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第32話 野外ステージ

 あっという間の体育大会が終わった。

 部活対抗リレーで文科系部活一位を獲得した私たちボランティア部は、閉会式を終えてすぐに出来立ての野外ステージへと移動し、お披露目会の準備にかかった。


「さあ、これからが本番だね」


 予定通りゴールデンウィーク明けに完成した野外ステージは、園芸部とボランティア部によって綺麗に彩られ、来校したお客さん達が訪れるのを待っていた。

 トップバッターで演奏する吹奏楽部が音合わせをする中、私は唄子と共に、唄子の母、鳴瀬清美のもとへ向かった。


「すみません。ご無理を言って来てもらって」


 私が挨拶をすると、唄子の母はニコリと笑った。


「いいのよ。私の方こそ文化会館の時にお世話になったし。それに、私の伴奏で唄子が歌える機会なんてあまり無いだろうから」

「そう言えばそうですよね」


 文化会館のコンサートの時は、私と唄子はゲストという形で出演した。

 母の伴奏で娘が歌うには、こういった形で合唱するのが好都合で、かつ自然だった。


「それとすみません。電子ピアノになってしまって。音楽室のピアノは重すぎて」

「いいのよ。どんなピアノでも。あなたたちの歌が生きるようしっかり弾かせてもらうわ」


 それからしばらくして、吹奏楽部の準備が整ったようで、そろそろお客さんを入れますと先生が言ってきた。


「唄子、お母さん頑張って弾くから、あなたもしっかりね」

「うん」


 野外ステージの前に人が集まりだした。

 前の方には父兄が並び、その後ろに生徒たちが列を作っていく。

 案内係は運動部の生徒たちがしてくれるので、私たちは舞台のそでから吹奏楽部の演奏を聞かせてもらうことになっていた。


「あれ?」


 一番後ろの列に車椅子の人がいる。

 そして、その後ろには車椅子を押して来たであろう大柄な男の人の姿があった。

 少し遠かったけれど、私はその二人に見覚えがあった。


「唄子、あれ、あれ」

「なによ……あっ!」


 私が指さすと、小さく唄子は吃驚したような声を上げた。


「あれって施設訪問に行ったときにいたおばあちゃんと息子さんだよね」

「うん。間違いない。そうか来てくれたんだ」


 どうやら唄子が案内を出していた感じだ。

 そのことについて尋ねると、唄子はこうなった経緯を話してくれた。


「あれ以来おばあちゃんとは仲良くなっちゃって、時々連絡し合ってたの。今度野外ステージが出来てお披露目会をするってメールしたから、それで来てくれたんだわ」

「なるほどね。合点がいったわ」


 ステージが終わったら挨拶しに行こうと話しているうちに、生徒会長が壇上に上がった。


「皆様この度はお忙しい中、風ノ巻中学体育大会に起こし下さりありがとうございました。この度我が中学では、さらに地域の皆さまに親しみを持って頂けるよう、文化祭などの行事に使用できる野外ステージを新たに設置いたしました。これより、ステージ完成記念としまして、吹奏楽部とコーラス部、そしてこのステージを立案、装飾した園芸部とボランティア部による、ミニコンサートを開催させて頂きます」


 大きな拍手が湧き、生徒会長は一礼すると、壇上のピアニストの紹介をした。


「そして今回のステージには、プロのピアニスト鳴瀬清美さんがお越しくださいました。皆様もう一度盛大な拍手をお願いします」


 再び大きな拍手の湧いた観客に、唄子の母、鳴瀬清美は深々と頭を下げたあと、ピアノの前に座った。

 吹奏楽部の指揮者が一礼して指揮棒を掲げる。

 観客はいったん静かになり、指揮棒がスゥッと動き出した。

 ピアノの音が旋律を奏で始める。

 曲は「風の通り道」。

 観覧に来た子供達でも楽しめるよう、アニメ映画で馴染みのある曲を吹奏楽部は選んだのだ。

 繊細なピアノと、吹奏楽部による管楽器の競演。

 舞台のそでにいた私たちもその美しい演奏に聴き入ってしまった。

 正確でそれでいて情熱的なピアノに、管楽器が引っ張られている。そんな印象を私は受けた。

 たった一度した音合わせが出来なかったと聞いていたが、本当に素晴らしい演奏だった。

 そして、演奏はあっという間に終わってしまった。

 盛大な拍手に包まれて、吹奏楽部は舞台を降りていく。

 今度は私たちの番だ。


「行くよ、みんな」


 ボランティア部の五人と園芸部の三人。そしてコーラス部の八人という十六人編成で、私たちは壇上へと上がる。

 最後まで嫌がっていた清子も無理やり舞台へと引きずり出し、ボランティア部と園芸部は前列、コーラス部は後列に並んだ。


「さあ、みんな」


 私は手を伸ばす。

 みんなで手を繋いで歌おうと予め決めていたのだ。

 私は唄子と清子の手を握って、大勢の観客と向き合う。


「それでは園芸部、ボランティア部、コーラス部による合唱をお聴きください」


 生徒会長の案内のあと、ピアノの伴奏が始まった。

 合唱曲は「君をのせて」。この曲も子供たちが楽しめるようにアニメ映画の主題歌を選曲した。

 滑らかなピアノの前奏のあと、唄子がスッと息を吸い込む音が聴こえてきた。


 あの地平線 輝くのは

 どこかで君を 隠しているから

 たくさんの灯が 懐かしいのは

 あのどれか一つに 君がいるから


 いきなり大きく広がった唄子の声に、観客の視線が集中する。

 その美しい歌声の魅力に、誰もが一瞬で惹きつけられていた。


 さあ出掛けよう 一切れのパン

 ナイフ ランプ 鞄に詰め込んで


 穏やかだったピアノが、ここで熱を帯び始める。


 父さんが残した 熱い想い

 母さんがくれた あの眼差し


 一緒に歌っている私がぞくぞくするほどの歌声。

 唄子はまさにこの合唱の主役だった。

 きっと唄子は嬉しいんだ。

 お母さんとこうして同じ舞台で好きな歌を歌えて。

 どんな顔をして歌っているのかな。

 少し見てみたいという欲求に負けないよう、私も声を出す。


 地球は周る 君を隠して

 輝く瞳 煌めく灯

 地球は周る 君をのせて

 いつかきっと出会う 僕らをのせて


 この日のためにコーラス部と練習した曲。

 私たちがここにいることをみんなに知ってもらいたい。

 清子がそう願い、そんな気持ちに私も共感した。

 園芸部が丹精込めて育てた花壇に彩られたこの舞台は、今この歌声と共に人々の注目を集めている。

 いま清子はどんな顔をしているのだろう。

 ピアノの伴奏と共に、合唱はクライマックスへとさしかかる。


 地球は周る 君を隠して

 輝く瞳 煌めく灯

 地球は周る 君をのせて

 いつかきっと出合う 僕らをのせて


 美しいピアノが合唱の余韻を奏でる。

 そして伴奏を終え、唄子の母は名残惜し気に鍵盤から指を離した。


 溢れんばかりの拍手が私たちを包む。

 私は唄子と清子の手をギュッと握りながら、深く一礼した。

 また一つ物語が終わり、思い出が増えた。

 私が笑顔を向けた二人の友達は、どちらも目に涙を浮かべていた。

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