第13話 歌と人形劇
クリスマスチャリティーまであと二十日。
私たちボランティア部は、イベントに向けての準備を駆け足で進めていた。
十二月に入ってからは高校生の先輩たちも週に二度は私たちと合流し、本番に向けてのリハーサルをしている。
そして、今日は先輩たちを含めたメンバー全員が、本番さながらの人形劇を律子先生の前で上演していた。
「何て美しい人なのだろう。まるで眠っているようだ」
物語の終盤、王子役の瑞希先輩が堂々と声を響かせた。
何度聴いても瑞希先輩は王子役にぴったりハマっている。
人形劇の配役は観ている人が物語に没入できるようのに、それぞれの声の印象に合った人形を担当することになった。
白雪姫役は文句なく唄子に決まり、王子役は瑞希先輩が前回と同じく担当することになった。そしてミャー子は前回私が担当した小人の役をすることが決まり、私はナレーションに専念することになった。
これはつまり、人数が増えたことで配役に余裕ができたということだ。
パチパチパチ
リハーサルを終えると観覧していた律子先生が拍手をくれた。
「台詞も滑らかだったし、みんなすごく良かったわよ」
人形たちにクリスマス衣装を着せて、何度も何度もリハーサルを繰り返すうちに、 台本を見なくとも、みんなスラスラ台詞を言えるようになった。
その中でも特にミャー子の上達ぶりが目立っていた。人形劇初体験のミャー子はきっとみんなに追いつこうと人知れず頑張っていたのだろう。
そしてまた、この葉先輩がミャー子を甘やかす。
「えらいえらい」
「えへへ、もっと撫でて下さい」
最近よく見かける光景なので、結構慣れてきた。
律子先生にちょっと自信をもらい、今日の人形劇のリハーサルを終えた私たちは一息つく。
水筒口をつけて喉を鳴らす唄子に、私は手ごたえを聞いてみた。
「先生も褒めてくれたし、結構いい感じに仕上がって来たよね」
飲み口から一旦唇を離して、唄子はすこし意味ありげな笑いを口元に浮かべる。
「うん。人形劇は大丈夫そう。あとは……」
「分かってるって。じゃあ教室移動しよ」
ボランティア部の部室を出て、私たちは三階を目指す。
向かっているのはピアノのある音楽室。
人形劇と並行して私たちは合唱の練習をしないといけない。
そして私はイベントまでに、自己評価の低いピアノの腕前を少しでも上げておかなければならなかった。
この階段を上がるたびに足が重たくなるのは、きっと私だけなのだろう。
そんな私とは対照的な唄子がちょっと憎たらしい。
やや鼻歌混じりに階段を上がる相棒は、みんなと合唱出来ることに至福の悦びを感じているに違いない。
「あんたは気楽でいいよね」
「え? 何か言った?」
ちょっと嫌味を言ってやったつもりだったけれど、全然伝わってない。
軽い足取りで階段を上がって行く唄子が、またちょっと憎たらしく思えた。
「もーろーびとー、こぞりてー」
今日も放課後の音楽室に歌声が広がる。
介護施設訪問のサプライズとして、私たちボランティア部はクリスマスの定番曲「もろびとこぞりて」を歌うことに決めた。
コーラス部と吹奏楽部にお願いして週に二度、一時間だけ音楽室を借りて、こうして練習している。
そして、完成度を高めるために、音楽の先生にも協力お願いしていた。
コーラス部と吹奏楽部の顧問を兼任している本田先生は、私たちの申し出を快く受け容れてくれた。
二つのパートに分かれて練習する私たちを、先生は厳しく指導し仕上げていく。
「ピアノの音をよく聞いて、もっと呼吸を合わせて」
部室ではアカペラなので、こうしてピアノと合わせられるのはとてもありがたい。
問題は私の担当するピアノだが、今日になって鍵盤をなぞる指がようやく様になってきだした。
何とか指が動くようになったのは、先週に二回ほど唄子の家で練習させてもらったからなのだろう。
本番でピアノを伴奏する私がコケたらみんながコケてしまう。
そんな重責を感じつつ、私は伴奏の精度を上げていく。
それにしても……
よくよく気を付けていないと自分の伴奏に集中できなくなるほどの美しい歌声。
何度聞いても唄子の歌声は、背筋がぞくぞくするほどの美声だ。
サプライズで合唱するという計画だが、その歌声を聴いて腰を抜かすお年寄りもいるかも知れない。
もし彼女にハンデが無かったなら。
そう私は時々考える。
もし唄子にハンデが無ければ、その才能にたくさんの人が魅了されたに違いない。
一流ピアニストの母が伴奏し、たぐいまれな美声を持つ娘が歌う。
そんな夢のようなコラボコンサートもあったかも知れない。
テレビやネットで話題となり、きっと誰もが知るほどの有名人になっていただろう。
そんなすごい子が、こんな片田舎の県立中学で、平凡で大した取柄もない私なんかと友だちになっていただろうか。
余計な考えを追い出そうとするかのように、鍵盤をはじく指に力が入る。
何も考えなくても最後まで弾き切れるくらい、今はピアノに向き合おう。
このたった一時間の合唱練習は、いつもあっという間に終わってしまうのだから。
合唱を終えて、私たちは小休止を取る。
指先が冷たい。
夢中で鍵盤を弾いていた私は、音楽室を満たす空気の冷たさ思い出す。
静けさを取り戻した教室で、唄子はほんのりと頬を上気させていた。
「めっちゃ気持よく歌えた。ピアノ、上手くなったよね」
なんだかすごい楽しそう。
唄子の至福の時間はまだしばらく続く。
幼い子供の様に楽しそうに笑う相棒に、私はつられて笑ってしまった。




