第16話 土壇場の急展開
「白雪姫の役を降りたい!?」
素っ頓狂な声を上げたのは、部室にミーティングに訪れた瑞希先輩だった。
「はい。すみませんが、白雪姫役を交代して欲しいんです」
人形劇の上演が後二週間を切ったこのタイミングで、とんでもないことを言い出した唄子に、普段は落ち着いている二人の先輩もやや慌てていた。
「どうして? 理由は?」
この葉先輩が尋ねると、唄子は先日施設であったことを素直に話した。
「二つ目の施設に耳の不自由なおばあちゃんがいて、手話以外では意思疎通がうまくできないんです。せっかく人形劇を上演するのに、彼女だけ劇を楽しめないのを何とかしたいと思って」
「それでウーちゃんは手話でナレーションを入れようって考えたのね」
この葉先輩はいち早く唄子の考えを理解し、頷いて見せた。
「手話でナレーションをするとなると、舞台裏にいる人形のキャストには入れなくなる。幸いウーちゃんは白雪姫の役だけをしているから、その役だけを誰かに代われれば……でもいったい誰に……」
主人公である白雪姫の役は他の配役との絡みが多いため、一人二役ではなく一人が演じようと予め部内で決めていた。
「実はもう、白雪姫役は手配してます」
こういった問題に直面した時、唄子は必ず先に解決法を考えている。
今回の場合も彼女の行動は全く同じで、あの日私は帰りの電車の中で、唄子からある解決策を聞かされていた。
恐らくあのおばあちゃんと話をしている間に、唄子は頭の中で最善手を組み立てていたのだろう。
「手配って、誰かに助っ人を頼んだってことですか?」
率直に尋ねたミャー子に、唄子は一度頷いてから私に目配せをした。
その合図で、私は部室の外に控えているであろうある人物に向かって声を上げた。
「さあ入って来て」
「あの、失礼します……」
部室の戸がゆっくりと開いて、おずおずと入室してきたのは園芸部部長、園田清子だった。
「皆さん既にご存じかと思いますが、園芸部部長の園田清子さんです」
「どうも……」
かなり居心地悪げに、清子はペコリと頭を下げた。
あの電車の車内で、唄子は私に白雪姫の役を降りて手話でナレーションをすることを伝えたあと、代役に園田清子の名を挙げたのだった。
アドプトロードでボランティア部に借りがあった彼女は、我々の申し出を無下にはできないはずと、唄子は考えた。
そして何より、清子は少しソプラノで品のある声質をしており、白雪姫を演じてもらうのに、丁度嵌った逸材だった。
「役を打診したところ、彼女は快く引き受けてくれました。声の質も申し分ないですし、彼女以上の適任者はそうそういないでしょう」
昼休み屋上に呼び出して、台本を読ませてみたところ、かなりいい感じだった。
清子は初め嫌がっていたが、最後は私たちの熱意に根負けして了承してくれた。
「本当にいいの? 園田さん」
この葉先輩が確認すると、清子は「はい」とだけ応えた。
唄子はこうと決めたら必ずやり切る。もう逃げられないと清子は悟り、腹を括った感じだった。
「では、決を取ります。皆さんそれで異存ないでしょうか」
反対意見は特になく、思惑通り白雪姫は清子に決まった。
それから清子はしばらく園芸部を後輩に任せて、ボランティア部の部室に通うことになったのだった。
人形劇のナレーションを手話で同時通訳するという新しい試みがスタートし、私たちは連日遅くまで練習に明け暮れた。
唄子が睨んだ通り、清子は白雪姫の役にきっちり嵌り、日毎に主役らしい堂々とした演技を身につけていった。
そして私はナレーション、唄子は手話を担当し、頑張る清子に負けじとその完成度を高めていった。
そして大きな副産物として、最初遠慮気味だった唄子と清子は日毎に親しくなり、いつの間にかけっこう気軽に話せるようになった。
なんだかボランティア部の仲間が一人増えたみたいだ。
私は賑やかになった部室を訪れる度にそんな風に感じていた。
慌ただしい毎日を送っているうちに、クリスマスチャリティーまであと三日となった。
練習を終え、部室の鍵を締めた私は、今日も付き合ってくれた清子にこんな質問をしてみた。
「清子、このままうちの部に来る気ない?」
「なに言ってんの、私こう見えても部長よ」
「だよねー」
半分冗談だったけど、もしそうなったならきっと楽しいんだろうなと、私は思ってしまうのだった。




