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第34話 父親との面談

 今日は部活が無い。

 と言うより、私的な問題を解決するため急遽休みにした。

 放課後の保健室で、私と唄子は律子先生の淹れてくれた珈琲をすすりつつ、先生の私物であるノートPCの画面をじっと見つめていた。


「本当に大丈夫なんでしょうか」


 唄子はやや不安そうな顔を律子先生に向ける。


「多分ね。まあ、じっくり待ちましょう」


 先日、唄子から聞かされた父親の話に、律子先生はある解決策を提案してきた。

 流石大人だという巧妙さで練り上げた律子先生の計画はこういうものだった。

 まず、唄子の携帯からメールを送り、部活の顧問である律子先生から学校からの近況報告という形で、唄子の父親にメールできるようにした。

 そして、律子先生の方から唄子の父親に、日頃行っているボランティア部の活動を映像付きで報告したのだ。

 映像には唄子が声を発している映像をふんだんに盛り込み、信憑性を増すために、あのテレビ局の取材映像も入れておいた。

 その映像を見た唄子の父はすぐさま律子先生にメールを寄こし、いったいどうなっているのかと尋ねてきた。

 餌に食いついた父親に、律子先生は見てのとおりですと返信し、さらにパソコンによる会議アプリを使った、いわゆるテレビ電話で、学校での唄子の様子を見せましょうとかと提案したのだった。

 そして時差7時間のストックホルムと、律子先生のノートPCは繋がったのだった。


「入ってきたわ。準備はいい?」

「はい!」


 律子先生は一つ頷くと、マウスを操作して画面を開いた。

 すると、口元に髭を結わえた少し白髪交じりの男が画面に現れた。

 その姿は、私が想像していたよりも結構歳を食っていた。


 久しぶりだね。元気だったかい?


 頑固そうな顔つきだった父親の顔は、娘の顔を見るなり柔和な表情に変わり、ぎこちない手話でそう伝えてきた。

 この様子では、まだ唄子が声を発することが出来るのを信じていないようだ。

 唄子はスッと息を吸い込む。


「うん。元気だよ。お父さんは?」


 画面越しとはいえリアルタイムで帰って来た娘の声に、父親は言葉もなく、その驚きを顔全体で表現する。


「そう驚かないで、お母さんも前から言ってたでしょ」


 淡々した唄子と父親の差が半端ない。面白くって私は声を出して笑いそうになる。


「まさか、いやそんな筈は……本当に耳が聴こえているのか」

「うん。今はね。条件はあるけど、私は聴覚を取り戻したんだ」


 それから娘と父親の会話はしばらく続いた。

 モニター越しではあるが、お互いに初めて声を聞き話をした父娘は、尽きることのない会話を楽しんだ。


「私がこうして話を出来るのはここにいる友達がいるお陰なの。彩夏、画面に映るよう私にくっついて」

「えっと、お邪魔します」


 私は遠慮がちに席に着くと、取り敢えず自己紹介をしておいた。


「唄子さんと同じクラスの志藤彩夏と言います。一緒にボランティア部を立ち上げて活動してます。もうご覧になられましたよね」

「ええ、拝見しました。ハンデを克服するためにいつも二人でいるんですね」


 そのニュアンスには少し違和感を感じた。

 私の感じたことを同じように感じたのか、唄子はすぐに口を開いた。


「私と彩夏は友達なの。それだけよ」


 ちょっとムッとした感じ。先に言いたいことを言ってくれた唄子に、私は心の中でグッと親指を立てた。

 すると、そこへ律子先生が割って入ってきた。


「今日ここへ招待したのは、娘さんの様子を見てもらうためと、もう一つ、進路のことでお話をしたかったからです。私は担任ではありませんが、今日は代理として話をさせてもらいます。それで、唄子さんから聞きましたが、高校への進学はスウェーデンで考えておられると」

「ええ、そのつもりです」


 唄子の言っていたとおりだ。

 律子先生はどこか余所行きの様な雰囲気で、モニター越しの面談を進める。


「いまご覧になったように、ここで唄子さんは友達に恵まれ、とても良い時間を過ごせています。ハンデのことを考えてそちらの高校に進学を決めたのなら、この情況を鑑みて、選択肢の幅を広げられては如何でしょうか」

「つまり、日本で進学をするべきだと」


 父親の表情が僅かに険しいものになる。

 娘には甘そうだが、普段はかなり気難しい人みたいだ。


「私個人の意見なのでどう受け取られるかは自由ですが、いま彼女は友人と共に特別な経験をし、日々成長を続けています。ハンデを超える力うんぬんを差し引いたとしても、娘さんの貴重な青春時代を費やす価値は有るのではないでしょうか」

「……」


 画面の中で唄子の父は黙り込んでしまった。

 そのまましばらく私たちは、眉間に皺を寄せた男の顔をじっと見続けた。


「……先生の仰っていることは分かりました……全てを踏まえて私も少し考えさせてもらいます」


 僅かな希望が見えてきた。

 ようやく帰ってきた返事に、私と唄子はホッとした表情を見せ合う。

 やがて父親はかなり難しい顔でまた口を開いた。


「ですが、私も娘と暮らす準備を進めている手前、簡単には今の路線を変更できません。ですので……」


 ほんの少し間を置いてから、唄子の父はその先を続けた。


「早急に時間を取って一度帰国します。それから直接対面したうえで、進路のことを決めさせてもらいます。それで宜しいでしょうか」

「そうですか。ではよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 モニターによる面談が終わり、私たちはようやく姿勢を崩した。


「お父さん、帰って来るみたいだね」

「うん」


 これで唄子の進路が決まる。

 カラフルな相棒はなんだか複雑な顔をしていた。

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