第5話 坊主憎けりゃ
律子先生に入部届を受理してもらい、花山美弥子は晴れてボランティア部の新入部員となった。
つまりは、私たちに後輩が出来てしまったということだった。
放課後、満面の笑顔で現れた後輩を、私と唄子はやや戸惑いを覚えつつ迎える。
「こんにちは、花山さん」
「お疲れ様です。先輩がた」
頬を少し紅潮させた、興奮気味の後輩が妙に可愛い。
後輩を持つってこんな感じなんだー。
見慣れた部室が新鮮な空気で満たされているのを、私は歓迎する。
「ようこそボランティア部へ。これから一緒にがんばろうね」
「はい。よろしくお願いします」
担任には徹底的に盾ついていたが、私と唄子の前ではやたらと素直だ。この素直さの十分の一を担任に回せば、きっと揉めないで済むのだろう。
「あのー」
おずおずと手を上げた後輩は、ちょっとそわそわしながら口を開いた。
「いきなり馴れ馴れしいかもですけど、先輩たちのこと、お名前で呼ばせてもらってもいいですか? その……親しみを込めるって意味で」
「勿論いいわよ。私たちも先輩のこと名前で呼んでるし」
「やった。じゃあ、遠慮なく」
そして、やや頬を紅く染めながら、彼女は私たちの名前を声に出した。
「彩夏先輩、唄子先輩」
声に出したあと、花山美弥子は目を閉じてグッと拳を握りしめた。
呼んでみた彼女自身が、その余韻に浸っている。そんな印象だった。
「うん。良い感じだよ。花山さん」
適当に褒めてあげると、今度はまた別の提案をしてきた。
「あのー、花山は他人行儀なので、私のことも遠慮なく名前で呼んでください」
「えっと、じゃあ美弥子ちゃんでいい?」
「もっと砕けた感じで、ミャー子と呼んでください!」
というわけで、花山美弥子の部活での通称は、本人の希望もあり、ミャー子に決定した。
何となく猫っぽい娘だと思っていたので、ぴったりだと言っていいだろう。
「えっと、じゃあミャー子に歓迎の証として……」
そして私は用意しておいた薄緑色のシーグラスで作ったストラップを手渡した。
「このまえ約束してたストラップだよ」
「やった! ありがとうございます!」
ささやかなプレゼントを、ミャー子は飛び上がって喜んでくれた。
感情を隠さないその姿はとても新鮮で、私は少し吃驚させられた。
「作った甲斐があったね」
唄子は可笑しそうに目を細めながら声を出していた。
架空の補聴器のお陰で、いま唄子が声を出したとしても言い訳はできなくも無い。
とはいえ、出来るだけ控えようと二人で決めていたのに、つい喋ってしまったのは、きっと、彼女の奔放さにつられてしまったからだろう。
「このストラップ、私、ずっとずっと大切にします」
そして、上機嫌でミャー子がストラップを鞄にしまった時に戸が開いた。
「おー、来てるな新入部員」
にこやかに部室に入ってきたのは律子先生だった。
「早速、ミーティングにしようと思ったけど、一人足りないな」
律子先生は適当な椅子に座って腕を組んだ。
「まあ、ちょっと待ってれば来るだろう」
そして、律子先生が予言したとおり、すぐにあわただしい靴音が近づいて来た。
「すみません。監督に捉まって遅くなりました」
教室に飛び込んで来た坊主頭に、ミャー子はこれ以上に無い程の不愉快な顔を見せた。
「げっ、坊主!」
目にした途端吐き捨てたミャー子に、律子先生が首を傾げる。
「ん? どした? 知り合いか?」
「いいえ。全く一面識もない、あかの他人です」
やはり坊主に何か恨みでも持っていそうだ。
康太は坊主頭を掻きつつ、新入部員の険しい対応に戸惑っている。
「んー、まあ部員も揃ったことだし、取り敢えず自己紹介をしておきましょう。ではまずは新入部員の花山さんから」
坊主頭の登場に豹変してしまったミャー子だったが、律子先生に促され、気を取り直したように背筋を伸ばした。
「一年A組、花山美弥子です。憧れの先輩のいるこの部へ入部させて頂きました。よろしくお願いします」
パチパチと拍手が湧き、次に部長の私が自己紹介をした。
「部長の志藤彩夏です。新しい仲間と共にボランティア部を盛り上げていきたいと思います。宜しくお願いします」
「副部長の鳴瀬唄子です。後輩ができることは私の夢の一つでした。私自身まだまだ未熟者ですが、これから宜しくお願いします」
ミャー子は私たちの自己紹介を、目をキラキラさせながら聞いていた。
だが、康太の番がやって来ると、ガラリと雰囲気が変わり、腕を組んでムスッとした顔になった。
少年は背筋を伸ばし、なんだかやりにくそうに口を開く。
「えっと、山田康太です。宜しくお願いします」
少年が簡潔に自己紹介を終えると、ミャー子が何か言いたげに手を上げた。
「あのー」
険しい顔で手を上げた新入部員に全員の視線が集まる。
そしてミャー子は、坊主頭に向かって人差し指を突き出した。
「そこの人は何なんですか? 見たところ野球部ですよね」
坊主と直接口を利きたくないのか、少年を指さしたまま、ミャー子は律子先生に軽く食って掛かった。
「まあ、山田君は野球部なんだけど、夏休みのイベントを手伝ってもらってから、うちの部と兼部しているのよ」
「兼部……ってことは、部員ってことですか……」
相当ショックだったみたいで、ミャー子はそのまま何もない一点を見つめる。
おかしい。文化祭の時に受付をしている康太を見ていたはずだ。
私はその辺りのことを、一応聞いておいた。
「えっと、何だと思ってたの?」
「野球部から借りて来た、縁もゆかりもない人だと思ってました。まさかここの部員だったとは……」
ただ自己紹介をしただけで、忌々しさを溢れさせた少女に、康太は相当居心地悪げだ。
律子先生はその険悪さに、腕を組んで困った表情をした。
「山田君、なんだかえらく嫌われているみたいだけど、いったい何が原因なの?」
「さあ、僕にはさっぱり」
全く思い当たる所のない少年は、坊主頭をボリボリ掻きつつ首を傾げる。
「それですよ!」
ミャー子は再び少年を指さして、きつく言い放った。
その指先は少年の顔ではなく、そこよりも少し上をさしていた。
「何とかなりませんか! その坊主!」
気付いてはいたが、やはり原因はそこだった。
坊主を何とかしろと訴えかけられた少年は、その迫力に一歩あとずさった。




