第4話 新入部員
「花山さん?」
戸の隙間から顔を覗かせた女生徒に声を掛けると、ガラと戸を全開にして、嬉々とした表情の少女が部室に入ってきた。
「はい。何を隠そう私です。花山美弥子です」
文化祭のとき色々あって、入部を申し出て来た一年生の女生徒だった。
名前を当ててもらえたのが余ほど嬉しかったのか、花山美弥子はギュッと胸の前で手を握って、キラキラと目を輝かせた。
「予告どおり来たんだね」
「はい。文化祭が終わってすぐに駆け付けたかったのですが、怒り狂った担任に反省文を三日間書かされてまして……そんなわけで、満を持して今日の登場となったわけです」
文化祭の時、この女生徒はクラスの出しものを一切手伝わずに、自由行動を貫いた。
そして、どういう訳かボランティア部の、というか、私と唄子について回って共に行動しようとした結果、担任の先生に見つかり追い回されていた。そして、あれから三日間も反省文を書かされたらしい。
「ハハハ、大変だったみたいだね……」
「全くです。ちょっとクラスの仕事を抜けたくらいで、三日間も反省文を書かされるなんて非道もいい所ですよ。私にばっかり風当たりが強いのっておかしくないですか」
「いや、先生を怒らせたんだし、仕方ないよ」
前から思っていたけれど、彼女は独特の価値観を持っているようだ。
拳を握りしめた前髪ぱっつんの少女は、ここぞと担任に対する不満を熱く語った。
「うわべでは反省しておきましたけど、私の反骨精神は傷一つついてません。余裕で健在だってこと、いつかあのヒステリーな担任に見せつけてやりますよ」
「また怒られるだろうし、やめといたほうがいいと思うよ」
あまり言っても聞きなさそうなので、私はやんわりと窘めるだけにとどめておいた。
反省文を書かされた不満を聞いてもらったことで、取り敢えず気が収まったのか、花山美弥子は鞄から折り畳んだ用紙を取り出した。
「あの、前に言ってましたけど、今日は入部届を持って来ました」
手渡された用紙を開いてみると、ちゃんとした申請用紙に名前が書かれてあった。
「本気で入部を?」
実際に目にしてしまった申請用紙に、私は反射的にそう聞いてしまう。
「はい。先輩たちのいる部活に私も参加したいんです」
「えっと、私たちのいる部活?」
私と唄子は二人揃って少し眉をひそめた。
聞き流してもいいのかも知れないが、何だか引っ掛かる響きだった。
すると、いままで黙って話を聞いていた唄子が、スッと口を開いた。
「私たちがいれば、ボランティア部じゃなくってもいいってこと?」
私は突然人前で声を発した唄子に驚きつつも、花山美弥子の返答に注目した。
少女は唄子が声を発したことを特に気に掛けもせず、いくぶん俯き加減に用意していなかったであろう言葉を探す。
「勿論、奉仕活動をしている先輩たちの姿に感銘を受けて、入部を決めました。それでは駄目ですか?」
「ううん。私たちもきっかけはそんな感じだったし、それはいいんだけど、でも、どうしてそんなに私たちにこだわるのかなって」
唄子の発した質問は、私も聞きたかったことだった。
なぜそこまで、たいしてパッとしない私たちに、この娘はそこまでこだわるのだろうか。
「それは……あの時に見たお二人が本当にかっこ良くって……」
何か入部を希望するに足るきっかけがあったようだ。
そして、花山美弥子は少し前の話を語り始めた。
まだ夏の残り香が消えない九月の放課後、花山美弥子は自転車に乗って丘の上にある学校を出た。
周囲に迎合することを嫌うこの少女は、部活に入っている生徒が多数を占める学校で、敢えて帰宅部を選択し、自由気ままな日々を送っていた。
坂を下り海岸沿いに出ると、午後から降ったにわか雨のせいで、ムッとするようなアスファルトの匂いが通学路に充満していた。
「あーやだ。あんたってこんなに重たかったの?」
昨日充電を忘れたせいで、ただの重たいだけの自転車になってしまった相棒は、普段楽をさせてもらっている分だけやたらとペダルが重く感じられた。
「アイスでも食べて帰ろうかな」
道沿いにある駄菓子屋の前で自転車を停めた美弥子は、いつも決まって食べるソーダ味のアイスを買って、備え付けのベンチでひと息つく。
そうして、冷たいアイスに舌を這わせながら、ぼーっとしていた美弥子は、体操着に身を包んだ少女が二人、大きなビニール袋を持って、並んで歩いているのに気が付いた。
