第30話 勝負の行方
「バカヤロー!」
夕日の綺麗な五月の瀬戸内海に向かって、私たちボランティア部は大声で叫んだ。
それというのも、体育大会の前にまたも唄子が足腰の強化をしたいと言い出し、何故か今年も砂浜を走ることになったからだった。しかも今年は私だけでなく、部の全員が付き合わされている。
いったいここは何部なんだと言いたげな新入部員の園田咲子は、吐きそうな顔で砂浜に手をついて肩で息をしていた。
「大丈夫?」
私がペットボトルの水を渡してやると、咲子はそれを一気に飲み切った。
「はあはあ、こ、こんなきつい部活だとは予想していませんでした」
「いや、まあ、今だけだけどね」
去年の今頃、唄子は自分の陰口を叩いていた女子にぎゃふんと言わせてやろうと、私を巻き込んで毎日この砂浜を走った。
本当に地獄だったが、そのお陰で妙に体力も付き、唄子は八十メートル走のグループで一位を勝ち取った。
まさか今年も同じことをするとは思わなかったが、唄子の持論では、ボランティアはそこそこ体力が必要で、根性と体力がつくこの特訓は、自分たちに丁度いいトレーニングらしい。
運動部の康太さえもが慣れない砂浜のランニングにへたり込む中、唄子だけが肩で息をしながらも生き生きとしていた。
「今年はみんなで一等賞を獲りに行くわよ」
あ、いま本音を言った。
分かってはいたが、やはり唄子は一等賞にこだわっているようだ。
そして私たちは暑苦しい夕日の前で円陣を組む。
「風ノ巻ー、ファイ!」
「オー!」
やたらと元気な唄子の掛け声が、夕日の砂浜をさらにカラフルに彩る。
まだあと一週間もこの地獄を味わうのかと思いつつ、私はこの美しい光景に見とれていた。
私たちにとって、中学最後の体育大会が始まった。
予想以上の晴天に恵まれた今日は、朝から汗ばむほど気温が上がり、朝から大勢の父兄が学校へ訪れた。
「本日はお忙しい中お集まり頂き、まことにありがとうございます。ただいまから風ノ巻中学校、第六五回体育大会を開催いたします」
独特の高揚感の中、私と唄子は気を引き締める。
大会のメインである八十メートル走は、予めタイム順でグループ分けが行われる。
昨年、下から数えた方が早いグループに甘んじていた私と唄子は、今年は上位のグループに入ってしまっていた。
鍛えたせいで何時の間にか足の速いグループの仲間入りを果たしてしまった私たちが、去年の様にぶっちぎりでワンツーゴールをするのは難しいだろう。
しかし、唄子は言うまでもなくやる気だった。
「やれる……わたしはやれる……」
呪文のように自己暗示をかけている唄子に、私は彼女の本気を感じ取った。
メンバー表を見たが、私たちのグループは運動部の子ばかりだった。つまり六人のうち、文科系の部活は私と唄子だけということだ。
それでも、流石に勝てそうにないと思っているのは私だけで、唄子は本気で倒しに行っている。
相変わらずの相棒に引っ張られるように、私も気合を入れ直したのだった。
一年生の八十メートル走で園田咲子は一等賞を獲った。
そして続く二年生の八十メートル走でも、ミャー子がぶっちギリで一等賞に輝いた。
それは去年の私と唄子と同じく、特訓の成果が顕著に表れたということで、グループ分けをした五月の頭から、彼女たちは地獄の特訓を経てパワーアップしたということだった。
そして私たちの番がやってきた。
「せんぱい! がんばれー!」
ひときわ大きな声援を送ってきたのはミャー子だった。
ミャー子は二年生の観覧席の最前列に体を割り込ませて、どこで借りてきたのか黄色いメガホンを手に応援してくれていた。
私と唄子はグッと拳を突き出して親指を立てると、強豪たちの並ぶスタートラインへと向かった。
「やるよ、彩夏」
「うん。やろう」
私たちは並んでスタートラインに並ぶ。
髪の毛で繋がった私と唄子は、普通の人よりも視覚聴覚が鋭敏になる。
賑やかな歓声。抜けるような青空の下に真っすぐに続く八十メートルのコース。
ああ、なんて鮮やかなんだろう。
「位置について、ヨーイ」
電子式のピストルが鳴ったと同時に、私は飛び出した。
体が風を切る。
夢中で腕を振る私の耳に声援が届いて来る。
「アーちゃんガンバレ!」
坊主頭の幼馴染の声。
どこまでも眩しい景色の中で、私は持てる力をすべて出し切った。
「はあ、はあ、はあ」
あっという間の八十メートル走。
屈んだまま大きく肩で息をする唄子の背に、私は手を置いた。
「やるじゃない」
「彩夏こそ」
たった十数秒ほどのレースだったけれど、その間、私はずっと鮮やかな景色を見ていた。
それはつまり、私が放すのを忘れていた髪の毛を唄子もずっと掴んだままゴールしたということだった。
「結果、どうだったのかな」
大きく肩で息をしながら、唄子は着順を判定していた先生たちに目を向ける。
どうも、着順が分かりにくかったみたいで、録画していたビデオで確認している感じだった。
「いい勝負だったわ」
まだ着順が分からない状態だったけれど、唄子はやり切ったという満足げな笑顔を見せたのだった。
六人のうち、ほぼ横並びで四人がゴールした私たちのグループ。
あまりに僅差だった少女たちのうち、一等賞を勝ち取ったのは陸上部の女生徒だった。
そして私はまさかの二位。唄子は続いての三位だった。
「敗けた……」
半端なく落ち込んでいる唄子に、私は並ぶようにして声を掛ける。
「まあ、仕方ないよ。相手は運動部だし」
「は、何言ってんの?」
「え?」
「彩夏に負けたって言ってんのよ。ビーチフラッグスで負けたし、これで一勝二敗。このリベンジは夏のビーチフラッグスで……」
「あ、そっちだったのね」
どうやら、はなから私を出し抜いてやろうと思っていたみたいだ。
それなら一人で特訓すれば良かったのにと思ったが、同じ土俵で正々堂々と彼女は闘いたかったのだろう。
そしてこの感じでは、夏休みにまたビーチフラッグスに付き合わされるみたいだ。
「首を洗って待ってなさいよ」
「なんだか物騒なもの言いだね」
この感じ……勝つまで止めない人だ。
それからしばらく、ちょっと煩わしい私の相棒は、不貞腐れた顔をしていたのだった。




