第44話 さようならボランティア部
蝉の鳴き声が一層騒がしくなる中、私たちは中学生活最後の夏休みに入った。
そして、とうとう保育園訪問の日がやって来た。
「風ノ巻ー、ファイ!」
「オー!」
最近板について来たミャー子の掛け声で気合を入れ、私たちは保育園の門をくぐる。
職員室に顔を出すと、去年と全く変わらない溌溂とした園長先生が、訪れた私たちを歓迎してくれた。
「みんな今日の上演を心待ちにしていたんですよ。今年もよろしくお願いしますね」
「はい。頑張ります」
やや緊張気味のミャー子と咲子は、二人揃って意気込みを見せた。
今回のイベントは新しい部長と副部長の主導で進めていく。
三年生の私たちは、極力口を出さず体を動かすことに専念するだけだ。
また、今日は瑞希先輩とこの葉先輩はいないけれど、兼部していた康太は夏休み直前に野球部を引退していたので、晴れて今はボランティア部に専念できるようになった。
とは言っても、今回の人形劇を最後に三年生は引退するので、ほんの数日だけだけど。
「なんだか、頼もしくなったね」
エアコンの効いた涼しい教室で、康太は舞台の設営をしながら、ハキハキと打ち合わせをするミャー子に感心したような声を上げる。
私は康太と並んで手を動かしながら、その意見に共感する。
「そうなの。早くも部長って感じになって来たでしょ」
「うん。これでアーちゃんも安心だね」
康太の言うとおりだった。
どちらかと言えば、頼もしくなってきたミャーコより、あまり勉強の進んでいない自分の方がパッとしない感じだ。
唄子も進路を決めたし、私もこれからは自分のことを本気で頑張らないといけない。
でも今だけは、準備してきたこの人形劇に全ての力を注ごう。
そのうちに舞台の設置が終わり、園の子供達が教室に移動してきた。
私たちは舞台裏で独特の緊張感を味わいつつ心を一つにする。
「では皆さん、本番頑張りましょう」
ミャー子の掛け声で私たちは気を引き締める。
そして幕が開き、子供たちの注目を集めながら、私たちの人形劇は始まった。
そして、私はナレーションを読み上げる。
「むかしむかし、とある海辺の村に浦島太郎という若者が住んでいました……」
上演時間は二十分ほど。
順調に進行し、あっという間に終わってしまった人形劇は、子供達からたくさんの拍手をもらって幕を閉じた。
予想はしていたが、劇中に登場した乙姫役の唄子の歌は、子供たちの心を見事に魅了した。下手をすれば、クライマックスの玉手箱を開けるシーンよりも盛り上がっていたかも知れない。
それでもこの葉先輩が用意してくれた小道具の玉手箱は、ドライアイスの煙をモクモクと発生させて子供たちの心をギュッと掴んだ。
私はあらためて受験勉強中の先輩たちに、心の中で感謝を伝えておいた。
緊張と共に臨んだ公演一日目の人形劇は、初参加の咲子が一箇所噛んでしまった以外は、かなり上手くいった感触だった。
上々の滑り出しで初日を終えた私たちは、二日目三日目と、計三つの保育園を訪問して、子供たちの「ありがとう」という声をたくさんお土産にもらい全ての公演を終えたのだった。
「終わったねー」
三日間の奉仕活動を駆け抜けて、私たちは猛暑の中、学校へと戻った。
部室には律子先生が待っていて、珍しく机と椅子を並べて打ち上げの準備をしてくれていた。
「みんな、お疲れ様」
持ち帰った大道具、小道具の片づけを終えて、私たちボランティア部は良く冷えたジュースで乾杯し、至福の時を迎える。
全力を出してやり切った時のこの爽快感は、他では得難い最高のご褒美だ。
「フーッ、日本で一番うまいコーラだわー」
「ホントねー、これ以上は無いよねー」
私と唄子は喉に痛い炭酸飲料をグビグビ喉へと流し込み、共感しあう。
そんな私たちの隣で、甘いものが苦手な康太は、良く冷えたウーロン茶で喉の渇きを癒す。
「ふー、やっと落ち着いた」
康太の顔にも私たちと同じく、達成感の様なものが見て取れた。