「ん……?」
この時間に体操着。運動部の生徒なら走っているはずだが、二人は何やらキョロキョロしながらゆっくりと歩いていた。
挙動不審な二人を、美弥子はじーっと目を凝らして観察する。
「なに? ゴミ拾ってる?」
半透明なビニール袋に、落ちていたペットボトルを入れているのを目にして、ようやく清掃活動をしていることに気が付いた。
「生徒会? こんな所の清掃までやってんの?」
感心しつつ、アイスを食べきった美弥子は、また重たいペダルに足を掛けて帰路についた。
それからも、美弥子は清掃活動をする二人の少女を帰りに度々見かけるようになった。
そしてある日、生徒集会が行われ、活動報告のため生徒会のメンバーが壇上に上がる機会があった。その顔ぶれの中にあの二人の姿が無かったことで、美弥子は生徒会が清掃活動をしていたのではないことを知ったのだった。
それから数日後、美弥子はまたあの二人の姿を海岸通りで見かけた。
自転車に乗っていた美弥子は、ペダルをこぎながら少女たちの様子を窺う。
そして、美弥子はペダルをこぐ足を止めた。
美弥子の脚を止めさせたもの。それは、悲しげに腕に抱いたものに目を落とす少女の姿だった。
「あれは……」
短い髪の少女が抱いていたのは白い猫だった。
そして恐らく、それは息をしていなかった。
きっと車にはねられて、死んでしまったのだろう。
二人はいつもの清掃活動に出て、変わり果てた猫を見つけたのだ。
その悲し気な姿に美弥子は胸を打たれ、脚を止めたのだった。
二人はそのまま死んでしまった猫を抱いて、学校への坂を上り始めた。
気になった美弥子は自転車の向きを変え、坂を上がっていく二人の後を、少し離れてついて行った。
それから二人の少女は、用具置き場からスコップを出すと校舎裏の隅っこを掘り始めた。
「これぐらいでいいかな」
「うん」
丸く掘った土の中に、少女たちは猫を丁寧に埋葬した。
「次に生まれてくるときは車に気を付けるんだよ」
手を合わせた二人の手は、土で汚れていた。
その姿を覗き見ていた美弥子の胸は、切ないような苦しさで満たされた。
美弥子は静かに黙とうを捧げる二人をしばらく見ていたが、やがてそっと自転車に乗って学校を出たのだった。
ひとしきりエピソードを語った少女は、いきなりパッと私と唄子の手を取った。
「あの時の先輩たちの姿が忘れられなくて、気が付けばお二人のことばかり考えてしまってました。私もうメロメロです!」
何だか愛の告白みたいだ。顔を見合わせた唄子と私からは苦笑しか出てこない。
「その上にあの地震ですよ。避難したグランドから、お二人はあのゴリラの塩田を振り切って校舎へと駆け込み放送室を占拠して、津波の警告を地域住民に呼びかけましたよね」
「放送室の占拠はしてないかな……」
ややテロリストっぽい言われように、私と唄子はさらに渋い顔になる。
そんな私たちを置いてけぼりにして、さらに美弥子の話は熱を帯びていく。
「さらに、さらにですよ。それから二人は、避難所となった体育館で炊き出しのボランティアをし、全校集会で表彰されてたじゃないですか。壇上で表彰状を受け取っているお二人を見て、私は卒倒しかけましたよ」
「卒倒って……」
「それから先輩たちに近づく機会を窺って、文化祭でやっと成就したってわけですよ。念願が叶った私にくだらないクラスの仕事をしろって、ホントあの担任、空気読めってやつですよ」
いつの間にかまた担任の愚痴に戻っている。
まあ、入部の動機は分かったので、後は律子先生に許可をもらうだけだ。
「うん。じゃあ入部届を保健室にいる律子先生に渡しに行こうか」
そして、保健室でコーヒーを飲んでいた律子先生に、花山美弥子が入部届を手渡すと……
「花山か……実は担任の久本先生から入部届を持って現れるだろうから、条件次第で断るようにと言われていてな……」
「え? どうゆう意味ですか?」
「まあ、これを見た方が早いか……」
律子先生は机の引き出しから一枚の用紙を取り出した。
そこにはマジックで、こう書かれてた。
一、勉強しろ
二、クラスを乱すな
三、教師を敬え
「その三つを守ると誓うのなら、入部を認めてやって下さいと、久本先生から言われててな。どうする?」
「なんと卑劣な……」
怒りに肩をわななかせながら、花山美弥子は提案を飲んだのだった。




