第39話 不審者の正体
一連の大捕り物のあと、見事不審者を捕まえた野球部のもとへ駆けつけた私たちは、坊主頭に取り囲まれた男と対峙していた。
「さあ、観念しなさい。まずは眼鏡とマスクを外してもらいましょうか」
あまり貫禄は無いものの、ミャー子はアイス片手に凄んで見せた。
もう逃げられないと観念したようで、不審者は大きく肩で息をしながらパーカーのフードを上げた。
白髪交じりの頭だ。少女趣味の変態か?
あまり顔を合わせたくないと思いつつ、私は男が眼鏡を外すのを見ていた。
「彩夏」
いきなり私の腕をとって、唄子は耳元に口を寄せてきた。
何だか慌てているような様子だ。
「どうしたの? 唄子」
「あの、あのね、多分あれ、私のお父さんだ」
「!」
以前に唄子の父を見たのはモニター越しだったが、確かに白髪交じりだった。
あまり良く覚えていないが、眼鏡を外した時点で唄子には分かったのだろう。
マズい。これは相当マズいことになった。
私は息を整えながら、必死でこの場を乗り切る突破口を探した。
「はい! お疲れさまでした!」
私はパンパンと拍子を二回打って、その場にいた全員を注目させた。
「えー、この度、我がボランティア部の訓練にお付き合い頂き、まことにありがとうございました。これにて不審者対処に関する非常時想定訓練を終わります」
「え? なに? どゆことですか?」
坊主頭の面々と、ミャー子と咲子は呆気に取られている。
私は康太を手招きし、野球部には聞こえないよう手短にボランティア部にだけ事情を説明した。
「あれは唄子のお父さんよ」
「は!」
衝撃の事実を聞いて、ミャー子は思わず手に持っていたアイスを握りしめた。多分今度こそもう食べられないだろう。
それから康太に口添えをしてもらい野球部を解散させ、なんとかその場を収めた私たちは、唄子の父を連れて学校へと戻った。
部室に入って戸を閉めると、唄子はミャー子たちに向かって深々と頭を下げた。
「本当にごめんなさい」
娘に倣って父も深々と頭を下げる。そして唄子の隣にいた私も一緒に頭を下げておいた。
そして唄子は父親に向き直る。
「何してるのよ!」
あまり普段は見せない剣幕で唄子が大きな声を上げると、父親はずっと着けていたマスクを外した。
マスクを取ったその顔は、やはりモニター越しに対面した唄子の父だった。
「すまん。普段の唄子の様子を見てみたくて」
そういうことか。
事情は呑み込めたが、唄子は納得できないと腹立たしさを露わにする。
「なんで逃げ出したりしたのよ!」
「いや、すごい剣幕であの子が走って来たもんだから反射的に……」
ミャー子は困った顔でへへへと頭を搔いた。
「ミャー子のせいにしないで、今回のことは全部お父さんのせいだからね!」
「仰るとおりです……」
娘に糾弾され父親が小さくなっていると、部室の戸が開いて律子先生が入って来た。
「あら、この前はお忙しい中、どうもありがとうございました」
ここにこうして唄子の父がいることに理解は出来ていない様子だが、そこは大人らしく律子先生は丁寧にお辞儀をした。
「ああ、先生、その節はどうも」
それから私の方からこうなったいきさつを話すと、律子先生はあからさまに笑いをこらえつつ、唄子の父に隣の保健室で話をしましょうと申し出た。
「山田君、花山さん、園田さん、君たちはもう下校しなさい。私は少し鳴瀬さんのご父兄と話があるから」
「え? 彩夏先輩は?」
ミャー子が率直に尋ねると、律子先生はサラッと誤魔化した。
「進路のことを相談するの。志藤さんは同じ高校を希望だから一緒にカウンセリングをするってわけ」
「なーんだ、そういうことですか」
特に何の疑念も抱かず、ミャー子たちは下校していった。
保健室へと移動した私たちは、勧められるまま父親と向き合う形でテーブルに着いた。
律子先生は長方形のテーブルのやや狭い側面に、自分の椅子を移動させた。
「珈琲でいいですか」
「あ、はい。頂きます」
芳醇な香りを漂わせる白いカップに、父親はやや居心地悪気に口をつける。
「落ち着きましたか?」
「はい。まあ何とか」
律子先生は口元に余裕のある笑みを浮かべながら、同じようにカップに口をつけた。
前回のモニター越しの会見とは異なり、今日は明らかに律子先生がマウントを取っていた。
「それにしても災難でしたね。わが校の女子の中でもとりわけ俊足な花山さんに追いかけられるとは」
「はい。まったくです」
その返答に唄子はムッとした顔で口を尖らす。
「お父さんが悪いんじゃない」
「すまん……」
「彩夏にも言うことがあるんじゃないの?」
「ああ、そうだったな……」
父親は小さくなったまま、対面する私に頭を下げた。
「君が機転を利かしてくれなければ、あの少年たちの前で大恥をかいていたところだった。本当にありがとう。それと、申し訳なかった」
「いえいえいえ、気にしないで下さい。まあこっちも勘違いしちゃったわけですし」
責められっぱなしの父親がなんだか気の毒になって来た。
唄子はブスッとした表情のまま、向かい合う父親に目を向けている。
「それで、娘さんの普段の様子はご覧になられましたか?」
ここで本題へ入った律子先生は、静かに父親の反応を窺う。
私と唄子が注目する中、父親は少し力の抜けたような声を出した。
「仰っていたとおりでした。唄子は普通の中学生と同じ学生生活を送っておりました」
「その目で見て、聴いて、納得できたみたいですね」
「ええ、奇跡としか言いようがありませんが、娘の言っていたとおり、ハンデが克服できているみたいです。今こうして娘に叱られて、実感しました」
「そうですか。それは何よりですわ」
久しぶりの娘との対面はかなり恥ずかしいものになってしまったけれど、こうして理解してもらえたのは良かった。
ここまでのことを前置きとして、律子先生は一番大事な話に入った。
「それでは、このまえ回答を頂けなかった進路についての話を再開しましょう。どうですか、娘さんが希望するならこちらで進学するということを、考える余地はございますか?」
切り込んだ質問に、父親は俯いてしばらく目を瞑った。
そして、しばらくしてからようやく口を開いた。
「娘には……音楽をやらせてあげたい……」
顔を上げた父親は、その胸にあるものを熱く語り始めた。
「あのクリスマスキャロル、先生が送ってくれたあの歌声を私は何度も聴きました。私は声楽で飯を食っている人間です。娘が稀有な才能の持ち主であることは間違いありません。出来ることなら最高の環境で娘の才能を最大限まで引き出してやりたいんです」
「音楽学校へ入れたいと」
「はい。私はそう望みます」
そして、律子先生は父親の真剣さに真っ向に向き合う。
「お父様の希望は分かりました。でも、彼女がハンデを克服できるのは志藤さんと二人の時だけですよ。それはお判りでしょう」
「はい。ですが、唄子の才能を私は諦められない。あの歌声を聴いてしまったから……」
その声色には、期待や葛藤、その他色々なものが混ざっているようだった。
そして最後に、父親は娘の眼を真っすぐに見て、一つの質問をした。
「唄子、おまえも音楽をやりたいって思ってるんじゃないのかい?」
テーブルの下で繋いでいた手が僅かに動いた。
それは唄子の心が動いたということだと、私はその時感じたのだった。




