第17話 クリスマスチャリティー
クリスマスチャリティー当日。
訪問先の施設の前で、私たちは引率で来てくれた律子先生と向き合っていた。
「いよいよ本番です。みんな、練習してきたことを存分に発揮してきなさい」
「はい!」
そして、瑞希先輩の号令で円陣を組む。
「じゃあみんな行くよー。かぜのまきー、ファイ!」
「オー!」
体育会系が抜けきらない瑞希先輩の掛け声で、私たちは気合を入れる。
こういったルーティーンは気持ちを引き締める効果に加え、心を一つにする役割がある。
とにかく元気よく声を出してから、私たちは施設の門をくぐった。
「いよいよだね」
「うん。とうとう本番だね」
土曜日の今日の訪問先は、先日最初に打ち合わせに来た施設だ。
今日は手話のナレーションをする必要はないので、唄子は私とナレーションを分担することになっていた。
「やっぱりちょっと緊張するね」
隣を歩く唄子に、私は胸にある本音を漏らす。
「私もそうだよ」
幾ばくかの緊張と興奮。
私と唄子は少し硬い笑顔を見せあいながら気を引き締める。
そんな私たちについてきた園芸部部長、園田清子は、昨晩あまり眠れなかったのか、ひどい顔色で何やらブツブツと呟いていた。
どうやらそのブツブツは、今日彼女が演じる白雪姫の台詞みたいだ。
「あの二人、初めて同士なのに全然違うね」
少し可笑しそうにそう言った唄子に、私も「ホントだね」と返す。
頬を若干紅潮させ意気揚々と施設に乗り込んだミャー子は、呪文のように台詞を繰り返す清子とまるで正反対だった。
プレッシャーに押しつぶされた人と、根拠のない自信に満ちあふれた人。
そのあまりの落差に、程よく緊張が抜けていく。
「先輩、なんだか楽しそうですね」
そう訊いてきた彼女が緊張を緩めた原因なのだが、私がニヤついているのに気付いて、ミャー子は楽し気に顔を寄せて来た。
「そう? そう言うミャー子も楽しそうじゃない」
「へへへ。まあ観ててください。今日は観客が腰を抜かすほどのチャリティーショーにしてやりますよ」
「もともと腰を痛めている人が多そうだから、お手柔らかにね」
一方清子はというと、唄子に背中をさすってもらっていた。
「園田さん、大丈夫?」
「ごめん。なんだか吐きそう……」
お願いだから舞台裏で吐かないでね。
私はこれから始まる人形劇よりも清子の方を心配してしまった。
一時間ほどかけて舞台をセットし、人形劇の舞台は幕を開けた。
清子は予想していたとおりガチガチに緊張していたが、特に台詞を噛むでもなく練習していた時と同じように白雪姫を演じた。
責任感の強い彼女が膨大な時間を練習に費やした成果が、本番でちゃんと反映されたということだ。
そして、同じく初参加のミャー子も練習を重ねた結果をここで発揮した。
元々良くとおる声と、劇を盛り上げたいという気持ちもあって、彼女の演じる二人の小人は、他の小人に比べてたいそう目立っていた。
律子先生が録画してくれている記録動画を見るのが楽しみだ。
夏に保育園で上演した時とはまた違う舞台に、ナレーションをしていた私は新しい感動を覚えていた。
チャリティーショーはおおむね上手くいった。
保育園で上演した時のような賑やかさはなかったものの、観覧してくれた皆さんは、最後に大きな拍手を私たちにくれた。
「ありがとうございました。風の巻ボランティア部の皆さんでした」
職員の女性が締めくくると、もう一度大きな拍手が湧いた。
そこで私はもう一度マイクを手に取り、打ち合わせていたサプライズの案内をした。
「たくさんの拍手ありがとうございました。人形劇は終わりましたが今日はクリスマスですので、私たちから一曲、クリスマスソングを皆さんにプレゼントしたいと思います」
そして私は予め使用許可をもらっていたピアノに向き合う。
唄子が私の傍らに来たのに続き、部員たちが整列する。
「では聴いて下さい。曲は『もろびとこぞりて』です」
私はスッと息を吐いてから鍵盤に指を乗せ、ピアノを弾き始めた。
この日のために指がつるほど練習したピアノは、滑らかに音色を奏で始める。
もーろーびとーこぞーりてー むかーえまーつれー
合唱のハーモニーの中に飛び出した唄子の美声に、観覧していた人たちが小さくどよめく。
予想どおり、いや、予想以上の反響に、私は心の中で「よし!」と声を上げる。
ひさーしーくー まちーにしー
しゅはきませーりー
しゅはきませーりー
しゅはー しゅはーきませーりー
もうこれやばくない。
みんな人形劇のこと、どっかに飛んじゃいそう。
鍵盤をなぞる指が自然と弾んでいく。
なにこれ、滅茶苦茶楽しい。
唄子を中心としたみんなのハーモニー。
天性の歌声を持った少女は伸びやかに本当の自分の姿をさらけ出す。
ありきたりなクリスマスキャロルは、ここでしか聴くことの出来ない特別な合唱へと姿を変えた。
一瞬どよめいていた観客たちは、この特別な時間を余すことなくその耳で味わう。
すくーいーのー ぬしーとーぞー
ほめたたえよー
ほめたたえよー
ほめー ほめーたたえよー
心を一つにした合唱は、独特の余韻を残してあっという間に終わってしまった。
全てを出し切った私たちは、各々笑顔をこぼれさせながら、聴いてくれた人たちに深く一礼する。
「ありがとうございました」
大きな拍手が湧きあがる。
あの文化祭の時に大勢の観客から貰った拍手のように、それは何時までも鳴り止まないのではないかと思えるほど、長く続いたのだった。




