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第24話 ピアノレッスン

 地方局の番組で流れたクリスマスキャロル。

 小さな中学校の音楽室で収録されたささやかな合唱は、それを観ていた人たちを少なからず驚かせた。

 奇跡の歌声を持つ中学生とテロップに流れたことで、唄子はなるべくして、もともと生徒数の少ない風ノ巻中学の有名人になってしまったのだった。


「こうなると思ってた」


 放課後の部室で少し嫌味を言ってやると、唄子はペロリと舌を出した。


「まあ、私もちょっとは予想してたけどね」

「悪目立ちしすぎて、また律子先生が怒ってたわよ」

「それは申し訳ないと思ってるけど」


 そんな感じでまたやらかしてしまったことを振り返っていると、ミャー子が部室に勢いよく駆けこんできた。


「すごい反響ですよ。みんなテレビ見たって言ってました」


 ミャー子はいつも座っている自分の席に座って私たちと向かい合う。


「これで学校だけでなく唄子先輩の美声を誰もが知ることになったわけですよね。スカウトとか来たりしないでしょうか」

「まさか、買い被り過ぎだよ」


 興奮気味のミャー子の言葉を否定しつつ、唄子は頬を赤らめる。

 私は二人の様子を窺いつつ、ミャー子の話はあながち的外れではないのかも知れないと思った。



 私たちのクリスマスキャロルが放送されて二か月が経った。

 一時騒いでいた生徒たちも、学校に取材に来たことなど忘れてしまったかのように、その話をしなくなった。

 そして春の兆しが見え始めた三月。

 私は唄子からある相談をされたのだった。


「今度ね、お母さんが地元の会館でコンサートを開くんだけど」


 唄子の母はプロのピアニストだ。

 そういった公演は職業である限りよくやっていることなのだろう。

 わざわざそのことを言い出した唄子には、勿論特別な意図があるのに違いない。


「なあに、招待でもしてくれるの?」

「招待か……ある意味正解かな」


 つまり、単なる招待ではないということか。

 言葉に含まれたニュアンスの中に、私は面倒ごとの匂いを嗅ぎ取っていた。


「驚かないで聞いてね。実は……」


 勿体ぶった感じで唄子が打ち明けたのは、確かにコンサートの招待だった。

 しかし、それは客席ではなく舞台上への招待だった。


「なに! 私にピアノを弾けって!?」

「うん。テレビに映ったのがピアニスト鳴瀬清美の娘だとファンの方が気付いて、是非母娘でコラボレーションして欲しいと、事務所の方にメールが何通も来たらしいのよ」

「お母さんはそれを受けたの?」

「ううん。それはまだ。彩夏がいなければ私は歌えないわけだし、彩夏次第ってことなの」


 そこまで話を聞いた私は、この会話に大きな矛盾点があることに気付いた。


「あのさ、お母さんのコンサートなんだよね。どうしてそんな場所で私がピアノを弾くわけ?」

「まあ、そこが少しややこしい所なのよ」


 それから唄子の説明を聞いたところ、母がピアノを弾いて唄子が歌うという構図は不可能であるので、コンサートの合間に友情出演として、私がピアノを弾き唄子が歌うという、いわばファンサービスのようなものを唄子の母は考えたのだそうだ。


「なるほどね。では謹んでお断りするわ」

「えっ! なんで!?」

「言わないといけない? そんなのヘタッピだからに決まってるでしょ。あんたはいいけど、こっちは大恥かくの決定なんだから」


 プロの演奏の合間に、小学校まで週一回ピアノを習っていただけのずぶの素人が演奏できますかっての。


「そこを何とか。何とかの恥はかき捨てって言うし」

「旅の恥でしょ。別に旅してないし」

「人生を長い旅に例えるなら当て嵌まるって。ねえ、やろうよ」

「くどい。今回だけは諦めなさい」


 この感じ。母親の頼みというというのは建前で、唄子自身がやりたいと思っているみたいだ。

 一度言い出したら人の話に全く耳を貸さない頑固者だが、今回はそうはいかない。

 私は愛想笑いで迫って来る唄子を、シッシッと追い払った。



 そしてその週末、私は唄子の家にいた。


「そこはもっと溜めて、情感を出して弾くように」


 唄子の母の叱咤が、容赦なく私に飛んでくる。


「すみません……」


 グランドピアノの前に座り、何故こうなったのだと、私は自分に問いかけていた。

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