第38話 追いかける少女たち
「ところでなんだけど」
六月の眠たげな空の下、駄菓子屋の店先でアイスを齧りながら、唄子が口火を切った。
「夏の人形劇、配役はどうする?」
「それよねー」
学校からほど近い駄菓子屋で、私と唄子とミャー子は時々こうして部活帰りに買い食いをして帰る。
今日はもう一人、一年生の咲子を誘って、四人でアイスを齧っていた。
「ねえ、ミャー子、人形は順調に出来てきたし、配役もそろそろじゃない?」
私が意見を求めると、部長となったミャー子は口の中にあったアイスを急いで飲み込んだ。
「えっと、そうですよね。配役決めないとですね」
唄子が言うように、人形劇の準備は予定通り進んでいた。
今回の人形劇はミャー子が部長を引き継いで初めての大きな奉仕活動となる。
部長は退いたものの、最近の私は経験値の少ないミャー子の補佐役として動くよう心掛けており、それは今のところ上手く行っていた。
ミャー子は僅かに残ったアイスをパクリと食べ終えて姿勢を正した。
「ではここで決めてしまいましょう。まずは自分がやりたい配役を言って行ってください」
今年の人形劇は浦島太郎。瑞希先輩とこの葉先輩が風ノ巻中に在学中、一度上演した演目だ。
今回この演目を選んだのには二つの理由があった。
一つは配役の人数が少なくて済むことと、もう一つは、先輩たちが以前制作した小道具を生かせることだった。
受験勉強で奉仕活動に一区切りをつけた先輩たちと同じように、私も勉強はしなければいけない。
もし、第一志望の松ノ浜に落ちてしまったら遠い私立の高校に通わなければならないし、第一、先輩と約束したボランティアサークルを松ノ浜で引き継げなくなる。
唄子の進路については今だ宙ぶらりんのままだったが、以上の理由から、メインで準備をするのがミャー子と咲子の二人になってしまったので、出来るだけ負担の無い演目に決めたのだった。
「あのーミャー子先輩、山田先輩がいないけどいいんですか?」
おずおずと手を挙げた咲子は、私も少し気になっていたことを先に聞いてくれた。
「山田先輩は亀に決定です。それしか無いでしょ」
言われてみれば確かにそうだった。でも、ここにいない人の配役を勝手に決めてしまうのはなんだか悪い気がする。
すると、唄子も同じことを思ったのか、私よりも先に意見を出してくれた。
「さっき野球部も終わりかけてたみたいだし、ここでもうちょっと待ってたら合流できるでしょう。それからみんなで決めない?」
「そうですね。さすが唄子先輩。では私はアイスのお代わりをしましょうかね」
一つ目のアイスを完食したミャー子は、店の中に次のアイスを物色しに行った。
それから三人で康太の話で適当に盛り上がっていると、突然咲子がやや声のトーンを落とした。
「あの、さっきからずっとこっちを見ている人がいるんですけど」
「えっ、どこ?」
「あの電柱の陰です。ほら黒いパーカーに何だか取って付けたような眼鏡とマスクの奴がいるでしょ」
「ホントだ。めっちゃ怪しいのがいるわ」
咲子の言うとおり、どこからどう見ても怪しいのが、約三十メートル程離れた電柱の陰からこちらを窺っていた。
唄子と私は確認をしてから、どうしようかと相談し始めた。
「どうする唄子、警察に通報する?」
「いや待って、確かに滅茶苦茶怪しいけど、まだ何もしてないし、早まってはいけない気がする」
しばらく私と唄子が躊躇っていると、咲子がいきなり名案を捻り出した。
「学校に電話したらどうでしょう」
「そうね。それがいいわ」
そして私が鞄からスマホを出したタイミングで、アイスの袋を片手にミャー子が戻ってきた。
「どうしたんですか? 三人とも神妙な顔して」
「あっ、ミャー子先輩、聞いてくださいよ」
咲子が事のあらましを簡単に説明すると、いきなりミャー子はアイス片手に不審者に向かって駆け出した。
私たちはその反応の速さに、一瞬呆気に取られてしまう。
「そこの不審者!」
良く通る声をさらに張り上げて、ミャー子は突進していった。
県道を斜めに突っ切って来たミャー子の勢いに気圧されたのか、マスクの不審者は、ミャー子に背を向けて駆け出した。
「こら待てー!」
いつも久本先生に追いかけられているその俊足で、ミャー子は不審者に追い縋る。
だが、追いついてしまって反撃でもされたら大変だ。多分ミャー子はそんな細かい所まで考えていなさそうだから、ここは嫌でも私たちが加勢するしかない。
いきなり実力行使に出たミャー子を私たちは慌てて追いかける羽目になった。
「こらー! 待てーい!」
待てと言われて待つ犯人はいない。それが刑事ドラマの鉄則であるが、今この情況はまさにそれだった。
不審者は女子中学生四人に追われて、いま死に物狂いで逃走していた。
そして、先頭を走るミャー子と不審者との距離は少しずつ縮まっていく。
「そりゃー!」
髪を振り乱して走るミャー子が、いきなり右手に掴んでいたアイスを、不審者めがけて投げつけた。
袋に入ったままのアイスは回転しながら見事不審者の後頭部に命中し、それを目にした私たちは、走りながら「ホー」と感心してしまう。
キンキンに凍ったアイスの角を頭に受けても、当然不審者は足を緩めることはない。
そして、そのあとを追っていたミャー子は、一旦立ち止まってさっき投げつけたアイスを拾った。
ボランティア部の部長としてポイ捨てはいけないと思ったのだろうか。いや、そうではなく多分勿体ないと思ったのだろう。
そのお陰で少し縮まっていた距離が確実にまた開いた。
私たち三人は先頭を走っていたミャー子に追いつき、そのまま不審者を追いかける。
「ミャー子、やっぱり捕まえないといけない?」
「勿論です。必ず正体を暴いてやりますよ」
あまりいい案とは思えないが、逃げ出したとなると相手は本物の不審者なのだろう。
ここで見逃せば、もしかすると他の女生徒が事件に巻き込まれたりするかもしれない。
ミャー子の勢いに引っ張られるように、私も覚悟を決めた。
「助けてーっ!」
私は走りながら大声を上げた。
こうすれば誰かが助けを呼ぶ声を聞きつけて駆け付けてくれるかも知れない。
その意図を察したミャー子と咲子が、私に倣って悲鳴に似た声を上げる。
「キャー!」
「誰か助けてー!」
駆け出した時に髪の毛を放したせいで、残念ながら唄子は声を上げられない。
それでも、どうやら私たちの意図は誰かに届いたみたいだ。
逃走する不審者の前方を、県道に走り出てきた坊主頭の集団が塞いだ。
練習を終えた野球部の生徒たちが、私たちの叫びを聞いて、校門からの坂道を駆け下りてきたのだ。
そして、その中には私の見知った坊主頭もいた。
「コータ! そいつを捕まえて!」
私の言葉を合図に、坊主頭たちが一斉に不審者に群がる。
こうして私が初めて体験した大捕物は幕を閉じたのだった。




