第33話 それぞれの進路
体育大会が明けて数日後、通常運転に戻った私たちボランティア部は、放課後の部室に集まって、今週末に行われる海岸掃除の打ち合わせを行っていた。
「康太は野球の練習試合があるから参加できないけど、他のみんなは大丈夫だよね」
「もっちろんです」
ミャー子が真っ先に手を挙げると、唄子と新入部員の咲子もそれに続いた。
「当日は体操着で学校に集合ね。律子先生が清掃場所まで車で送ってくれるから」
そこへ咲子が遠慮がちに手を挙げた。
「あのー、お昼ご飯はどうするんですか? 必要なら用意しますけど」
「ああ、それね」
新入部員の彼女にとって今回の海岸清掃は、初の本格的な奉仕活動になる。
色々と気になることがありそうに見えたので、そこはちゃんと補足しておいた。
「当日は地域のボランティアの人たちと合同で清掃を行います。昼食と飲み物はあちらが用意してくれるので、手ぶらでいいです」
すると再びミャー子が手を挙げた。
「ハイ!」
「はい、花山さん」
「おやつは要りますか!」
ミャー子はやたらと楽しそうだ。多分ピクニックに行く感覚なのだろう。
「それは適当に。でも食べ散らかしてゴミを作らないでね」
「ハハハ、そんなことしませんよ。それより、海岸清掃ってことは、シーグラスを拾えるってことですか」
鞄に付けたシーグラスのストラップを指で触りながら、ミャー子はそう尋ねてきた。
「まあそれは清掃のオマケみたいなもんだけど、ミャー子の言うとおり、シーグラスは結構見つかると思うよ」
「じゃあ、文化祭に向けて、この機会にたくさん仕入れときましょうよ。あ、そうだ先輩。サッ子の分も」
「うん。勿論よ」
昨年の文化祭で私たちはシーグラスで手作りのストラップを作り、販売した。そして、ボランティア部は全員、シーグラスで作った自分用のストラップを持っている。
今回の奉仕活動で、咲子にも気に入ったシーグラスのストラップを作ってあげるつもりだった。
「ところで咲子ちゃん、今ミャー子がサッ子って呼んでたけど、それでいいの?」
「はい。家でもそう呼ばれてますし、ミャー子先輩には私の方からそう呼んでくださいって言いました。先輩方もそう呼んでください」
「そっか、じゃあ私たちもそう呼ばせてもらうね」
あの野外ステージの件で、ミャー子と咲子は二人で組むことが多かったため、いつの間にか仲良くなっていたようだ。結構忙しかったけれど、二人に何らかの絆が出来たのだとしたら、それは喜ばしいことだった。
それから和やかに海岸清掃の打ち合わせをしてから、私たちは今日の部活を終えた。
部室の鍵を返そうと保健室に入ると、そこにはいつものように白衣を纏った律子先生がいて、優雅な物腰でコーヒーカップに口をつけていた。
「部活終わりました」
「お疲れ様。ねえ二人とも、すこしいいかしら」
何か話があるようだ。私と唄子はミャー子たちに先に帰ってもらい、律子先生とテーブルを挟んで向き合った。
「今度の海岸掃除なんだけど……」
一度言葉を区切ってから、律子先生は何だか少し言い出しにくそうにその先を続けた。
「瑞希ちゃんとこの葉ちゃんね、今度の海岸清掃をもってボランティアサークルを引退すると言ってきたの」
「先輩たちが、引退……」
私と唄子は言葉を失ってしまった。
いつかこのような日が来る。当たり前のことを聞かされただけなのに、私は感情を噴出させてしまった。
「引退って、もう先輩たちと活動できないってことですか?」
「そうなるかもね。彼女たちには受験があるから」
そんなことはない。そう言って否定して欲しかった。
いつしか私は、この何気ない日常が継続していくことを、こんなに強く望んでいたんだ。
「野外ステージの手伝いに一度も彼女たちが来れなかったのは、そう言う理由もあったから。本当は夏の保育園訪問までやりたかったらしいんだけどね」
「そうですか……」
私と同じように隣の唄子も肩を落としていた。
その時が来るのを知っていながらも心の準備が出来ていなかったのは、彼女も同じだったようだ。
「まあそう気を落とさないで。大学に入ったらまたボランティアサークルを立ち上げるって意気込んでたし、また一緒にやれるわよ。それより……」
律子先生は何時になく真剣な眼差しを私たちに向けてきた。
「あなたたちも受験生よね。進路のことは考えているの?」
その質問に、唄子の表情が強張った。
律子先生は私たちの表情を窺いつつ、まずは私の進路について訊いて来た。
「志藤さんは瑞希ちゃんたちの進学した松ノ浜高だって前に言ってたわよね。変わりはない?」
「はい。先輩たちとは入れ違いになりますけど、私は松ノ浜が第一志望です」
「そう。じゃあ、鳴瀬さんは?」
律子先生の前で唄子は俯く。
ずっと前に唄子から聞かされていた進路は、海外の高校だった。
「以前、福祉関係の先進国であるスウェーデンの高校に進学するとお母様から聞かされていたけど、その方向性は変わらないの?」
唄子は躊躇いを浮かべつつ、やっと口を開いた。
「はい。今のところは……」
以前唄子はそのことで母親と喧嘩をして家を飛び出してきたことがあった。
あれから私たちのことを正直に話し、母親は唄子と私が一緒にいることが理想的であることを認めてくれていた。
「ねえ唄子、まだお母さんはあんたを海外の高校に行かせたいって思ってるの?」
私の問いかけに唄子は大きく首を横に振った。
「お母さんは私の耳が聴こえるのを喜んでくれてる。でもお父さんが……」
「お父さん? スウェーデンの?」
「うん。お母さんは私のためにならないって反対してくれたんだけど、お父さんはもう私を迎え入れる準備をしていて……」
唄子の両親は離婚していて、唄子が中学を卒業した時点で父親のもとに引き取られることは、もともと決まっていた。
「ねえ、私と一緒なら唄子は耳が聞こえて歌だって歌えるってお父さんは知ってるの?」
「それはメールで伝えた。でも、馬鹿馬鹿しいと相手にしてくれなかった」
「なによそれ!」
頭に一気に血が上り、私は鼻息荒くその場で立ち上がった。
「娘の言うことを信じないなんておかしいじゃない。ここへ連れてきなさいよ!」
「いや、海外だし無理だって」
「じゃあ、今すぐ電話して声を聞かせてやりなさいよ。きっと腰を抜かすわ」
すると頭に血が上った私を横目に、律子先生は席を立ってカップボードからコーヒーカップを二つ取り出した。
「二人とも、コーヒーでいい?」
私たちが頷くと、律子先生は香り高い珈琲を二つ、淹れてくれた。
「電話じゃ駄目。そもそも鳴瀬さんの声をお父様は聞いたことが無いでしょ」
「あ、そうか」
私がうっかりに気付くと、律子先生は可笑しそうに口元に手を当てた。
「じゃあ、作戦会議をしましょう。頑固おやじに耳が聴こえていることを証明するために」
きっと何か策がある。ニタリと口元を吊り上げた律子先生の顔に、私はそう感じたのだった。




