第31話 部活対抗リレー
「ガンバレ、コータ!」
男子の八十メートル走で懸命に腕を振って走る康太を、私を含めてボランティア部の全員が応援した。
野球部で鍛え上げ、あの夕日の砂浜を走りきった康太はとても速かった。
一年前の体育大会の時よりもずっとずっと。
それでも、私たちが声を張り上げて応援した少年は、最初にゴールラインに到達しなかった。
大きな歓声の中、真っ先にゴールラインを駆け抜けたのは、この前の陸上大会で良い成績を残し、表彰されていた陸上部の少年だった。
この一年で康太が大きく成長した様に、他の運動部に所属している少年たちも見違えるほど成長した。そう言うことだった。
「惜しかったね」
給水機で渇きを癒していた坊主頭の幼馴染に、私は労いの言葉を掛けた。
「四位だよ。惜しくもないさ」
口元を腕で拭った康太は、すぐに私に場所を譲ろうとした。
「私はさっき水筒のお茶を飲んだからいい。それより、お弁当食べたら少し練習したいんだけど」
「ああ、リレーのことだね」
午後一番にあるのが部活対抗リレーだった。
昨年は部活を立ち上げる前だったので傍観していただけだったが、今年はメンバーも揃っているので文科系クラブのリレーメンバーに我がボランティア部は名を連ねていた。
「トップバッターは私で二番手は唄子。そして三番手はミャー子で、コータはアンカーをよろしくね」
「責任重大だね」
「そうよ。明日は祝勝会を予定してるから、一位はマストだからね」
ボランティア部は文科系部活の枠に入っている。
体育会系の部活と争う訳ではないので余裕だと思っていたのだが、今回どういう訳か卓球部が文科系部活の枠に入っていた。
どう見ても運動部だと、執行部に文句を言ったのだが、申し訳ないがそっちに入れてやってくれとお願いされた。
どうやら廃部寸前の卓球サークルに滑り込みで一年生が入って来たそうで、参加申請して来たもののリレー枠がいっぱいの体育会系に入る隙間が無く、こっちに流れて来たらしい。
あまり強くはなさそうだが一応相手は運動部だ。侮っていたら痛い目を見そうな気がする。
私は唄子と相談して、最後にバトンの受け渡しの練習をしておこうと決めたのだった。
昼食後のバトンの受け渡し練習を終えて、とうとう部活対抗リレーが始まった。
一番手の私は、三番手のミャー子と待機場所に行き、体をほぐす。
「先輩、期待してますよ」
「うん。ミャー子も頑張れ」
「はい。担任に追いかけられても一度も捕まらなかった、このターボ付きの脚をお見せしますよ」
ミャー子は自信満々にフフンと鼻を鳴らした。
確かにミャー子の逃げ足の速さは一級品だ。
あの鬼のような久本先生に追いかけられて一度も捕まったことが無いというのは伊達じゃない。
まあ、逃げ延びたとしてもどうせ教室で顔を合わすので、結局はしこたま怒られてはいるのだが……
「ではこれより、文科系部活による部活対抗リレーを開催いたします。各部活の第一走者は指定の位置について下さい」
放送が流れて私はスタートラインへと並ぶ。
リレーはトラックを一人半周走る。四人でバトンを繋ぎ、二周してゴール。
最初はみんな横並び。先にコーナーへ入った者が有利だ。
私はくじ引きで決まった三レーンに入って、スタートの合図を待つ。
一番で唄子にバトンを渡す。
沸き立つ歓声に、気持ちが昂っていく。
そしてスタートの合図が鳴り響いた。
「いけー、先輩!」
ミャー子の良くとおる声に背中を押されて、私はスタートを切った。
脚は動いている。いい感じだ。
スタートダッシュで抜け出た私の視界に、あっという間にコーナーが近づいて来る。
いける!
私は懸命に腕を振って足を動かしコーナーを抜ける。
真っ直ぐな直線の先には唄子が待っている。
あれ?
視界の隅に腕を振る人影がある。
コーナーを抜けた私の外側から、その人影はじりじりと私に並ぼうとしていた。
いつの間に!
追いついてきたのは間違いなく卓球部の女の子だ。
流石運動部だと考える余裕もなく、私は必死で猛追を振り切ろうと、直線を駆け抜ける。
そして、私は何とか一番で唄子にバトンを渡した。
「イケー! 唄子!」
叫んでも届くことのないエールを送り、私はそのまま待機場所へ行きつつ唄子を目で追いかけた。
「やられた……」
唄子はコーナーの入り口で抜かれていた。
卓球部は二番手に男子を入れてきたのだった。
部活対抗リレーは男女別の部活でない場合、男子二人と女子二人の混成メンバーが基本となる。だが、文科系部活はどちらかといえば女子に偏っているため、女子メンバーでのリレー参加が目立っていた。
落ち着いて見てみると、卓球部は今走っている男子の他にもう一人、アンカーに男子が待機していた。
ボランティア部はアンカーの康太に繋ぐまでに、少しでも卓球部との距離を詰めておかなければならなかった。
そして卓球部の男子に五メートルほどの差をつけられて、唄子はミャーコにバトンを手渡した。
「いけー! ミャー子!」
唄子からバトンを受取ったミャー子が勢いよく駆け出す。
腕を振って走る卓球部の女子を、ミャー子は「こら待てー!」と言わんばかりに猛追する。
しょっちゅう担任を怒らせて追いかけ回されているミャー子だったが、本来は追われる側ではなく追いかける方が好きなのかも知れない。
運動部の女子との差をじりじりと縮めたミャー子は、二メートルくらい遅れて、二番手で康太にバトンを手渡した。
「イケー! 先輩!」
バトンを受取った康太は前かがみで加速し、前を走る卓球部の男子の背を追いかける。
「ガンバレ! コータ!」
声援を送る私の視線の先で、康太は野球部の走り込みで鍛えたその脚力を爆発させる。
そして、前を走る少年の背中に康太はじりじりと迫っていった。
「先輩ガンバレー!」
ミャー子が声を張り上げる。
コーナーの出口をもつれるように抜け出した二人の男子は、そのまま直線へと入り必死に腕を振る。
「イケー!」
そして私は、今まで一度も一番になれなかった少年が、一番最初にゴールテープを切る瞬間を目にしたのだった。
「やったー!」
私は隣にいたミャー子を思わず抱き締めた。
「勝ったよミャー子。私ら運動部を負かしちゃったんだよ」
「へへへ、これが実力ってやつですよ」
晴天の空の下で勝ち取った一等賞。
部活の仲間で手にした勝利がこんなに嬉しいものとは思わなかった。
また初めての体験をした私は、もう一度ミャー子をギュッと抱きしめた。