三日間亀役を演じた少年は、野球の試合の時とはまた違う爽快感を味わっているようだった。
「お疲れ様、コータ」
「うん。アーちゃんもね」
それから約三十分程度、私たちは今回の人形劇の総括をして、そのあと一時間ほど、三年生を中心に、これまで行ってきたボランティア活動をお菓子を摘まみながら振り返った。
その間ずっと、ミャー子はとにかく積極的で、私たちにべったりだった。
「彩夏先輩、唄子先輩、この機会に知られざる武勇伝を聞かせて下さい」
「ごめん。そんな感じのは無いかなー」
ミャー子の言う武勇伝の様なものは私には無い。
ある日、律子先生に奉仕活動に誘われ、瑞希先輩とこの葉先輩と出会って、唄子に手を引かれるまま私はボランティア部の部長になった。
それから行き掛りで幼馴染の康太がボランティア部のメンバーとなり、さらに園芸部とのコラボを経て活動域を広げていき、予想もしていなかった後輩も出来た。
いつの間にか仲間がこんなに増えて、思い出もたくさん出来てしまったことには素直に驚きだ。
思い返せば、本当に私は成り行き任せの部長だったけれど、それなりにはやり切ったと思う。
それは私の傍にいつも唄子がいてくれたから。
私がこうしているのは、今も髪の毛で繋がっている唄子という特別な存在に出会ったからに他ならない。
「じゃあここで、三人にスピーチをお願いしようかしら」
律子先生に促され、私たち三年生は順番に短い挨拶をしていった。
康太、唄子、そして自分の順番が回ってきて、私は席を立った。
「皆さん今日はお疲れさまでした。そして今日までありがとうございました。唄子と共に立ち上げたボランティアサークルは、いつの間にか新しい仲間も加わってこんなに成長し、本当に逞しくなりました。今回の人形劇の成功を喜ぶとともに、私は人の出会いというものの不思議さを今痛感しています」
自分で言ってしまって、何だか胸がいっぱいになってしまった。
一度言葉を区切って、私はそのあとを続ける。
「始まりがあれば終わりもある。それが今日だということに胸が痛みますが、それよりも……」
前を向いていた私は、隣の席に着いている唄子に視線を向けた。
「一つのことを同じ思いでやり遂げられたことを今ここにいるみんなで喜び合いたいと思っています。私たちの第一章は今日で終わりますが、きっとまた第二章が始まる。いえ、必ず私は始めます」
唄子が顔を上げて私を見つめている。
新しい別々の舞台であったとしても、私と同じように、必ず唄子も第二章を始めるのだ。
「みんなの健闘を祈ります。という私が一番頑張んないとですが……ご清聴ありがとうございました」
最後にちょっと笑いを取ってスピーチを終えると、ミャー子がスッと立ち上がった。
「では先輩たちの健闘を祈って、風ノ巻ー、ファイ!」
「オー!」
こうして、私たちは三人とも、自分たちの胸にあるものをこの部室に残した。
やがて程なくして、部活終了の予鈴が校内に流れる。
「先輩、集合写真撮りませんか」
ミャー子は鞄からスマホを出して私たちを誘う。
「うん」
ミャー子は用意していたスタンドにスマホをセットしてシャッターボタンを押す。
そして、最初から決めていたのか、タイマー音が鳴っている間に、ミャー子は私と唄子の間に割り込んできた。
「みんな笑って!」
パシャ
また一枚、私たちのアルバムに思い出深い写真が増えた。
この部室で、こうしてボランティア部のメンバーで五人集まることはもう無いのかも知れない。
ふと襲ってきた寂寥に、私の胸はまた少し痛くなる。
「先輩がた、ボランティア部卒業おめでとうございます」
目頭を赤くしながら、ミャー子は明るく私たちを送りだしてくれた。
きっとミャー子と咲子なら、もっともっとこの部を良くしてくれる。
「ありがとう。あとは二人に託したからね」
こうして、立ち去り難い思い出をいっぱい残して、私たち三年生はボランティア部を卒業した。




