第14話 施設訪問
クリスマスイベントまであと二週間。
十二月の前半に、今年初となる本格的な寒波が私たちの住む町へとやって来た。
日曜日の午前十時、待ち合わせの駅に時間どおりに到着した私は、濃紺のダウン姿で現れた唄子を見るなり、つい笑ってしまった。
「パンパンじゃない。どんだけ着込んでんのよ」
寒さのせいかそれとも気にしていたのか、随分と頬を赤くした唄子はやや弁解がましい感じで口を尖らす。
「だって、今日は寒くなるから美津江さんが着ていけって……ていうか、彩夏も似たようなものじゃない」
着ぶくれして身幅の広くなったお互いを笑いつつ、私たちはそろそろ現れるであろう先輩の姿を探して周囲をキョロキョロと見渡す。
「おはよー」
殆ど間を置かず陽気に手を振って現れた瑞希先輩に私たちは吹き出しそうになる。
つまり、パンパンに着込んでいるのがもう一人増えたのだ。
「おはようございます」
一礼してから、私はもう一人の先輩の姿を探す。
どういう訳か、いつも一緒のこの葉先輩の姿が見当たらない。
「あれ? この葉先輩は?」
「ああ、あの子は……」
瑞希先輩はその辺の事情を簡単に説明してくれた。
どうやら軽い風邪をひいてしまったらしく、今回は欠席らしい。
「あなたたちにうつすといけないでしょ。それに……」
「あ、わかります。これから行くところに持ち込んでも駄目ですもんね」
「そういうこと」
実は今日、先輩に誘われて、今度訪問する介護施設に行き、細かい打ち合わせをすることになっていた。
こういった打ち合わせは必ず事前に行うものなのだが、これまでは先輩が全部引き受けてくれていたので、私と唄子にとっては今日が初体験だった。
「スケジュールの確認と、細かい所のすり合わせをしておくと、私たちもそうだけど先方も安心でしょ」
「なるほど。勉強になります」
何時までも先輩に甘えている訳にはいかない。
バトンを受け取った私たちは、先輩たちがやって来たことをちゃんと引き継いでいかないといけないのだ。
「ここからだいたい二十分くらい。あ、電車来たよ」
プラットホームに入ってきたローカル線に乗り込むと、ちょっと暑いくらい暖房が効いていた。
私たちは海が見える側の席に腰を下ろしひと息つく。
「めっちゃいい天気。電車の中は天国だわ」
今日も瑞希先輩は陽気だ。
先輩は本当にかっこいい。
周囲をその明るさでまとめて、グイグイとみんなを引っ張っていく。
そんな先輩に、私は密かに憧れを抱く。
流れていく景色の中で雑談をしながら、こうして行動を共にしていることに私は喜びを感じてしまうんだ。
そして最近私は先輩たちのことをよく考える。
きっかけはミャー子が入部したことだ。
後に続こうとする後輩が思いがけず出来たことで、単純明快だった私は色々思い悩む人になってしまった。
ただの女生徒Aだった私が、ほんの数か月の間で部活を立ち上げ、さらに部長となり、はてまた先輩になった。
運命のいたずらと言うのは本当に数奇なものだ。
出会いというものはこれまでの自分を簡単に変えてしまう。
あの日、清掃活動で先輩たちに出会わなければ、こうなってはいなかっただろう。
いや、それ以前に律子先生と出会ってしまったことが発端か。
「お菓子、食べる?」
遠足と同じ感覚なのか、瑞希先輩は鞄からチョコレート菓子を取り出すと、私と唄子に勧めてきた。
「じゃあ一つだけ」
スマホの画面に注目するまばらな人たちに、私と唄子は一応気を遣いつつお菓子に手を伸ばした。
電車に揺られて三十分。
まず最初に訪問する介護施設に私たちは到着した。
「土曜日の夜に訪問する施設よ。ここだけの話だけど、施設長が結構厳しい人なの」
「へー……」
先に厳しいと聞かされてビクついていたが、対面してみるとお母さんよりも小太りの優しいおばさんだった。
歳はだいたいお母さんと同じくらいだろうか。
体重は多分この人の方が30キロくらい重そうだ。
打ち合わせは三十分程度。
そのあと、施設長に少し早い昼食に誘われて、施設内の食堂で定食をご馳走になった。
「瑞希ちゃんたちにこんな可愛い後輩ができたなんてねー、良かったわねー」
にこやかでさらに愛想もいい。どこが厳しい人なのだろう。
隣で話を聞いている唄子も、きっと私と同じことを思っているに違いない。
だが、にこやかに会話が弾んでいた時、施設長の雰囲気が少し変わった。
「ところで、今回も先生は来るのかしら?」
その質問に瑞希先輩の頬がこわばる。
「は、はい。そう聞いてます……」
「そう。では、先生に伝言をお願いしていいかしら」
そして、施設長は口元に笑みを浮かべたままこう言った。
「今回アルコールは一切出しません。そう伝えておいて下さい」
何かを思い出して軽くキレている。
施設長の笑顔の中にある何かを、私は確実に読み取っていた。
丁寧に挨拶をして施設を出た後、瑞希先輩は緊張が抜けたように大きく息を吐いた。
「先輩が厳しいって言ってたのって、律子先生に対してだったんですね」
「そうなの。先生あの施設でちょっとやらかしてて」
「何をしたんですか?」
「まあ、お酒が入って気分良く羽目を外したって感じかな」
合宿の時の律子先生が頭の中に浮かび上がる。
どうやら生徒達の付き添いで施設に赴き、楽しく酒を飲んだみたいだ。
施設長をキレさせるとは、いったいどんな飲み方をしたのだろう。
「まあ、そういうことなのよ。じゃあ次の施設に行くわよ」
律子先生の習性が良く分かっているみたいで、瑞希先輩は特に何とも思っていなさそうだ。
その辺りも尊敬できる先輩だった。しかし、私の中の律子先生のイメージはまた一段階下がったのだった。
それからまた電車に乗って、私たちは次の訪問先へと向かった。
今度の施設は少し駅から離れた不便な所にあったので、予め先輩から聞いていたように、駅に着いた私たちを迎えの車が待ってくれていた。
「わざわざすみませんね」
車体に「名桜の郷」と書かれたバンに乗せてもらい、車は田舎道を走り出した。
迎えに来てくれたおじいさんは話好きらしく、ゆっくり車を走らせながら、たくさん話をしてくれた。
「なんもない所だけんど、春になったらそれはもう桜が綺麗でな。花見の時にもいっぺん来て欲しいねえ」
おじいさんの話を聞いているうちに、田園風景の中にそれらしき建物が見えて来た。
「あそこがそうですよ」
おじいさんがゆっくりとハンドルを切ると、車は道幅の狭い桜並木に入った。
「春には桜のトンネルみたいになる。あんたたちに是非見てもらいたいねえ」
窓の外に目を向ける唄子の横顔は、そのイメージを思い浮かべている様子が伺えた。
春になったらまたここへ来たい。
唄子の気持ちが繋いだ手をとおして、私に伝わってきた。




