坊主頭と、カウンターの厨房にいる坊主頭と、さらに父親であろう大きな中華鍋を振るう坊主頭を指さした。
「父と兄、合わせて四人の坊主ですよ」
もううんざりといった顔でミャー子は吐き捨てた。
「うち、母親いないんで、私の周りはあんなのばっかしなんです。父ちゃんもあいつらも全員野球経験者で、家族の話題はとにかく野球の話ばっか。夏場になればテレビはいっつも野球中継だし、さらに、みんな応援してる球団が違うからしょっちゅう揉めてて、ひどい有様なんです」
坊主をこよなく憎んでいるのはそれが原因か。
何だか愚痴っぽくなってきたミャー子の話に、私と唄子はウンウンと頷く。
「それにうち、そんなにお金無いんで、服だって兄貴のお下がりばっかりで」
「え? 男物ばっかりってこと?」
思わず聞き返したのは唄子だった。
「はい。スカートは制服以外一着も持ってません」
「なんと……」
それは気の毒だ。唄子もだが、私も流石に感情移入してしまった。
「まあ家庭環境は色々あるだろうし、仕方ない」
ひと通りミャー子の言い分を聞いていた律子先生は、ある意味公平な裁きを言い渡した。
「でも良かったじゃない。家に帰れば相変わらずだろうけど、ボランティア部に来ればこの二人がいるでしょ」
「はい。そうなんです!」
気持ちの切り替えが早いみたいで、ミャー子は目をキラキラさせた。
「放課後部室に行けば先輩に会える。私はもうそれだけで幸せです」
「うん。良かった。立ち直れたみたいね」
どうやらもう律子先生は、このややこしい新入部員の扱いをマスターしてしまったようだ。
「ラーメン御馳走様。明日からは二人に色々教えてもらいなさい」
「はい。手取り足取り教えてもらいます」
明日が楽しみでしょうがないといった感じで、ご機嫌になったミャー子はちょっと可愛かった。
最後に私は、ちょっと先輩らしい言葉を添えておいた。
「私たちと一緒に、ゆっくり覚えていけばいいからね」
「はい。先輩方の期待に応えられるよう頑張ります。ところでさらにボランティア部を良くするために、私から一つ提案があるんですが」
「すごいやる気だね。それでどんな提案?」
後輩の気概を大きな度量で受け止めてあげようとした私は、すぐに自分が甘かったことを思い知らされた。
「中途半端な部員の首を切るために兼部禁止にしたらどうですか?」
「えっ!? いやそれは……」
「ならこの際、女子ボランティア部と改名して男子と完全に分けませんか?」
「やっぱり坊主は許せないのね……」
果たしてこの子は康太と共存できるのだろうか。
部長として、このややこしい新入部員をどう導いていくべきなのか。
それが私の当面の課題となった。




